Chapter2 ―矛盾―
※今回も3人称です
「……というわけで、乙女の涙を手に入れることは出来ませんでした」
「そんなことがあったんですね。わかりました」
「本当にすみませんでした。色々とやってくださったのに」
「いえいえ。それよりもアンタらが連れて帰ってきた女の子は大丈夫かい? あれから一度として目を覚ましていないんだが」
数日後。ダンジョンに乙女の涙を捜索に来ていた二人組みは本拠地である町へと帰還していた。そして今、あのダンジョンで見つけて、意識を失っていた女の子を医者に見せていたのだ。
依頼か人名救助なら、どちらを優先するべきかは言わなくてもわかるだろう。そのため乙女の涙を頼んだ依頼主に報告が遅れてしまい、やっとのことで報告が出来たのだ。
報告が遅れたにも関わらず、その依頼主は拾ってきた女の子のことを気にして、報告なんてもっと後にして付きっ切りでいてやってよ。とまで言う始末だ。さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないので、少女は「サツキのやつがいますので大丈夫ですよ」と笑いながら言った。
「そうですね。そろそろ目を覚ましてもいいはずなんですけどね」
「さすがにここまで起きなければ不味いですね」
少女を救助してから六日が経った今でも彼女が目を覚ますような素振りが一個もなかったのだ。今日を過ぎると一週間も目を覚まさなかったことになる。大体、一週間も意識がなかったとすれば、それはもう死んでいることしか考えられない。
この世界での死亡は、リセットとして解釈されることになっているが、精神が壊れてしまった人や意識がなくなってしまった場合は、どう判断されるかわからない。
「きゃぁぁーー!!」
少女のことを考えていたときのことだった――。
とある宿屋の一室から耳を劈くような悲鳴が聞こえ、その部屋の窓が割れた。
「な、何事っ!?」
「……あれは、アンタらが借りていた一室じゃあ」
依頼主のこの一言により、女の子の顔は一変し、慌てて自分達が借りていた部屋に向かって走りだす。
(サツキ……っ!!)
彼女と一緒にいた彼は、彼女からしても大切な人なのだろう。一刻も早く向かって、彼を助けてあげないと、という、そんな想いが彼女の表情から痛いほど伝わって来る。
「な、何があったの!」
大きな悲鳴がした部屋の扉をバンッと開ける。
すると、そこで繰り広げられていたのは彼女が想像していた以上のものだ。
「……あ、アスカ」
ベッドの上には一人の少女とその上に少女よりは体格が大きい男がいたのだ。急いで駆けつけて来た理由であるサツキがやっと目を覚ましたばかりの少女の上に馬乗りになって体を押さえつけていた。
少女の煌びやかな金色の髪と同じ色の瞳が潤んで、助けを求めるかのようにアスカに突き刺さる。
「……へ、へぇ。サツキってば、目覚めたばかりの女の子を襲う性癖があったのね」
「ち、違うんだって。これは……」
「問答無用っ!!」
いきなり戦闘態勢に入ったアスカの姿を見て、本当に焦ったのだろう。少女はサツキの腕から掻い潜り、サツキとアスカの手に持たれている刃付きの弓の間に入り込む。
「ちょ、いきなり間に入り込まれたら」
いくら慣れ親しんでいる相手とはいえ、攻撃を当てるつもりはなかったアスカにとって、これは大きな誤算だ。サツキの目の前ギリギリで寸止めをしようとしていたのに、その間に入り込まれたら攻撃を当ててしまうことになる。
瞬時にアスカは振り切るのをやめ、傷つけるぐらいなら武器を消してしまおうと自分の目の前にモニター画面を出し、『消去』ボタンを押す。
アスカが消去ボタンを押したことにより、弓はまるで存在がこの世界からなくなるみたいに光の粒子となって消えていく。
「……ふぅ。間一髪。ちょっと、いきなり間に入ってきたら危ないじゃない」
「ご、ごめんなさい。で、でも、たかがゲームといっても、この世界の中で殺し合いは……」
本気で怒っていると直感で感じた少女は、怯えた子犬のようにしょんぼりと謝る。
だが、そんな少女の様子を見る暇などサツキ達にはなかった。それよりも引っかかる言葉があったからだ。
「……ちょ、ちょっと待て。お前はNPCじゃなくて、プレイヤーなのか?」
「はい。あっちの世界で強制ログインさせられたのです」
「それじゃあ、あの機械に入れられていたのはなんで?」
「……機械? なんのことですか?」
自らプレイヤーだと言い切る少女だが、それを二人は信じた様子はなかった。少女の言っている言動と会った場所が一致しないからだ。
この少女は自分が入れられていた容器とそれを制御する機械のことを知らない。これだけで考えるのであれば、プレイヤーだと言えるだろう。
NPCは総じて、定められた役目を果たすものだ。あの容器に入れられていたことで、彼女が何らかの鍵になっているのは間違いない。それなのに使命を教えないどころか、知らないというのはおかしなことだ。
それなのに少女がプレイヤーだと思えないのには、理由がある。
彼女がゲームを開始され、始まった場所がおかしいのだ。プレイヤーが最初に来る場所は『輪廻の街』だと定められてる。だが、少女はそれをすっとぱしてあのダンジョンに現れた。
プレイヤーとしてもNPCとしても不信な点を持っているのが、この少女だ。
「まぁ、それは後でゆっくりと話すとして、今はこの子の服を買わないとね」
「へっ……?」
少女も今、やっと何も服を着ていなかったことを思い出したのだろう。頬を真っ赤にして、その場にシーツを巻いて蹲る。
その姿を見ていたアスカは、「可愛い」といって小動物を愛でるかのように抱きしめたい衝動に駆られたが、今はまだ信用出来ない相手なので押さえ込む。
「きゃーーっ!!」
本日二度目の黄色い悲鳴が宿屋全体に響き渡る。