◆13◆
その晩、ヤマナ家の台所で家族会議が開かれた。
議題は「無職になったサダの今後について」である。
「あんたもう就職は諦めて、ウチの道場を継ぎなさい」
姉のナルが突拍子もない事を言いだした。
「継ぐも何も、道場をやっていたのは、おじいさんが生きてた頃の話でしょう」
サダが反論するも、ナルはさらに畳み掛ける様に、
「だからあんたが道場を復活させるのよ。そうすればあの世でおじいさんもきっと喜ぶと思うわ。ね、お父さん」
「あ、ああ」
亡き祖父の「出来れば道場を継いでもらいたかった」という願望に逆らった父にとって、道場を再開すると言う提案は、長い間自分の抱えていた後ろめたさを、糾弾されている様な何かがあった。もちろんナルはそれを計算に入れている。
「でも、姉さん。このご時世、道場を復活させても門下生が集まるとは思えません。本当に武芸を習いたいと言う人は、それなりに伝統と実績がある有名どころへ通うでしょうし」
「そう、問題はそこ。今更、武芸の大会で良い成績を残した訳でもない、就職にあぶれた、しがない無職男が仕方なく開いた道場なんかに、人が集まる訳ないわ」
ナルの言い方が、ただでさえ弱り切っていたサダの心にグサグサと突き刺さる。
泣いていいかな、自分。
「だから、道場を継ぐ前に、それなりの肩書きをゲットしなさい」
「何か武芸の大会に出て成績を残せと言う事ですか?」
「そんなんじゃ駄目よ。大会ってのは試合慣れした強豪が勝つと決まってるから、あんたが付け入る隙はない」
「じゃあ、駄目じゃないですか」
「だから海外で修行して来なさい」
「は?」
「『海外で武者修行して来た』って言えば、かなりハッタリが効くわ」
「姉さん、武者修行を語学留学か何かと混同してません?」
「ウチの会社にね、エディリア人の女の子がいるんだけど、『エディリアへ旅行に行った事がある』って言ったら、意気投合しちゃって」
好景気に沸いていた頃から、この国には多くの外国人が流入する様になっていた。正規のルートで来る留学生やビジネスマンもいれば、怪しげなルートで来て劣悪な環境でこき使われる不法滞在者、麻薬密売人、偽造テレカ売りなど、目的は様々である。
「その子の話だと、今エディリアでは武芸ブームが起きてるらしいの。どこに行っても武芸の道場があるみたいよ。あんたはその中から適当に選んで一年位通えばいいから。それだけで箔を付けるのには十分。『武芸の盛んな国で修行した道場主』って具合に」
「何かそれ、海外留学で公式認定されてない資格を習得して、学歴を詐称する手口と変わらない様な気がしますが」
「何でもいいから行って来なさい」
しっ、しっ、と野良猫を追い払う様な手付きを弟に向けた後、ナルは母に向かって、
「母さんだって、『息子さんはどうしてらっしゃるの?』って聞かれた時、『職にあぶれて毎日ブラブラしてます』って言うのと、『道場を継ぐ為に海外へ行って武者修行に明け暮れてます』って言うのと、どっちがいい?」
「断然後者ね」
娘と母が意気投合した瞬間である。
こうしてサダは、本人の意志をあまり尊重されないまま、エディリア共和国で武者修行する事が唐突に決定した。
「旅費と当面の生活費は、お姉様が貸してあげるから感謝しなさい」
「……ありがとうございます、姉さん」
なぜ自分はこんな状況下で姉に感謝の言葉を述べているのだろう。
何もかも不景気が悪い。




