Chapter6 ―特訓―
「……てりゃぁーーっ!!」
「っと、まだまだ甘いよ。もっと踏ん張って!」
空が夕焼け色に包まれる頃、とある宿屋の中庭にからコツンコツンと打ち合う音が響き渡る。
そこにいるのは一人の少女と一人の少年。リンとサツキの二人だ。
二人とも無邪気な表情を浮かべており、とても楽しそうに、だが、真剣に打ち合っていた。二人の手に持たれているのは木刀。練習用にとダメージがあまり通らない木刀を買い、リンの特訓を開始しているのだ。
サツキの頭の中にあるのは、人格がまるで反対のリンとの約束――。
「むぅ……。これでもダメなのか」
「いや、でも、最初より良くはなったよ。これならモンスター討伐に一緒に行けるランクだ」
「ほ、ホント!?」
最初より良くはなったよという言葉に少し落ち込むリンだったが、続けて言われた言葉に珍しく食いつくリン。
リンが強くなることは、もう一人のリンの願いでもあるが、それと同時にリン自身の願いでもあるのだ。そして、サツキやアスカの願いでもある。
「ああ、それでも、本当にやばいと思ったらもう一人の方に変わるんだぞ?」
「……う、うん。わかったよ」
「それならよし。すぐに強くなれってことじゃないからな。ちょっとずつもう一人のリンみたいに強くなればいいよ」
リンの手から木刀を優しく取り、セットにしてインベントリに直すサツキ。
同じ性能の武器やアイテムは纏めてインベントリに直すことが出来る。ただし、能力が同じでなければセットにして直すことが出来ないので注意が必要だ。
そして、このゲームではインベントリの使用が制限されている。
最大二十個のアイテムしか持ち運ぶことが出来ないのだ。なので、きちんと整理整頓をする癖を付けなければ恐ろしいことになる。
ちなみにフェイタルゲートの世界に倉庫システムなどはない。マイルームを買うなどをして、そこのボックスの中に入れるしか保管する方法がない。
そうなれば必然的に序盤はいかにして、アイテムを整理しているかいらないアイテムに分けるテクニックが必要最低限のスキルになる。
「……ねぇ。リンとかもう一人のリンとかめんどくさくない?」
「ま、まぁ、たしかにめんどくさいけど、名前とかも一緒じゃないのか?」
「…………」
サツキの問いに答えるわけでもないリンは、その場で目を瞑る。
これは自分の中にいるもう一人に話しかけているモーションだと、サツキは知っているので、指摘することはない。
「……ボクと名前は違うみたい。だけど、まだ覚えだせないらしい」
「そっか。その子の名前も聞かないとね」
「そうだね。絶対に仲良くなれるはずだから」
自分の中にいるもう一つの人格でもあるリンとは仲良くなれると思っている少女は、想いを内に秘めながら借りている部屋へと戻っていく。
「ただいま戻ってきましたー!」
「お帰りー♪」
「ふみゅっ!?」
借りている宿の扉を開けた途端に勢いよく飛びついてくるアスカ。
彼女の奇行動には慣れてきたつもりではいたのだが、こういう事態をなくすことだけはどうやっても出来ないのだ。
たまに逃げることが成功したとしても、その逃げる場所が前もってわかっているのかボクの真後ろから抱きついてくるからな。
そして後ろから抱きついてきた場合は胸や腹の辺りを揉んできたりもするからな。このアスカとかいう万年発情期少女は。
「……はぁ、またかよ。一応、男がいることを忘れるなよ」
アスカの過剰なスキンシップを日常の一部のように捉えているサツキは深く溜め息をつくと、ボク達から距離を取るように隣の部屋に逃げ込む。
「そんなこと言ってもサツキは元女の子だから気にしないでしょ」
「だったら、ボクが気にするよ」
「あ、あー、そうだったね。サツキと同じようにリンも性別が変わっているんだったね」
完全に忘れていたのだろう。アスカは咄嗟に思い出したことを隠すことなく話を進めていた。
それにしても、ボクとサツキが性転換をしてこの世界にいるのに意味ってあるのかな。ここにいるプレイヤーのみんなは性別が一致しているし、俺らみたいな異常者以外は全員、現実世界の自分の姿に似せていると聞いた。
だから、アスカの場合も現実世界ではこんなにも可愛いのだろうな。……性格は最悪だけども。
「……別にいいけど。絶対に忘れてたでしょ」
「あ、あはははは……」
少し申し訳ないと思ったのか、苦笑しながら頬を掻くアスカ。こういう仕草だけを見ていると、こいつは男っぽいんだよな。二股が見つかった男、あるいはハーレム状態になっている男みたいな反応ばっかりしてるけども。
「そ、そうだ。サツキ。レインから『久しぶりにダンジョンを攻略に行こうぜ』ってメッセージが届いてるけど、どうする?」
「今は却下だ。……だるいから行きたくない」
ウィンドウ画面を弄りながら報告をするアスカに対して、めんどくさいから行きたくないと駄々をこねるサツキ。
サツキのステータスからすれば、簡単に倒せそうなのに。なんでそこまで行きたくないんだろう
か。
どうして行きたくないのか生活態度を見てればわかるかなと思って、じっくりと観察していたのだが、普通に紅茶を汲んで飲んでいるだけなのでまったくわからない。
「……サツキがそんなことを言うなら。リンちゃん、一緒に行こうか?」
「えっ?」
「ぶふーーっ!!」
今のボクは二つの意味で驚いてしまっていた。
一つ目はボクに一緒に冒険をしないと誘っているアスカに対して、そして二つ目は――。
「……げほげほっ」
どうしてサツキが紅茶を噴出させたのか、だ。
時間でも一分一分を大事にするようなしっかり者のサツキにしては、こんな基本的なことで失敗をする意味がわからないのだ。
面白いことを言われたのなら、吹き出すという言葉があるくらいだから納得出来るけども。俺をパーティーに誘うことがそんなに面白いことなのか?
「リンをダンジョンに連れて行くのはダメだ」
「な、なんでよ」
溢してしまった紅茶を綺麗に拭き取ったサツキは、ソファーに豪快に座り込み話を進めていく。
「第一、リンはまだ戦えるレベルじゃない」
「前に一人で戦ってかなりレベルを上げていたよ?」
「それはそれ、これはこれだ」
自分の知らないところで話を進めていかれるのって、こんな気分なんだね。会話に参加しなくてもボクの立場などを勝手に纏められる。
敵と戦うにしても裏の人格に任せるかも知れないし、自分で倒すかも知れない。だけど、俺が怒っているのはそれが原因じゃあない。
「……そうだ。リンちゃんに直接聞いてみたら」
「いらない」
「えっ……?」
ボクが二人に対して拒絶をすると、特にアスカが困惑した表情になっていた。
「……じゃあ、ボクはちょっと出て来るね」
「あ、ちょっと」
「大丈夫だって。夕方までには帰ってくるから」
これだけは言っておかないと後で怒られることになるから言っておくけど、ボクは報告だけをすると足早に宿屋から出て行く。






