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探索者シリーズ

探索者と軟体生物とダンジョン②

作者: 鰰家

 とある大陸。 

 その大陸では魔物と人類が戦っていた。いや、魔物からの視点で言えばゆっくり住んでいたところに人類が突然現れて荒らすだけ荒らして奪っていくようなものだろう。人間にとっては、かつてこの大陸を支配していた魔物の王である魔王がいなくなったから、魔物に代わり新しい時代を切り開くために人類が大陸の支配を伸ばしているだけだ。

 永遠と続くと思われていた魔王の時代の終焉。

 その終焉から時代は半世紀から一世紀近く流れていた。

 終焉してなお、人類は未だに文明発展の停滞を余儀なくされている。魔物からの大陸占有率シェア奪回のために。

 それの奪回に必要とされているのが迷宮ダンジョン達成クリアだ。

 迷宮ダンジョン、別名『魔物の巣』である。

 魔王との戦争時には無かったらしい。戦争が終わってしばらくしてから大陸各地で次々と発見される。

迷宮にはその周りの土地に存在する魔物の力を底上げする力があるらしい。迷宮の周りの魔物は自力が強い。ただし、人類活動領域付近ではそれほど力の上昇は見られない。魔物ひしめく奥地に行くほど魔物の強大さは増していく。その強さを試したいが為に遠方遠征隊と称して迷宮の達成に向けて旅立ったものもいるが、生還はすれども不達成に終わる。かつて、一度成功した例があるが100年もすると半ば伝説と化している話だ。

 つまり、人類はじわりじわりと浸食するように大陸の分布図を広げている。さながら、海外から持ち込まれた外来生物のように。

 迷宮ダンジョン内では魔物が湧いてくる。

 原理や原因といったものは発見されていない。むしろ、糸口も掴めぬお手上げの状態だ。だから、迷宮内では魔物が湧く。リンゴが重力に引っ張られて地面に落ちる現象よろしく当たり前とされている。もう疑問に思う者すらいない。

 だが、迷宮内の最下層にいる「ボス」と呼ばれる特別な魔物を倒すことによって、迷宮は達成とされる。これにより、迷宮内では魔物の出現は激減する。いや、全くでないと言って差し支えはない。迷宮周辺の魔物は弱体化する。こうやって、人類は弱体化した魔物達から土地を奪回していく。これが奪回のメカニズムである。

 迷宮ダンジョンの発見数は総数64。内、踏破されたのは54である。

 こうして、大陸における人類の分布図は半分に広げた。100年かけても人類はまだ半分しか到達できない。


 ***


 人類活動領域セーフティエリア

 現在、大陸内において人間が掌握している土地は大陸の52%。

 主な国は小国(自治領含む)複数に大国が3つである。

 大国とは銘うっているがそんなに大きい国ではない。

 精々が自治軍で国内を管理できる程度。

 国内で討伐遠征といった軍を組めるほど潤ってはいない。

 国は隣国に攻めてはならない。三大国不可侵条約によって禁止されている。

 ただでさえ魔物に困っているのに人間なんて相手にできるわけがない。

 では国ではなく、誰が人類活動領域を広げるのか?という疑問が生まれる。


 探索者組合ギルド

 日々、迷宮周辺を調査する人々の集まり。

 国の直属ではなく、これもまた各組合には上位組織の連盟があり、そこが管理している。

 迷宮出現初期から組合の働きにより現在大国が2つ誕生するきっかけに関係している。

 そのため、各組合は人類活動領域内において非常に強力なコネクションを持っており、各組合が発行している通行証パスを検問所で見せることで国に自由に出入りできる。しかし、それは余り使われていない。とある理由により。例外で、探索者を嫌っている地域もある。それでも、だ。大抵の国に入ることが可能である。

 探索者は大抵ここに所属して、国を渡り歩き最前線へと向かう。

 探索者組合も、一つの大きな組織ではなくあくまで大きな密集組織の一つに過ぎない。組合は迷宮出現初期以降に設立後に独立した別の「集団」が生まれた。

 「集団」は形を変え、「名前」を持ち人類へと刃向かいもした。その「集団」は今も人類を苦しめる要因となる。現在、「集団」への対処法は見つかっていない。

 各組合には「名前」があり、有名な組合にもなると行く先々で期待されたりもする。探索者は所属をはっきりするために各組合特有のシンボルマークを何かしら持っている。

 十字架にしていたり、服にプリントされていたり、アクセサリーになっていたり。これで自分のギルドかどうか判別している。これのおかげで通行証が使われなくなったわけである。

 今日もどこか日の下や地下の奥底で探索者は己のため、人類の発展のために探索を続ける。



 スライムを頭の上にのせた青年は野宿の為に張ったテントの中で物思いに思考に耽っていた。

 探索者は一部では大陸解放戦線だの、魔物討伐軍だの、人類救済だの、と呼ばれている。

 名称は様々。人種も様々。中には俺たちは大儀を掲げて驕っている魔物に正義の鉄槌を叩きつける正義の軍団だ、と己に言い聞かせている奴らとに出会った。

 その時を青年は思い出して怒りが表情の表面に浮上する。

 浮上した過去の憤りを抑えた。

 抑えられたこと、かつての自分では考えられなかった。

 しかし、この今頭の上に乗っている軟体生物―――スライムに出会ってから自らの人生観は変わった。

 魔物もこの世界で生きている一員だと。

 そう自らはこのスライムと共に生活して感じた。

 いや、ここまでスライムと共に歩んだ道程が彼を変えたのだ。


 スライムが青年の頭を伝い、肩、右腕の二の腕、掌という風に伝ってきた。

 何を考えているのか、脳があるのか疑問でしかない軟体の体。ぷよぷよ、と水に近いゲル状ともいえる肉体。

 見れば見るほど不思議でしかない。

 初めてであったあの日。

 初獲物だと思って宝箱を開ければスライムが入っていた時の衝撃。

 実は何度も考え直してこのスライムを野に放とうと思ったことか。

 周りからの糾弾の指を向けられ、青年の心は折れかけた。

 けれど、青年の命を幾度と無くスライムは救った。このスライムは結局の所「命の恩人」に値する。今ではもう青年を支える立派な「相棒」である。

 しかし、そんな「相棒」で知った情報も未だに数少ない。

 一つは体の大小を自由に変えることができること。今の掌に乗るサイズが気に入っているのか、常日頃はこのサイズ。しかし、いざと言うときには巨大化して助けてもらったことがある。

 そう、一つだけ。このスライムができることについて分かっているのはサイズの変更ぐらいだ。自分は出会ってから今までスライムについてはそれくらいしか分かっていない。スライムと違うと言えば体の水の色が自分の今まで見てきた緑に対して、このスライムは若干緑色がかった青色ということだけ(亜種スライムであるという自分の憶測である)

 改めて考えると「それ」しか知らない。

 スライムはこちらの考えなど知らずに、掌に水の体をすりすりと擦りつけてくる。共に時間を過ごして分かってきたことだ。このスライムなりの「愛情表現」なのか、これをしてくる時はおとなしい。

 スライムも言葉や感情の方向を理解しているのか、敵意を向けられると体の体表面の水を振動させて荒ぶりはじめる(スライムに対する偏見と観察による見解である)。

 掌から伝わる水の体は心地よい。自分自身も気に入っているから構わないのだが。

「お前が喋れたらいいのに、な?」 

 左手でスライムの頭(と思われるところ)を撫でると、左の掌に水の体をすりすりと擦ってきた。

 この「撫でる」行為も嫌いではないらしい。但し、人の好き嫌いが激しいのかこれまでスライムを撫でて拒まれなかったのは自分を含めて4人だけである。

 まあ、あからさまに敵意を持って、スライムに触れてきた奴は今でも腹が立つ。

 露骨にスライムは嫌がっていたのは見ていて明らかだった。

「…さっさと寝よう」

 こみ上がりかけた怒りを堪えて、スライムを離れたところに置いた。

 自分は毛布を被り睡眠を取る。夜は長い。さっと眠ってこの長さを消化してしまおう。

 しばらくして青年は寝息をたてて、寝始めた。スライム自身もゆっくりと近寄って青年の顔を数間見てから自身もゆっくりと休息についた。

 夜は長い。


 ***


 青年は朝早くにテントを畳み、荷物をまとめると水晶クリスタルを取り出す。

 自分しか知らない、とある呪文キーワードを唱えると荷物が水晶内に吸収収納された。

 魔法の力で水晶内には広い別空間が存在している。

 その中に色々と物を詰め込む。これは、探索者や冒険者に好まれている。

 半世紀前まではとても高く高価なものだったが、魔法大国の水晶精製技術の発展により大量生産されると市場でも買えるようになった。庶民でも買えるようになったとはいえ、高価ということには変わらない。

 これ一つで下層農家の年収に相当する。この水晶はギルドの探索者一人一人に配布されるだけ。

 無くすと後がめんどうくさい。それに高いから、自分の場合まだ一個しか持っていない。

 水晶の収納空間にも限界があるので、調整がいる。そろそろ、二つ目が欲しい。

 何かと空間が余っていると便利である。生き物、人間は入らないらしい(人さらいが横行してしまうかららしい) 

 なんてことを朝早くから考えながら歩いていると自分はとある都市にたどり着いた。

 人類活動領域の最前線の都市と言われている都市に入った。

 人が多いのでスライムは青年のコートの背中に垂れている(被っていないため)フードの中に隠れている。

 今日の都市に立ち寄ったのは自分がダンジョンで得た財宝を換金する目的。よもや、一つのダンジョンの達成クリアに立ち会えるとは思わなかったのが本心だったし、財宝にありつけたのもあれは偶然だったのではないかと今も思っている。

 それに達成後すぐ近くの村で換金出来なかったのもあるだろう。

 そんなことはさておいて。

 兎にも角にも、自分が得た財宝をこうして換金できるのは気分が良い。

 装備の新調やら、折れかかっている剣と予備の剣を新しくしたい。

 このベルンは大国下の中である種の経済特区となっている。

 都市のすぐ近郊ではまだ魔物がウロウロしている。まだ死火山になっていないダンジョンはごろごろあった。しかし、そのダンジョン目当てに探索者が来るため魔物の襲撃や危険性とダンジョンから得てくる魔物の体の破片や財宝の換金から人は集まる。

 それが余りにも儲かるのだから国だって、そりゃあ経済特区にもするだろう。

 それに迷宮攻略の貢献をしていることから、都市発展の支援金が探索者組合の上の連盟から送られていると聞かされた。

 国が潤うことに何を戸惑う必要があるのだ。むしろ歓迎すべきだ魔物様々だよ、とのことである。

 この都市に来るのも二度目だ。

 一度目は青年が初めてのダンジョンに向かうときに宿に使った。

 青年はかつて使った宿を横目に流してから、換金所へと向かう。

 ベルンの中央付近に存在する換金所は中央通りを歩いているとすぐに発見できて、すぐに換金所に入った。

 石と鉄で出来た扉を開けると、ゆったりとしたスペースの奥に受け付けらしきカウンターとその奥に立つ人がいた。

「今日はどういったご用件ですか?」

 受付に向かうと青年に受け付けの人は声をかけてきた。女性で歳は若く見えたが、青年の財宝から来る、青年の中で感じる高ぶりを高揚感はそんなことを気にしている暇を与えない。

「か、換金で!」

 声を荒げる余り青年の声は裏返った。女性はその様子を少しだけクスリと小笑いをしてから、分かりましたと一言添えて、備え付けの書類を手渡して、奥に進んで下さい、と受付のすぐ右の扉を開けて進むように指示された。

 青年が扉を開けると、扉の向こうにはまた長い廊下があった。左に等間隔で扉があり、ネームプレートに「換金」「貸し付け」「返済」「依頼」等と色々と書かれていた。

 換金所だけではなかった。どうやらここは統合利用所だったようだ。ここからギルドに依頼したり、金を借りたりもできるようだ。

 もしかしたら、女性が先ほど笑ったのはこれが大きいらしい。先ほどの質問の意味は「利用」なのか「アポで来た」なのか「別の用件」で来たなのか、を聞いていたのかもしれない。あくまで想像であるが。

 青年は頭の中の情報を入れ替えてから「換金」の部屋の扉を開けて、失礼します、と入った。

 これから自分は大量の金が手に入れると信じて疑わなかった。


 ***


「くそっ」

 青年はベルンのとある安宿に居た。

 わき上がる怒りをベッドに叩きつける。換金は結局、上手くいかずに終わった。財宝の一割しか換金できなかった。

 その理由は魔法大国で大きな錬金詐欺による偽金が各地に出回っているらしい。

 自分がダンジョンに潜ってからしばらくしてから起きた出来事らしく、この事実を知らなかった。

 換金所の人からは「ニュース見てねぇのかよ、今金を売りに出すとか馬鹿じゃねぇの?」と罵られた。

 せめて、宝石でもと思ったが罵られた手前で自分の中の反抗意識が生まれたのか、金だけ換金して総合利用所を出てきた。青年は激しく後悔した。もう一度同じところに行くのも癪だし他の総合利用所に行こうとした。

 が、街の人に話を聞けばどうやら換金が可能なのは青年が最初に利用した場所だけのようだ。

 そこで青年は更に後悔を重ねる。断腸の思いで同じ所に行こうとした。

 けれども、思い留まりこうして安宿に泊まっている。

「何で、こうタイミング悪いかな」

 溜息をついてベッドの渕に腰掛ける。

 スライムがフードから顔を出して、元気づけるように青年の首筋にピトピトと水の体を触れる。

「はげましてくれているのか?」

 スライムがはまっているフードに首を向けて尋ねるとスライムが体をぐにゃぐにゃと変化させた。

 自由に変な動きをつけて、最近習得した体のねじりまで見せてくれた。スライムなりの励ましを受けて青年は顔を綻ばせた。

 少しだけ、心が和やかになってスライムに言った。

「ありがとな」


 ***


 青年は夕方になると、安宿を出てベルンにあるというギルドに視察に来ていた。

 ギルドの名前は「銀の針」。

 こうして他とのギルドで探索者と意見を交換するのも悪くない。

 色々な情報が入ってくる。異例の一ヶ月間のダンジョンの二つ同時制覇報告には驚かされた。

 通常、ダンジョンの攻略には半年から1年の年月がかかるのも珍しくはない。統計ではそうなっているだけだ。

 ただ、緩慢に時間が流れて、実力者が行けばもっと早くに解放されるのではないか?と青年はそう考えていたが今は関係の無い仮定。

 ある探索者と話をしている時に青年の興味を引く話題に触れた。

「この街に魔剣が出た?」

「らしいぜ」

 探索者はニヤニヤと笑っている。

 彼自身は喋りたがりなのか、次々とそれに関する情報を言っていた。それを整理しながら青年は考える。時折、ある時期になると現れては消える話題。眉唾ものではあるが、それでも噂が一度つくと根強い。

 魔剣。

 一説によるとかつての魔王が今の人間の中から次代の魔王に相応しい人物を捜すための選定するための魔の剣だと聞く。

 勇者になりうるための聖剣とはまた対極に位置する魔剣。

 また、ある一説によるとかつての力を持った魔神が宿った剣。

 どれもこれも噂にしか過ぎない。ただし、どの話題にも共通した話がある。それはダンジョン内部で見つかったのだと。

 ところが、探索者の話を聞くと今回は違っていた。

「都市の中に落ちていて、誰かが拾ったってさ」

 探索者はまるで見てきたように語った。眼を紅く輝かせた人が都市内で暴れては消えるのだとか。

 青年自身、今日にもベルンに着いたばかりなので半信半疑に話を飲み込むと安宿に帰っていた。

 帰りに手に入れた甘い炭酸水とやらをスライムに上げてみたかったからだ。スライムの主食は水とかコケとかを食べている。ただし、汚水や魔法の影響で汚れた魔水は余り好まないらしく、飲まなかった(浄水を好むあたり少しブルジョワではないか?)。

 青年は二つ買ったが、甘い炭酸水なんて変なものが美味いわけがないだろうと考え自分は飲まなかった。

 銀の容器を開けると、しゅわしゅわと炭酸水の水面が音をたてて気泡が浮かんでいた。備え付けの小さい机の上にスライムを乗せて、銀の皿に炭酸水を注げるとスライムが嬉しそうに(これも自分の観察結果の賜物たまもの)炭酸水を吸収していく。

 その様子が面白いものだから、次々と炭酸水を注いでいく。スライムが炭酸水を飲む(それとも吸収というべきか?)とスライムの体表面がひゅわひゅわと言っている。

 炭酸水の容器はあっという間に無くなってしまう。しかし、スライムは満足げなのか皿の上でべちゃあ、と軟体の体を皿の上に広げていた。

「見ていて飽きないな?」

 安宿でも飯を頼めば出てくるらしく、青年は宿主に頼んでいた。軽い軽食を頼んで平らげる頃には、夜の闇が深くなってきたので青年は睡眠をとることにした。スライムも既に皿のすぐ傍で寝ていたからだ。

 青年はあることを見落としていた。部屋に鍵をかけることを青年は忘れていたのだ。


 ***


 青年は妙な圧迫感を感じて夜中に目を覚ました。

 青年は薄く目を開けばベッドで寝ている自分の腹の上(無論だが布団越しだ)に何かが乗っていることに気づいた。

 身を乗り出そうと思ったが、自分の上に乗っていた人が青年に話しかけてきた声と月光の灯りが人の顔を照らしたからだ。


「出たな、自称魔王の娘…」

「じ、自称じゃないよ!?」

 腹に跨っていた女、いやまだ少女というべきか。

 女性というほどに年齢は重ねてはいなさそうだ。

 まだ若干顔に幼さが残るせいでもある、体は成熟する女性の一歩手前なのか女らしい部位や柔らかさを兼ね備えているように見て取れる。実際にも体の発育はよくロングコートからでも分かりうる。

 青年がダンジョンをクリアする寸前に出会った人物だった。

 達成直前の出来事前に出会い、突然自分は魔王の娘と申してきた。今でも青年は信じていない。

 もう出会うことはないだろうと思っていた魔王の娘(以下、魔王娘と表記)が目の前に現れて青年は再度溜息をつく。

 どうせ再会はしないだろう、と高をくくっていたらこれである。

「なぜ、腹に跨ってる」

「………あれ?」

 魔王娘は首をかしげている。こっちがその理由を聞きたいくらいである。

 青年が起きあがると、魔王娘がバランスを崩した。

 気にせずに起きあがると魔王娘がベッドの横に転がる。

 一回転、二回転してから近くのテーブルに身体をぶつけて停止する。

「ひ、酷い…」

「酷くない」

 鍵をかけていなかった自分の失念だが、それでも他人のプライベートな空間でもある宿の個室に勝手に入る事自体許されざる行為だ。

 本人に許可を得るなり、勧誘を得るならまだしも不法侵入である。

 無礼を働いても別に構わないだろう、それが青年の見解だった。

 痛い、と魔王娘が転がった所に打ったと思われる体の部位をさすりながら彼女は立ち上がる。

 一間をおいてから魔王娘は床に座ったまま思い出したように明るい声で青年に問いかけた。

「えーっと―――あ!」

 魔王娘が喉にひっかかっていた魚の骨が取れたような顔をする。

 こちらにその顔を向けた。

「話は考えてもらえましたかね?」

 青年の思考が止まり、しばらくしてから再回転を始める。

 初めて魔王娘が青年と出会ったときに、スライムと共に居る青年を見て、私と一緒に世界を変えませんか?と手をさしのべられて聞かれた。

 魔王娘の話を聞くに今の世の中は間違っている。魔物と人間は本来手を取り合って生きていける、という世迷い言だった。

 到底達成不可能な理論。

 今時、平和主義者でも集落から離れた獣道は武装して歩く、という常識。命惜しさの当然。

 その当然さ故に青年の答えを決まっていた。

「無理だから、諦―――」

「分かりました、保留ですね?」

 諦めろ、と青年は言うつもりだったが魔王娘の言葉によって遮られた。

 溜息。一呼吸。溜息。青年は魔王娘に問う、うんざりした顔をしながら、

「勧誘しに来ただけか?」

 魔王娘は首を横に振る。

 彼女の用事は別にあるらしい。

 さっさと、済ませて帰って頂いてもらいたいところだが、魔王娘の口から出た言葉によって青年はちょっとした出来事に巻き込まれてしまった。

 この時、青年はその肝心の三文字を聞かずに追い返していれば良かった。

 そうすれば、安眠した時間を取り戻し、その騒動に触れることもなく朝を迎えていたに違いない。しかし、青年は触れてしまったのだから騒動の渦中の中心へと引きずり込まれる。

「魔剣を一緒に探してくれませんか?」


 ***


「ここらへんにいるんだろうな?」

「この近くですね」

 魔王娘と共に夜の都市を散策していた。

 あれから青年は「魔剣」についての真偽を確かめるために魔王娘と同行していた。

 魔王娘は歩きながら青年から半ば強引に奪ったスライムと楽しそうにしていた。

 この魔王娘が、スライムを撫でた人間(?)の4人の内の一人である。

 魔物の中の王、魔王の娘と自称しているだけあって魔物とは親和性でも高いのだろうか?しかし自分たち人間と何ら変わらない魔王娘には疑いの目しか向けることができない青年。

 ジト目で魔王娘を見る。青年と魔王娘を見比べてもどう見ても同じ人間にしか見えないのは明らかだった。

 サイズが大きすぎるのか羽織っているロングコートからちょこんと出た指先でスライムに触れている。

 指が6本あるわけでもない。

 角が生えているわけでもない。

 尻尾もない。翼もない。やはり、人間にしか見えない。

 これが恐怖で支配していた魔王の娘?そんなわけがない。

 魔王娘の言葉を信じまいと青年は余計な思考を断ち切る。今はそんな本質よりも「魔剣」探しだ。

 現在位置、青年達がいるのはベルンの端の活気が少ない場所だった。

 このベルンでは年々人々の貧富の差が広まり続けていることが原因だった。このような貧しい人たちがいるのも仕方がないことなのだろう。青年は周りの人々の生活状況を見て感じた。このような、と形象したのは痩せている子供や弱々しい大人が深夜だというのに起きてゴミの中から食べ物を漁っていたからだ。

 できるだけそういう人とは目を逸らした。同情したってその人たちの生活は変わらないだからだ。

 魔王娘が青年の肩にスライムを返してきた。スライムが青年の心情を読みとったのか、スライムが青年の頬を撫でた。すぅーっと、青年の心から何かが抜けるような気分になった。

「気を遣ってくれてるのか?」

 スライムがこくこく、と頷いたような素振りを見せる。

 最近自分はスライムに励まされてばかりだな、と少し自虐するように思った。

 スライムと青年のやり取りを見て、魔王娘は笑っていた。

 月光に照らされて、その笑いが青年には少し艶めかしく見えていた。

「良いコンビですね」

 魔王娘からの賞賛の言葉。

 他の人から言われたら嬉しいのだろうが、魔王娘から言われると少しだけ気分は良くなかった。

 少しでもさっきの笑いに艶めかしいと感じてしまった自分が何だか照れくさくて素直に青年は応じることはできなかった。

「うるさい」

 そこから青年が特に喋ることもなく散策を続けて歩いていると、青年達の視界の先で二つの紅い点が瞬いた。

 光源か何かかと思い、先入観がしばらく続いたがそれは誤りだということに気づいた。

 人間の瞳が真っ赤に染まっていたものから発せられるものだった。

 元の色素を無視するような真紅クリムゾンの瞳がこちらを一点にぐるり、と向く。

 雲と雲の切れ目から差し込む月光の光が一瞬だけ彼を照らした。

 ボロボロの粗末な服に身を包んだ少年の背中に剣を背負っていた。

 少年の体には不釣り合いな魔剣が妖しく鈍色の光を放った。禍々しい刀身は黒がかかった銀色で、刃渡りは大体自分が使っているロングソードより長いくらいか。それに刀身も太い。威力を強化するために重くしてあるようだ。

 あの剣はどちらかと言うと大剣と普通の剣の中間のようなものだろう。握り手は細いがそこそこ長く、両手でも片手でも使えそうだ。少年は背負っている剣を片手で握っている。本来なら少年のような細腕で上げることさえ不可能だろうが、ぬらりと剣を抜いた。

 大男が片手で振ったり、若い男が両手で持ったりする代物だ。

 但し、戦争で完全武装された騎士の鎧は貫通し得ないだろう。

「あれです!あれが魔剣です!」

 青年は魔王娘に言われるまでもなく判別していた。

 あれが、人では無い何か異質な魔が作り出した魔剣だということに。

 少年は掴んでいた剣を天に向かって掲げると大声で声を上げて叫ぶとこちらに向かって疾走してくる。

 青年はロングソードを構える。魔剣を構えて走ってくる少年に向かって構える。

 魔王娘には離れておけ、と指示する。

「気をつけて」

 近くも遠くもない安全地帯へと赴く魔王娘から視線を逸らすと、―――紅い二つの視線と青年の視線はぶつかった。


 走り幅跳びのような跳躍からの飛びかかりによる剣撃を青年は受け止める。

 ビリビリ、と少年本来の膂力とは思えない圧力が剣と魔剣のぶつかりによって生まれる。

 受け止めた剣を支えている腕が悲鳴を上げる。

 青年は苦痛に表情を歪めてから吼える。

「いってぇ、なぁ!」

 青年は堪らず力を横に逸らした。力一杯に体重の軽い少年に体をぶちかます。体型差からも少年は近くの壁に肩を打ちつけて低く呻いている。

 体をぶちかます時に青年は迷ったが、少年の力の前に甘えは捨てた。

 甘えなんか見せると戦況は一気に持って行かれる。

 それに少年の一刀は確実にこちらの命を抉りに来ている。少年の力と侮っていた。魔王娘の言っていた魔剣というのは真実なのかもしれない。持ち主に力を与える魔の剣、魔剣。その起源は魔王かも魔神かも。その強大な力の支配者の前に少年の自我は無くなっているのかも知れない。

 こんな力を生む魔剣だ、仕方がない。

 ビリビリ、と衝撃で痺れた握り手を強く握りしめ返す。

 まともに魔剣の攻撃を受けてはいけない。

「――――――――!!!」

 再度、少年本来からは遠くかけ離れた獣の雄叫びを上げて力任せに魔剣を振るう。青年は魔剣の軌道を読み切り、近接戦でかいくぐる。青年はかいくぐったその後、剣をふるおうとしたが握力が半分喪失した剣の速度に少年は反応し後ろへと跳ぶ。

 お互いの剣の速度はお互いに見切っているとみえる。

 青年は原始的な剣の振り方から容易に剣の軌道を先読みし、圧倒的な膂力から生まれる剣速を予測し避ける。少年は本調子ではない青年の剣の振るう速度を、強化された身体でかいくぐる。

 お互いにはそれぞれの条件で勝機がある。

 青年は時間的経過による握力の回復。

 少年は攻撃の連続性で、圧倒した剣の速度で青年に軌道を読みとらせる暇を与えないことだが、理性が無くなり連続性ではなく単発の一発の一撃に意味を持たせている。

 だが、少年は片手で振っていた剣を両手に切り替えた。

「やっぱり切り替えてきたか―――!」

「――――――――!!」

 少年の言語にならない獣の咆吼と共に剣の軌道を縦一閃する。

 青年は横に回避したが、後ろに行くべきだったと苦虫を噛み潰した顔をした。

 地面が少年と魔剣の力により、叩き割れた。

 崩れていた。

 抉られた。

 両手で持ってした破壊力が人間へとベクトルを向けられれば骨を砕き、肉を容易く切り伏せているに違いない。

 魔剣の軌道はすぐ横の青年に切り返そうと刃を動かす。

 青年は崩れた足場で無様に転がり、魔剣の軌道が青年に向けて描かれる。青年が切り刻まれる。魔王娘がその惨劇を目の当たりにする前に短い悲鳴を上げる。

 ロングソードの側面で大剣の切っ先を受ける。

 魔剣の剣速の最高速度に達する直前位置で受けたおかげだ。

 青年に刃が届くことなく衝撃だけが青年に伝わる。内蔵を含めた体内の骨にダメージが入る。

 吹っ飛ばされて、その場に転がるとヒビが入ってしまったロングソードに目をやる。自分のケガよりも、まずケガの確認だ。

 少年の瞳はらんらんと紅く双眸は相変わらず青年を捉えている。今の一撃で死ななかった青年を不思議そうに見ている。首をかしげて、己の握る魔剣と青年を交互に見てから大声を上げる。

 青年は己が握るロングソードを見て、今度は自分から走り出す。

 少年は自ら向かってくると思ってなかったのか、防ぎの構えに入る。何のことはない。

 青年は上段からの縦一閃に振り抜く。これを防いで力で叩き伏せるはずだった。魔剣とロングソードが対撃すると、対撃時の衝撃はあっさりと消え失せる、と共に少年の右目を視界を紅く染め上げていた。理性を持っていない今の少年には砕きかけたロングソードが魔剣との衝突によって起きる事態を予想できていなかった。いや、予想だけではない、理解もできなかっただろう。

 ロングソードが砕けた破片がこめかみの部分に突き刺さっていたことに気づいたのは破片が突き刺し与えてくる痛みと血があったからだ。

 溢れる。傷口は深くないのに血だけがドロリと溢れていく。

 右目の視界を防いで十分だった。

 青年もロングソードの破片が耳や肩を貫いていたが、そんなの関係ない。真っ赤に染まった右目の死角から青年の鉄板が仕込んだ靴からの蹴りがあびせられる。鞭のようにしなる青年の柔軟な脚の動きから、痛みに我を忘れている少年の胸にきつい一撃を与える。止まる時間。少年の心臓に深刻的なダメージを与えるが、魔剣の加護を受けた少年に痛みは逆効果でしかなかった。魔剣を蹴り落としておくべきだった。痛む身体を引きずり少年は魔剣を振るい続ける。

 上、右、下、左、右、斜め右下。

 青年は決め手を失い、思考を目まぐるしく動かして次の打開策を練る。

 常に少年の右の死角に回るように動くが、がむしゃらに振る少年の前には意味が成さない。

 青年はいつまでも可能な限り、避け続ける。それでも切っ先が少しずつ青年の表面を抉り取っていく。まだ、決定打な傷を負っていないだけでいずれこの傷は死に届くだろう。

 バツンッ、と少年の手から変な音が聞こえた。それでも振り続ける少年のもう片方の手からも同じような音が聞こえた。間もなくして少年は振ることを止めていた。

 いくら魔剣の加護といっても痛みによる限界ギリギリのリミッターが外れ、常に全力全開で振り続けた少年の両手の腱が切れていた。

 先程の音は腱が切れた音なのだろう。少年は膝をついて、ただ佇む。筋力が失われ、握る力も消えた両手から魔剣は落ちた。カラン、と乾いた金属音が辺りに響く。

 青年は少年から殺意と敵意が消失し、もう向かってくることがないということを安堵した。

 その場にへたり、と座り込んだ。

 座り込んだところに魔王娘が近づいて心配そうに傷口に触れると青年は表情が崩れた。

 青年は全て終わったと安堵していた。

 だが、違っていたのだ。

 魔剣が手から離れようと。

 魔剣の支配から逃れようと。

 魔剣が少年に与えた影響は。

 確実に少年の精神を毒し、侵し、汚しきっていた。

 殺意が再燃するとそれは一気に黒い感情に思考を塗りつぶされる。

 少年はついていた膝に再度力を入れて立ち上がり、大股に一歩二歩。

 青年は距離をとろうとしたが、行動を止めた。それにはわけがあった。

 脚にも限界をむかえているのだというのに、少年は気にしていない。

 右足の十字靱帯が、左足の靱帯が。伸びていようが、切れていようが。4歩の距離には届かない。

 そこで少年は意識を繋ぐという紐から手を離した。全身から与えられる激痛は少年の精神の許容量キャパシティをとっくに凌駕しているのだから。

 少年は俯せになった顔を上げてから、真紅ではない本来の色素の眼の色である深緑ディープグリーンの瞳を青年に向ける。

 唇は5文字の言葉を紡ぐ。声にならない声であった。その声は、その言葉の意味は。

 確かに少年から青年に伝わっていた。

 それは、謝罪なのか。

 それは、怨嗟なのか。

 それは、感謝なのか。

 青年はその言葉を確かに受け取った。 

 この瞬間、完全に決着はついた―――――。


 ***


「散々だ」

 自分はこの都市に換金に来ただけだと思っていたのだが、とんだもめ事に巻き込まれてしまった。

 探しに行く前は病院で朝を迎えるなんて思ってもなかった。

 ほとんどの傷は回復した、けれどもそれは表面的な問題であり青年の内部の骨のダメージは大きかった。むしろ折れている方が救いがあったかもしれない。骨に中途半端にヒビが入っているので治りが若干遅くなっている。高価な薬を使おうかと思ったが思い留まった。手持ちの金もそこまで持ち合わせてない。そのせいで青年はこんな病院暮らしをしている。

 青年は病院で薬を飲みながらまた溜息をつく。

 薬が舌から伝える苦味は青年の味覚を麻痺させた事と、病室に届けられた二枚の手紙が原因である。

 一つ目の内容は魔王娘からのものだった。

『今回はどうもありがとうございました。おかげで助かりました。今は急いでいるので、こうして手紙しか残せません。お礼にですが、この指輪を使って下さい。きっと役に立ちますので。魔王娘より』

 ―――――とのことだが、肝心の指輪がどういった能力があるのか疑問でしかない。手紙と同封されていた指輪には青い宝石が一涙装飾されていた。指輪の表面には何やら文字が刻まれていた。魔導装飾マジックコーティングされているのは一目瞭然だった。

 今回、彼女が青年に与えたのは謎の指輪、後は魔剣の力と影響である。

 支配の影響を受けた人物がどうなってしまうのか。自分が早期解決をしなければあの少年は殺人鬼にでも成り下がっていたのではないか?ただ、暴れては消えるを繰り返していただけで済んでいて良かった。

 青年は思考の旅に頭を沈める。沈めてからしばらくして、青年の背中を悪寒が走る。

 ブルッ、と身体を震わす。魔剣と対峙した時に感じた恐怖に似た、―――――いや恐怖と表現すべき感情のそれを思い出したからだ。思考を中断する。

 あの魔剣に関する情報は噂程度のものだし、専門家にでも聞く以外に真実に辿り着けるわけがないと判断した。それに餅は餅屋。蛇の道を通る者もまた蛇。自分が知り得るには身分不相応だ。

 ふと魔王娘の手紙の下に重なっているもう一枚の手紙に目を向けた。

 青年はもう手紙の内容を既読している。

 これは溜息の種となっていた。魔王娘とは別に届いていたもう一枚の手紙。

 勧誘だった。いつの間にか完全達成ダンジョンクリアの噂が広まっていたのか、ダンジョンを達成した人物として探索者組合の上位組織の連盟が数年に一度提案している。遠方遠征「大迷宮」攻略の誘いが来ていた。


「さて―――――どうしようか」

 溜息をつき、病室の窓から曇っている空を見上げた。

 彼は苦みが若干残っている口の中を洗浄するように、水を飲む。それから、傍らにいるスライムを撫でて、また一つ溜息をついた。

少し時間系列が以前の物語の時間が経っています。

今回の青年はダンジョンでは無かったですね。

どちらかと言えば外部です。

魔王の娘はストーリーで重要な人となりますが、まだ初登場にして説明不足。

そこは目をつむっておいて下さい。

何だか、支離滅裂気味ですね


誤字脱字があるかもしれません。

何せこれを書いているのは深夜ですからね。

思考力が落ちて大変な事になっているでしょう。


さてさて、今回は前回とは違います。

「続く」感じを出しながら書き終えてますが、あくまで書いているだけです。

続きはいつ書くかも分かりませんし、これで終わるかもしれません。

でも、いつか連載物で続けたいとは思っているんですがね。

それでは、ここいらで

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