放課後の二重奏
「へえ、上手いじゃん」
その声に、私は鍵盤を叩いていた手をぴたりと止めた。
……一体いつの間に来ていたのやら。しかも盗み聞きしてたのか……趣味悪い。
私はわざと不機嫌そうに、ゆっくり振り向いてみせた。本当は全く嫌ではないけど。
「……何の用」
「いや、俺はここに忘れ物を取りに来ただけなんだけどな。聞かれたくなかったんなら、ここで弾いてたお前が悪いさ」
「……」
こいつはいちいち正論で困る。こんな時間に、しかも怪談の定番地である音楽室になんて、来る奴いないと思ってたのに。
「ピアノ習ってたのか? 初音」
「別に」
「……え、マジ? それでそんな上手いのかよ」
「上手くなんかない。あと、一応少し習ったことはあるけど……こんな性格だから、先生と反りが合わなくてやめたわ」
「いや、分かってんなら直せよ……」
彼は呆れたように笑う。
私は人が好きではない。それが他人であれ、自分であれ。だから他人と関わるのは苦手だし、嫌いだ。他人に合わせるなんて、考えるだけで吐き気がする。教えられるとか、決めつけられるとか、上からとか、大嫌いだ。そして私は基本、誰とも関わらない。周りも私には関わろうとしない。それでいい、その方が私も楽だ。
……なのに、彼はどうして?
「で、さっきの曲何?」
「ラフマニノフ」
「……え、マジか……全然違う曲に聞こえたぜ」
「私が勝手にアレンジしたからね」
「へー」
「あんたは楽譜に忠実派なんでしょ。正反対だし、私たち合わないわね」
突き放したつもり、だった。
彼が関わってくるのは、正直面倒くさい。放っといてほしい。
私みたいな趣味でしか、お遊びでしか弾いていない奴とは違い、彼の家は代々の音楽一家だ。彼のバイオリンの腕もなかなかのもの。……関わらなきゃいいじゃない。私みたいな奴なんか。
「まあ、親父がそういうのうるさいからなあ……。でも俺は、この曲好きだぜ」
「……」
「なあ、もう一回弾いてくれないか?」
「何でよ、面倒」
「お前なあ……二重奏しようぜ、せっかくなら」
「……」
あ、そうか。
嫌じゃないんだ。
嬉しいんだ、彼が話しかけてくれることが。
好きなんだ、彼が。
「……仕方ないわね」
「おー、サンキュ! 初音」
「……全く……ちゃんと聞いてなさいよ。奏斗」
さあ、演奏してやろう。私そのものの音を。
きっと、彼も彼そのものの音で答えてくれるから。




