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 ここはエディリア共和国の首都エディロにある、剣術の名門マントノン家のとある支部道場の応接室。


 マントノン家の若き女当主シェルシェ・マントノンが、弟で次期当主のヴォルフ・マントノン少年を隣に従えて、ソファに座っている。


 テーブルを挟んで反対側のソファには、引退した情報屋の老紳士、ヴァルゴ・プレシオが座っており、目の前の二人を見て、


「マントノン家はつくづく美形の血統ですな。こうして現当主と次期当主が並んでいると、それだけで絵になる」


 と、お世辞抜きの感想を述べた。


 シェルシェは、その細面の美貌の口元に手を当てて軽く笑い、隣のヴォルフ少年の茶がかった黒髪に触れ、


「ふふふ、お褒めに与り光栄です。ですが、今日、こうしてヴァルゴさんにわざわざお越し頂いたのは、私達の血統について品評をして頂く為ではありません。かつて政府の依頼を受け、『勇者』ヴォーンの道場に足繁く通われていた情報屋さんの、生の証言を聞かせて頂く為です」


 ヴォルフは真面目な表情を崩さず、黙ってシェルシェに頭を撫でられるままになっている。

 

 そんな二人を見てヴァルゴはつい、警察犬と犬の訓練士を連想したが、もちろんそれは伏せておいて、


「もう情報屋としては引退しておりましてな。それに当時の仕事についても守秘義務があるので、提供出来る情報も限られると思いますが」


「いえ、欲しいのはその仕事の情報ではなく、かつて『勇者』ヴォーンの道場にいた門下生の方々について、ヴァルゴさんが当時実際に見聞きされた事です」


「ほう。つまり、私に思い出話を語れと?」


「ええ。先日、ちょうどこの部屋で、アリッサさんから幼少の頃についてのお話を伺った際に、興味を惹かれましたので。アリッサさんの武芸は、父親である『勇者』ヴォーンからではなく、主にその門下生の方々から指導を受けていたとか」


「その通りです。ヴォーンは道場主とは名ばかりで、誰にも指導はしませんでしたからな。実の娘に対しても例外ではありません」


「その辺りのお話を、直接、当時の門下生の方々に伺いたかったのですが、今、道場には誰も残っていないそうなので」


「皆、道場を去りました。もうこの世にいない者や行方知れずの者もいます。もっとも、道場をやめた後も、とある娘さんに惚れた弱みで、一人だけずるずると村に居残り、運送業その他で生計を立てている者もいる様ですが」


「ふふふ、何だかロマンスの香りがしますね。その方にもいずれお話を伺いたいものですが、今はまずヴァルゴさんのお話をお聞かせ下さい。もちろん、情報料は出させて頂きます。とりあえず今回の分として、ここにお好きな金額をどうぞ」


 シェルシェは小切手帳を開いて、万年筆と共にテーブルの上に置いた。


「いや、それについては、話を終えた後にしましょう。ですが、一応おおよその金額については、こんな所でどうですか?」


 ヴァルゴは上着の内ポケットから電卓を取り出し、軽くボタンを弾いてから、小切手帳と万年筆の横に置いた。


「良心的な価格ですね。では、それに交通費その他の必要経費を上乗せして下さい」


「全部込みの数字です。今この場では、情報と言うには、あまりにも曖昧なものしか提供出来そうもありませんので」


「それで構いません。むしろ、それが聞きたいのです。お話は録音させて頂いても構いませんね?」


 シェルシェはICレコーダーを小切手帳と万年筆と電卓の横に置く。


「どうぞ。こちらでも録音させて頂きます。後で確認が必要になるかも知れませんので」


 ヴァルゴも自分のICレコーダーを取り出して、小切手帳と万年筆と電卓とシェルシェのICレコーダーの横に置く。


 ちょうどその時、狙い澄ました様に、女事務員が紅茶とケーキを盆に乗せてやって来た。

 

 結果、テーブルの上が微妙なカオスになる。


 シェルシェは軽く笑って、


「ふふふ、とりあえず、少し片付けましょう。ヴァルゴさんのICレコーダーが一つあれば十分ですね。後で録音ファイルをコピーさせて下さい」


「承知しました。それでは、何からお話しましょうかな」


 ヴァルゴはソファの背に深くもたれ、記憶の中から少しずつ糸を紡ぎ出す様に、今は昔の物語を語り始めた。


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