MINE sweeper
世の中ちょろい。
ちょいとしたコツが分かっていれば、すいすいと生きていける。
愛、夢、友情、努力……そういう言葉にすがりたくなる気持ちもわかるけど、まぁオレから言わせれば、そんなのに頼る人間はセンスがない。
だが、誤解してもらっちゃ困る。
オレはそういうのに頼る人間が大好きだ。
なにせそういう素直ないい子ちゃんがいるおかげで、コツを知ってる人間は楽に生きることができるのだから。
オレに言わせて貰えば、この世で寄るべきものは二つ。
『自分自身』と『システム』だ。
世の中の仕組みとルールをきちんと捉えて、自分の力を信じること。
人生なんてゲームのようなもん。
「では、ゲームに参加してもらいましょう!」
一瞬のできごとだった。
頭のネジが何本もとんでそうな奇怪な格好をした女が現れた、と思った次の瞬間、目の前にはだだっぴろい砂漠が広がっていた。
「レディースあーんどじぇんとるぅぅぅめぇぇん! やってきました、マイン・スイーパーのお時間でーす!」
女はワイヤーか何かで吊るされているのか、空中に浮きながら、マイク片手に慣れた様子で司会を進める。
なんだ?
テレビの収録か?
オレは出るなんていってないぞ?
「さぁ今回の生贄……もとい、チャレンジャーは峰さんです! みなさん拍手ー!」
どこからともなく聞こえてくる拍手は、やるきなく、ばらばらと小さい。
「ではゲームの前にお約束どおり、ルールの説明です! みんな、マインスイーパーってゲームは知ってるよね? どのパソコンにもだいたい入ってるゲームで、フィールドに埋まってる地雷を全部みつけたらクリアーっていうゲーム。峰君は知ってるかなぁー?」
「知ってるよ」
「ならオッケェ。これはそのマインスイーパーをリアルに、生身でやってもらおうっていうゲームなの」
一瞬、思考が止まった。
「見ての通り、峰君の周りに広がる砂漠には、縦横のラインで枠が作られています。四角1つが1セルね」
慌てて辺りを見渡す。確かに地面には、自然が作った砂の模様ではなく、人工的に刻まれたとしか思えないラインがいくつもの四角を描いていた。
「セルの中には、地雷がしかけられているものもあります。ゲーム同様、峰君はそのセルを踏まないように、地雷が埋まってる場所に旗を……地雷箇所を指定してくださーい」
女が指を鳴らすと、俺が立っている四角と隣接した四角……セルに数字が浮かび上がった。
「それではよーい、すたーと!」
「おい、ちょとま」
オレが動こうとした瞬間、女が空中から火の玉を遠くの地面に投げつけた。
その瞬間、爆音と共に砂が舞い上がり、煙と一緒に焼けた匂いが運ばれてきた。
「もうゲーム始まってるんで、吹き飛びたくなかったら、ちゃーんとゲームしてくださいね」
撮影とかじゃないのか?
ドッキリとかじゃないのか?
「その地雷、人間なんて確実に息の根が止まるくらいの威力あるから……ね」
笑う女。
その笑いを見て、背筋が震えた。
こいつ……人間じゃない。
「や、やめようぜ?」
「だめでーす」
「だ、だって失敗したら死ぬんだろう?」
「うん」
「やだよ。死にたくなんかねーよ。な、やめようぜ、な、な?」
「峰君が生き残るためには、ゲームと同じく、全部の爆弾のありかを発見するしかありませーん」
女は相変わらず空中に浮かびながら、笑い続けてる。
「それに、私は単なる司会進行。スポンサーの判断も無しにゲーム中断なんてでっきませーん」
「スポンサー?」
「そうでーす。このゲームをあなたにやらせて欲しいという依頼をしてきた人のことでーす」
「だ、誰だ! こんなふざけたゲームをやらせようなんて思ったバカは!」
女は笑いながら人差し指を上に向けた。
その指に合わせて、首を上に傾けていく。
そしてあまりの光景に思わず腰を抜かして、地面にへたり込んだ。
……人だ。
人が居た。
大勢の人間が、水に浮かぶみたいに、真っ青な空に漂いながらオレを見下ろしていた。
「こいつらが全員」
「はーい、スポンサーです」
どいつもこいつも尋常じゃない目をしている。
身体はやつれたりしてるのに、目だけが異様なほどの力に溢れている。
「いやぁ、私も長年MCやってますけど、こんなに恨まれてる人間珍しいですよぉー」
恨まれてる?
オレがか?
「もう少しゲームのことを詳しく話すと、人によって地雷の数って違うんですよ。前回の人は、30個くらいだったかな?」
何が楽しいのか、女は笑いながら聞いてもいないことを説明し始めた。
「地雷は、プレイヤーに対して恨みを抱いてる人間の数分だけ埋めるんです。人がいるでしょう? あの人たちがあなたに恨みを抱いてる人。1つ地雷をみつけると、一人消える。全部の爆弾を見つけると、全員消える。つまり、恨みが解消される。でも、その間に地雷を踏んじゃったら……ぼーん! 全ての恨みが連鎖爆発して、あなた死んじゃうってわけです」
そんなバカな……。
「いやぁ、それにしても恨んでる人が多すぎて、通常のフィールドじゃ手狭だったんで、急遽拡大したんですよ。ここまでばかでっかいフィールド、なかなかお目にかかれません」
周りを見る。
上を見る。
「あなた、よっぽどひどい人生送ってきたんですねぇ……ま、今までの自分の行動に対する報いってことで、諦めてプレイよろしく!!」
これが……このばかでっかい砂漠と数え切れないくらいの人間が報いだと?
何をしたって言うんだ。
オレが何をしたって言うんだ。
「制限時間はないんで、気長にどうぞ。じゃ、がんばってー」
女が離れていく。
あっというまに、どんだけ叫んでも届かないほど遠くに飛んでいった。
周りにあるのは嫌になるくらいの砂と、欝になるほどの視線。
……やるしかない。
こんなところでゲームオーバー?
ふざけるな。やってやる。今までそうしてきたように、この忌々しいゲームだって、クリアーしてやる。
まずは、システムとルールの確認だ。
これがマインスイーパーであるなら、数字がかいてあるセルと隣接したセルに、数字の数だけ地雷がうまっているということになる。1と書いてあれば1つ。2なら2つ。そしてオレは、地雷が埋まっていると予想した場所にチェックを入れる。そして、全部の地雷箇所をチェックすればオレの勝ち。
何も難しいことはない。
何度もやった。クリアーだって何度もした。
大丈夫、これはゲームだ。
落ち着け、普段と何も変わらない。
ルールとシステムは理解してる。クリアーに漕ぎ着くための自分の力もある。
……クリアーできる。
自分のセルと、周りのセルを見渡して、地雷が埋まっている位置を割り出す。
「ここに地雷がある」
指をさしたセルの地面から、一本の棒が飛び出てきた。がっちりとした、金属的なポールだ。それと同時に、ピンポーンという音も鳴った。
旗はついていないが、どうやら正解ら
「死ねばよかったのに」
上から降ってきた男が、その言葉を残し、ポールに突き刺さった。
串刺し。細かい表現なんてしたくないほど、見事な串刺し。
「忘れてましたが」
ずっと遠くにいったはずの女が、背中に張り付くように後ろから声をかけてきた。
「依頼人は、このゲームに文字通り命をかけてます」
「ど、どういう意味だ……」
「地雷は彼らの命の灯火。それをあなたが見つけると、灯火は消える。つまり、死ぬ」
目の前にある赤く染まったポールを見る。いや……そうか、これが旗か。
改めて……吐き気を我慢してポールを見る。ポールは真っ赤に染まった。だが、落ちてきた男は、頭から串刺しにされているのに、微塵も血で汚れてない。まるで、ポールが男の血を全部吸い取ったかのようだ。
「……白旗か」
「せいかぁーい」
女の嬉しそうな声に、背筋が震える。
「日常ではあなたに勝てない、一人ではあなたに勝てない彼らは、自分の命を代償に、集団であなたを殺しにきてます」
「そして、命を懸けてすら勝てなかったから、降参の白旗か」
「そういぅーこと」
確かに……オレが正解すれば、その分だけ、人間が消えるといっていたな。
「集団が一人を殺すか、一人で集団を皆殺しか……さてさて勝利の悪魔は、どちらに微笑むでしょうかー!」
女の気配が背中から消えた。
……普通の精神なら、ここで発狂してもおかしくない。
だけど……
「次、ここだ」
「ふざけんなよ」
一人、
「バカ、カス」
二人、
「くそムカツク」
三人、
「どうして裏切ったの?」
四人、
「お前のせいでオレは……」
五人……。
爆弾の場所を正解させるたびに空から人が降ってきて、降ってきては恨みつらみを述べ、ポールに突き刺さる。
言葉を聴くたび、死に顔を見るたび、汗が吹き出る。
砂漠の暑さのせいではない。むしろ寒気すらする。
今にも走って逃げ出した気持ちを抑えて、ゲームを続行する。
「……次だ!!」
延々と繰り返す。
辺りを見渡し、数字を確認し、地雷を探す。
ポールには、すでに50を超える人間が刺さっていた。
空を見る。
だがそこには相変わらずオレのことを凝視する人間が数え切れない浮かんでいる。
……負けてたまるか。
今までだって一人で勝ち残ってきたんだ。
いまさらお前らなんかが束になったぐらいで負けてたまるか。
沈まない太陽と減らない人間の視線を浴びながら、懸命に爆弾を言い当てていく。
「愛してたのに」
女が、
「お前なんかと会わなければよかった」
男が、
「どうしてお父さんをいじめたの?」
子供が、
「死んで償うべきじゃ」
老人が……
人が落ちていく。
人が消えていく。
旗が立っていく。
腹が立ってくる。
「オレがなにをしたっていうんだ!!」
叫んだ。
あらん限りの声で。
空に向かってその怒りをぶちまける。
「オレが何をした!? お前らが気付かないことを気付いてやっただけだ! それのどこが悪い!? 誰だって勝ちたいだろう! 負けたくないだろう!? なのにお前らは平等だとか、中流だとか、周りから阻害されないように騒がず、目立たないように生きることを選んだんだ! 自分の責任だろう!? オレはそうじゃない生き方を選んだだけだ!? なぜそれでこんな目にあわないといけないんだ!?」
叫んでも喚いても、空からは何も返ってこない。
そこに浮かんで、ただじっとこっちを恨みがましく見るだけ。
「っざけるな……負けるか。今も今までも、お前らはそうやって見てるだけだ。何も言わない。何もやらない。そのくせいっちょ前に妬みやがる。嫉みやがる。そんなのに負けるか! 殺されてたまるか!」
当てる。
当てろ。
そして生き延びろ。
生き延びて、あいつらに目に物見せてやる。
どっちの生き方が正しいのか見せ付けてやる!
「……っっぁはぁ、ぁはぁ……」
どんだけ消したんだ?
どんだけ時間がたったんだ?
分からない……。
とにかくこの無謀なほどに広い砂漠に、大量の旗が立った。
そして、空には……一人の人間が浮いている。
ラスト、ひとつ。
あと、一人。
あと、これだけ。
これさえ抜ければ、オレの勝ちだ。
だが……どっちだ?
残ったセルは2つ。
そして、どっちか1つは地雷。もう1つはゴール。
なのに、計算じゃ弾き出せない二者択一。
勘。
最後の最後にこれか……。
砂漠に座り込み、目の前にある二つのセルを見比べる。
見比べたところで違いはない。盛り上がったりとか、目印があるなんてことはない。
だが、じっと見る。
今までだってこういうことは何度もあった。
二つに一つ。
出たとこ勝負の勘勝負。
そして、オレはそれに勝ってきた。負けることもあったが、大事なところはちゃんと勝ってきた。
……オレが負けるはずがない。
「こっちが爆弾だ」
「ふぁいなるあんさー?」
女が背後に現れた。
「あぁ、こっちだ」
「OK。じゃぁフィナーレは、同時に行きましょう」
「……いいだろう」
女の促しに応じて立ち上がる。
オレが指定した方にはポールが。
もう片方にはオレが立つ。
「さぁ、こい」
オレが正しい。
オレは間違ってない。
……来い!
「……GO」
女が指を鳴らした。
目を凝らす。
人が……落ちてきた。
「よっし!!」
空から人が降りてくる。
今までと同じように……どうだみたか、オレの勝ちだ!
最後に落ちてくる女のくやしがる顔を存分に見てやろうと注意を向ける。
さぁ、見せてみろ、その……
「あはっ……あははははははは!!」
笑い声?
な、ぜ?
なぜ降ってきた女が笑ってるんだ?
だって、オレ、の、オレの勝ち、だろ?
お前が、死んで、オレは、オレハ……
「ざーんねん」
浮いてる女が笑う。
その瞬間、砂から二本の腕が生えて、オレの足を掴んだ。
「な、まて! どうしてだ!? オレの勝ちだろう!?」
「いいえ、あなたの負っけでーす」
「ふざけるな! 人は全部消えた! 地雷は全部みつけたはずだろう!? ならオレの勝ちだ! ルールは守れ!」
「ちゃーんと、守ってるわよー」
女がオレの足元を指差す。
そこには、オレの足首をがっしりと掴んだ……先週捨てたばかりの、自殺した女がいた。
「私はちゃーんといいましたよ。ここにいる人間の数だけ、って。だーれも空に浮いてる人間の数だけ爆弾があるなんていってませーん」
「だ、だいいちそうだったとしても、数は……1だ! ここか隣か、どっちかしか地雷は埋まってないはずだろう!?」
「あ、ごめーん。言い忘れてた。数って、おおよその目安なんだよねぇー。正しいのは、人間の数。わたしったら、うっかりさん」
舌をだして自分の頭をこづく女。
「ふっざけるなぁ!!」
「大真面目。だってこれがこの世界のシステムであり、ルールだもーん」
その言葉に思わず絶句した。
「システムとルールに気付かない方が悪い。気付いた人間がそれを利用して勝ちを収めても……文句はいえないのよね?」
「や、ちょっと、ちが、それは」
「システムとルールを理解して、自分の力を信じて行動する。そして……私はたくさんの魂を手に入れた」
女が笑った。
足元から、カチリという音が聞こえた。
「勝利の悪魔は、『人間』じゃやなくて、『私』に微笑んだみたいね」
「い、や、いや、いやだぁぁ!!」
「じゃぁ、人間同士、地獄で仲良くね」
ソレガ、オレ、ノ、サイゴ、ノ、ゲーム、ダッタ
FIN