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シンガポールのお食事事情 第2章

作者: junju

2月3日に第1章を投稿しました。

そちらから読んでいただければ・・でも第2章だけでも独立で短編になっています。お話はまだまだ続きます。よろしく!

 第2章 フェアウェルパーティー


 6月の終わりに帰国すると妙が言った。シオは寝返りを打って妙を見た。


(こんなに突然?ロンとはどうするの。)


余計な話だ。シオは言いかけてやめた。


妙はシオの無言の質問に答えるみたいにつぶやいた。


「母が一度日本に帰って来いって。でないと仕送り止めるって。


もうすぐ十八才になるし、色々やばい訳。」



 シンガポールの日本学校は小・中しかない。


妙は中学を卒業したが、とりあえずこっちの語学学校へ進学した。


しかし日本での学歴は中卒だ。


この春、両親が帰国する時、一緒に妙を連れて帰ろうとしたが、


妙は学校が途中だからシンガポールに住むと言い張ったらしい。


仕方なく両親は帰国し、妙はYWCAで寮生活を始めた。


「いつ帰るの?」


「6月中にと言われたから、六月三十日かな。」


「ロンには話した?」


「なんだか怖くて。話せない。


帰るなって言って欲しいけど何も言わないと思う。


でももし私が帰ることで、ちょっとでもロンがホッとしたら嫌だな。」


「ふ~ん・・・で、ロンとは寝た?」


みるみる妙は真っ赤になった。おもしろい。


色が白いので、細い首筋まで赤い。


短く切った前髪をぱらぱらと指先で触りながら口をもぐもぐとがらせた。


怒って一重の切れ長の目が光っている。


「そんなことするわけ無い。日本に帰るかも知んないのに。」


「期間限定でつきあってるんだ。」


こんな時、なんでこんな風に言う必要があるんだろう。


急に妙がいなくなることにシオ自身が驚いたのだ。


(我ながら嫌な性格だわ。)


妙との共同生活は楽しかった。


妙は英語、マンダリン(北京語)、福建語を自由に話す。


妙といれば苦労して英語を話す必要がなかった。


妙は妙でシオとの贅沢な生活を楽しんでいるようだった。


それがもうすぐ終わろうとしている。



 やっぱりすぐに6月は終わりになった。


妙はざっくりと荷物を片づけ、先週すでに身の回りの物を日本に送った。


衣類は夏服だけだ。Tシャツやカッターにショートパンツ姿が多かった。


痩せて手足がひょろ長く、色素の薄い体によく似合っている。


「フェアウェルパーティーやろう。ロンも呼んで。」


ここは男子禁制だが規則には抜け道がある。


シオの提案に妙は首を左右に振った。


「呼びたくない。ロンとけんかした。」


「そう。じゃあ二人でどう?」


シオはそれ以上踏み込まなかった。


それに聞いたって何もできそうにない。


妙はこのところ元気がなかった。


だから最後に盛り上がって別れたい。


午後から二人はプラザ・シンガプーラに買い出しに出かけた。


大好きな場所だ。


それにYWCAからも近い。


ヤオハンや谷島屋書店があり、シオは日本に帰りたくなるとよく


ここで時間をつぶした。


日本の食品を物色したり雑誌を立ち読みしたりした。


地下にはフードコートもあって焼魚定食や牛丼を食べた。


妙も時々一階の食品売り場で豆腐を買っているようだ。


しょっちゅう一緒に飲みにいったが、妙はあまり食べなかった。


果物やナッツをほんの少しつまむ程度だ。


シンガポールには日本料理店もそれなりにあったが、


良い店は敷居が高く、すしや天ぷらを毎日食べたい訳ではなかった。


そして安い店は中華料理との境が曖昧だった。


その点、ここはヤオハンのおかげで普通の日本食を


それなりの味と値段で出してくれた。


二人は紙の王冠やマスク、甘い香りのキャンドル、


キャラメルポップコーンなどなど


そしてハイネケンを山ほど買い込んだ。


シオはタイガービールのベタなパッケージが嫌いだった。



YWCAに帰ると部屋の中に湿気が充満している。


おまけに二人ともビールを下げて坂道を登って来たので汗だくだ。


忌忌しい、タクシーに乗車拒否された。


近くてもいつも乗れるので油断していたが、


スコールが来る時間になってしまっていた。


「とりあえずビールとシャワー。」


我先に脱いでぬるい水のシャワーを浴びた。今日も水の出が悪い。


妙は裸でバスタブに腰掛けてビールを飲んでいる。


透けるように青白い体の中で頬だけ赤い。


「シオの体、迫力あるね。服来ていると細いのに。」


もう酔っている。


ハイネケンをぺたりとシオの丸い胸にあてたり、


すーっっとお腹の方まで滑らせたりした。


明後日にはもうさよならだ。


二人はそのまま、なんとなく抱き合ってキスをした。


妙の口からビールを飲む。


シャワーの水がまざって金属の味がした。



 朝になって、シオは青ざめた。


ベットの下で妙は裸のままシーツにくるまって寝ている。


あたりにハイネケンの缶とキャラメルポップコーンが散乱している。


ロウソクの甘い残り香にとぎれとぎれゆうべの記憶が戻ってくる。


妙の白い足の付け根から血が出てシーツを赤黒くしていた。


・・・。どうしよう。


 しばらくすると妙が起きた。


妙はだまったまま立ち上がってトイレに行った。


シオは汚れたシーツを丸めて、部屋の中を軽く掃いた。


机の上や鏡の前に溶けたロウソクが置いてある。


かろうじて火は消したようだ。


部屋の中がざっと片付いた頃妙がトイレから出てきた。


ぼんやりした顔だ。


「大丈夫?」


「う~ん。わからないけど破れちゃったかな。シオ、オロナインとか持ってる?」


妙は眠そうな声で聞いた。


(そんな反応?)もっともどんな反応も予想出来なかった。


「責任とって結婚しようか?」


シオは思わず言った。そんな気分だ。


妙はぷっと吹き出してゲラゲラ笑った。


シオはほっと息を吐いた。



 その夜、妙は帰って来なかった。


『ロンに会って来る。』と書き置きがあった。




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