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白雪晴姫には七人の下僕がいる。
「下僕って何様だよ」と突っ込みたくなること請け合いだろうが、ここは一つ寛容な心で聞いて頂きたい。
白雪晴姫という少年は多少怠惰な部分はあれど、一般常識から外れることなく生きてきた極々普通の高校生である。
そんな彼に、いきなりできた七人の下僕を戸惑わず受け入れろなど、到底無理な話であることは語るまでもないだろう。
この近代化の進んだ現代社会において、雇用関係でも「下僕」などありえない。訴えられて然るべきお話だ。
だが、とある日を境に彼はそれを受け入れざるを得なくなる。
結果的に「下僕」である彼らを、自ら望んで欲した。
それがどういう意味を持ち、どういうものを齎すかなど考える間も与えてもらえなかった。
まあ与えてもらったとして、結果が変わったとは思えないが。
白雪晴姫には七人の下僕がいる。
それは彼の盾であり、剣でもあった。
いつものように徒歩圏にある高校より帰宅した少年は、お世辞にも広いとは言えない自宅リビングにて展開されている光景に、唖然としていた。
「何だこりゃ……何の祭りだ」
「あら、晴ちゃん、おかりなさぁい。オヤツは冷蔵庫の中に入ってるわよ」
入り口近くの廊下で、ぶら下がったレースの暖簾をかき分けた状態で立ち尽くす「晴ちゃん」こと晴姫少年に、柔らかな女性の声がかかる。繰り広げられている光景からは遥かかけ離れた、のんびりさ加減だ。
オヤツの前に言うことがあるだろう。
ここは突っ込むところなのだろうが、その女性とは生まれてこの方十数年お付き合いで、こういう場合彼女に何を言っても無駄なことを少年は熟知していた。嬉しそうな笑顔に曖昧に答えた晴姫は、気を取り直してざっと室内へと目を走らせる。
普段家族四人で使うリビングを、その三倍以上の人数が埋め尽くしていた。
それだけでも異様過ぎる光景だが、何より十数名の格好やら年齢層やらがもっとおかしい。晴姫とそう変わらないだろう年頃の少年少女が数名と、職業は何ですかと尋ねたくなる黒スーツ姿の男性が数名。後は妙に高そうな紺色のスーツを着込んだ男性一名が、父である正晴と向かい合うようにしてソファに腰掛けている。
十数名の視線が先程から自らに注がれていて落ち着かないが、長年天然達の間で培われてきた晴姫のスルースキルは半端なかった。
「ええと……親父、一体これは何事だ?」
とりあえず晴姫は一番まともに情報収集できそうな人物に声をかけることにする。それでも「とりあえず」であるのが不安なところだが、頭の中のお花畑で天使を育てているらしい女性よりはマシだ。その遺伝子が自らに組み込まれていることはこの際無視してもらいたい。
「ん? まあまずは座りなさい、晴姫。皆さん、これが息子の晴姫です」
母親同様笑顔を絶やさない父――正晴が、自分の隣に空いているスペースを叩いて促しながら、その他大勢に晴姫を紹介する。ここでごねても無駄なので、とりあえず説明する気はあるらしい父の言葉に従い腰を下ろした。
突き刺さるような視線は、一挙手一投足を見逃すまいとついてくる。特に同年代の少年少女から注がれる視線が熱すぎて、正直気持ち悪い。広範囲から向けられる視線と交わらないよう行動するのは中々に苦労だった。
「ごめんね。こんな大勢で押しかけてさぞ驚いただろうけど、許してくれるかな」
説明を求めた父より先に口を開いたのは、高級そうなスーツを身に纏った男性だ。柔らかく笑う表情とは裏腹に、隙のない所作は絵に描いたようなエリートサラリーマンといった風である。まだ二十代半ばくらいに見えるが、妙な貫禄があった。
答えることなく観察している晴姫を気にした風もなく、軽く小首を傾げて片手を差し出してくる。
「初めまして、晴姫くん。私の名前は白雪洋介と言います」
「白雪……?」
目の前にある、男にしては綺麗な手とそれにそぐわぬ整った顔を交互に見て、晴姫は眉を顰めた。
「白鳥」の名には聞き覚えがあった。確か母の旧姓ではなかったか。
その手を取るか一瞬逡巡し、既に差し出されているものを拒否するのはあまりにも失礼だろうと、晴姫はそっと自らのものを添えた。
「えっと、ども。日下部晴姫です?」
こうして改めて握手することなど初めての経験であるため多少ぎこちない動作であったが、晴姫の戸惑いを飲み込むように麗しき青年は差し出した手を握り込んでくる。
想像より暖かな手の平だった。これまで見てきた誰よりも整った顔に人間であることを疑いかけていた晴姫であったが、自らとは階層が違うだけで、同じ人であるらしいことに幾分かほっとする。
正直これが女性なら、一生お目にかかることはないだろう美女との触れ合いを素直に喜べたのだが。
「晴姫、この人は姫子のお兄さんである方のご子息で、姫子の甥っ子――うん、つまり君の従兄弟だね。いやぁ、ここまで似てないと凄いねぇ。やっぱり俺の遺伝子が強烈すぎるのかなぁ、あはははは」
互いを笑顔と無表情で観察し合っているところに、暢気な声が割り込む。正晴だ。母よりはマシだが、自分で言って面白そうに二人を見比べ笑うその姿は、状況にはとてもそぐわなかった。