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その後、話に熱中するあまり、誰もが稽古の事を忘れ去り、気が付けば辺りはすっかり暗くなっていた。
センガ老人とギィ青年は、ビニールシートテント組の門下生達に別れを告げ、村に下宿している組と一緒に、夜の山道を下りて行く。
「今夜の宿をまだ決めてないんじゃが、誰か、ワシらを泊めるだけの余裕のある所に、下宿してる者はおらんかのう?」
「じゃあ、俺ん所へ来な。家の人に掛け合ってやるから」
センガを最初に案内した若者が答える。
「おお、お前さんか。色々ありがとうよ。そういや、まだ、名前を聞いとらんかったな」
「リコルド・アーチドだ。チマー夫妻の家に下宿してる。旦那がフート・チマー、奥さんがタッシェ・チマー。二人共六十過ぎで、俺らからすればじいさんばあさんだ」
「はっはっは、六十過ぎなんぞワシから見れば、まだまだ子供じゃ」
チマー家に到着し、リコルドが事情を話すと、人の良さそうな熟年夫婦は、快くセンガとギィを迎え入れてくれた。
「息子と娘が村を出て行ったので、空いた部屋がいくつかありますから、そこに泊っていって下さい」
フートの申し出に、センガは、
「いや、かたじけない。まあ、お礼と言っては何じゃが、今晩一杯どうじゃな?」
旅行鞄から、例の「処方薬」と書かれた徳利を取り出した。
「百薬の長ですか、喜んで頂きましょう。ですが、まず夕食をどうぞ。もうすぐ支度が出来ますから」
夕食後、センガはフートと一献傾けながら陽気に語り合い、この村と村人についての色々な情報を聞き出していった。
「そう言う訳で、テント暮らしの門下生達にも寮を用意してやりたいんじゃが、そこそこ広くて使ってない土地を持ってる者はおらんかのう?」
「ハルディンさんの所で、もう畑作をやめようかな、なんて事を言ってましたねえ。一応聞いてみるといいかも知れません。それと、そういう話なら、郵便局に行って、そこの待合いに集まってる人達に聞くといいですよ。私なんかより、一杯情報を持ってますから」
「ほほう。そこがこの村の集会所と言う訳じゃな」
「集会所なんて生易しいもんじゃありません。腕利きの諜報部員達の巣です。多分あなた達二人についても、もうかなりの事が報告されてる筈です」
フートはそう言って、おかしそうに笑った。




