プロローグ
※注意
・この小説は性転換ものです。苦手な方は戻ることをオススメします。
「近頃、ネットワークを使って人を攫う事件が多発して……」
とある街中に建造しているマンションの一室。
人が生活している雰囲気がまったくしない物静かな部屋に、微かな音が響いてきた。だが、これはこの部屋の主がさせた物音ではない。
隣室に住んでいる青年が部屋に置いているテレビを点けたのだろう。この部屋に住んでいる人影は一切なかった。ただこの部屋の住人が点けたと思われるパソコンの画面には『FATAL GATE ~フェイタルゲート~』と表記されていた。
八月十日――。
それが俺の、二条 鈴の運命の分かれ道となった日だ。
「……やっぱり噂は噂なのかな」
自らの運命が分かれる日となることも知らずに、俺は何食わぬ顔でカチカチカチというタイピング音を出しながら、調べ物をしていた。
ノートパソコンを置いている机に備え付けられているスタンドランプ以外、電気を点けていないので薄暗い部屋の中、窓際から差し込まれる日差しが薄いカーテン越しに部屋を明るく照らす。
「兄さん、アンタは本当にどこに行ったんだよ」
部屋の壁に設置しているボードに貼っている、たった一人の兄の写真を見る。
爽やかな笑顔と高い身長が特徴的な兄だった。その兄の隣で、頭の上に大きな手を乗せられ本当に嫌そうな雰囲気を醸し出している少年がいた。その少年こそが俺なのだが。
あのときは色々と俺にちょっかいをかけてきて、めんどくさい兄だなとは思っていた。
だが、これからもそんな楽しい日々が続いていくと思っていたんだ。兄のことは嫌いではないから、ずっと一緒にいたかった。
これは兄の失踪が発覚する十日前のことだ。
「……兄さん。兄さんってば」
幼いときに両親を亡くしてしまったせいで、俺と兄は両親が残してくれた一軒家で二人で暮らしていた。二人で住むには充分すぎる大きさだったが、幾分大きすぎると思っていた。
その一軒家の二階に兄さんの私室があり、そこで毎日のように兄は仕事をしていた。当時、俺を育てるために途中で高校をやめ、働いていたのだが、高卒ということもあってか、仕事をさせてくれる会社が少なかった。
どこの会社に面接に行っても、どうしても働かせてもらわないと生活が苦しいんですと頼み込みに行っても雇ってくれなかったらしい。家に帰ってきた兄さんは毎晩のように愚痴っていた。
そんな日々を過ごしていた後、やっと仕事が決まったと俺に喜んで報告してきた。
兄の本当に嬉しそうな表情を見た俺は、その仕事の詳細が気になり、兄に聞いてみたところどうやら新しく発売する予定のゲームの点検役に選ばれたらしい。バグがないか、ゲームバランスが壊れたりしていないか、点検する役目だそうだ。ゲーム好きだということもあって、とても嬉しそうだった。
それから数日後。
何日も部屋から出てこない状態が続いてしまった。
どう考えても今の状況はおかしいと思い、「入るな」と口止めされていた兄の私室に入ることにした。
「……兄さん? 入るよ」
目の前にあるドアノブをガチャっと開き、猫のように警戒しながら中を見回す。
「いないのか?」
初めて見た兄さんの部屋。ほとんど何も置いていない空っぽな部屋だった。基本的な家具があると言っても、タンスやクローゼットといった生活用品を入れておくスペースだけ。
テレビやゲーム機、本棚など自分のためになりそうな物は何一つなく、仕事で使ったとされるパソコンしかなかった。
外出するのでれば、パソコンを切って行けばいいのに、ずっと点けっ放しだったことに驚きながら近寄ってみる。
「なんでパソコンが点けっ放しなんだ」
余程、点けてから時間が経ってしまっていたのだろう。パソコンの画面が味気のないスクリーンセイバーになってしまっていたため、マウスを少し動かしてディスプレイを覗き込んでみる。
「……ふぇ、フェイタルゲート?」
その画面に映り込んでいたのは、『FATAL GATE』という文字だけだった。それ以外に何も映ることはないし、それ以降、マウスを動かしてもポインターが動くこともなかった。
「なんだよ、これ」
おそらくバグのようなものだろうから、あまり触らないでおいたほうが良さそうだと本能的にわかってしまった俺はパソコンに近寄ることを控えて部屋から出て行く。
……それから三時間して、日付が代わる時間になっても兄は帰ってこなかった。
そして十日たった今でも、兄が帰ってくることは一度としてない。夜中にこっそりと帰ってきたという可能性もゼロだろう。物音が聞こえた試しが一度としてないからな。
こうして俺のたった一人の兄も、俺の前から姿を消していったのだ。
「なんでこんなにも情報がないんだよ」
兄さんの失踪から一週間経った頃辺りから、妙な噂があちこちで立っていた。
なんでも話を聞いてみると、ところどころの家庭で起こっている事件らしいのだが、人が急にいなくなったように消えていくらしい。さっきまで自室にいたのに、数十分したらいなくなっていたなど、自分達の頭では理解出来ないような事件だ。
その被害を受けた家庭のすべてで共通していた部分があることも発覚している。
「フェイタルゲート……」
兄さんがテストプレイしていたと予想される特殊なゲーム。
自分で作ったキャラに精神が入り込んで、ダンジョンを攻略していくというリアリティのあるゲームだ。既存のゲームなどにはオンラインゲームなど、世界中の人達と関われる機会があるのにも関わらず、日本の人しか遊べないゲームを作ろうとしたみたいだ。どういう意図があってこんなゲームを作ったのかわからない。
そこまでリアリティを追求するのであれば、外国の優秀なプログラマーなども雇って、世界初の体験型MMORPGってやつを作ればいいものを。
「絶対にこれに秘密が隠されているんだ。どうにかして見つけなければ……」
必死に色々なサイトを巡ったりして情報を探っているのだが、いかんせん『失踪者大量発生?』・『原因はパソコンゲーム!』などマスコミが積極的に活動しているせいで、そういう系統のサイトが多く出来てしまっている。
フェイタルゲートと調べたら六十万件もヒットする始末だ。
それを一つ一つ調べていても二進も三進もない。兄さんが使っていたパソコンが今なら動くかも知れない。そんな淡い希望を抱いて、今でも残っている一軒家の兄の部屋に向かおうと席を立つ。
その瞬間――。
ピコンッという無機質な音が部屋中に響き渡る。
「何の音だ?」
音の発信源は使っていたパソコンだと頭が理解していたので、行動は早かった。
せっかく立った席に再度、深く腰掛け。ピコンと鳴った理由を調べていた。
さっきまで見ていたサイトを開いてみても、何の異変もなく、どうでもいい情報ばかりを並べているサイトだ。
「……こんな音、設定した覚えはないんだが。メールかなにかだろうか」
だとすると残る可能性は、電子メールだろうかと考え、開いてみる。
「っ!?」
するとどうだろうか。
俺の予想通り、新着メールが一通と表示された。
自分で言うのはどうかと思ったりもするが、俺はこまめにメールを確認して新着メールがあるかどうか確認するタイプの人間だ。そんな俺がメールを見逃すなんてことは絶対にない。
つまり、このメールは今さっき来たばかりのもの。
「発信源はどこだ?」
新着メールをクリックし、誰が送ってきたのか確認する。
「……こんなアドレスは知らないな」
俺の知っているアドレスではなかったので、迷惑メールだと思って捨てようとした瞬間。そのメールに掲載されていたとあるワードが目に入ってきた。
「フェイタル……ゲート」
送られてきたメールを削除することをやめ、内容を深く読んでみることにした。
「……あなたがフェイタルゲートのことを深く嗅ぎ回っていることはわかっています。どうでしょう? そんなにもこのゲームのことが知りたければ、実際に経験してみてはいかがでしょうか?」
この段階でおかしな点があった。
メールを送ってきたやつは何故、俺がフェイタルゲートのことを嗅ぎ回っていたことを知っているのだろうか。
「これは兄さんには悪いが、関わらないほうがいいかな」
いなくなった人を探す手がかりをみすみす手放すということなのだから、人でなしと思われるかも知れないが、これは関わらないほうが賢明だと本能が言っているんだ。
ここは諦めて、警察かマスコミかが解決するのをじっと見守っていよう。そう決心したときのことだ。
「あ、あれっ、パソコンがうごかねぇ!?」
マウスを動かしてもキーボードを押しても何も反応しなくなった。
フリーズかと思ったりもしたが、そんなものではない。操作が出来ないくせにディスプレイに映る画面に不可解な点が一つもないのだ。
「……っ!! な、なんだよ、これ」
何も操作が効かないのに、勝手にパソコンが動き出したのだ。
ディスプレイに映る文字は『FATAL GATE ~フェイタルゲート~』。
文字のフォントやデザインなどに色々な相違点はあるが、兄の部屋で映っていたディスプレイとまったく同じ現象だ。
「これってもしかして……」
部屋の片隅でまとめていた新聞の束の表面に書かれている記事の一文を視界に入れる。
「強制ログインってやつか!!」
ネットゲームに興味を持たなかった人間が巻き込まれてしまった事があるのだが、そのときもこんな感じだったと表記されていた。
メールが届き、途中で読むことをやめた途端にゲームが開始される。
おまけにこのフェイタルゲートには、お金やダウンロードなどは必要ない。いるのはただ一つ。自らの体だけだ。
この瞬間、俺はこの世界から姿を消した。




