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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

拾った赤子を育ててみたら、いつの間にか重すぎる愛を向けられていた

掲載日:2026/03/15


今日、私は人間の赤子を拾った。

私の暮らしている森の中ほどに捨てられていた、弱小なる人間。一目見た時には矮小だなと感じ、すぐに殺してしまおうと思った。

だが、思えばその時からだっただろう。静寂が包み、微かな木漏れ日の降り注ぐ神秘的な森の中。稀に鳥の鳴き声や獣の咆哮が耳に入ることもあったが、それだけ。鼓膜の鳴らす悲鳴以外に、私に音を届けてくれる存在など現れることはなかった。だが、変わった。変わってしまった。


この森の中で最も力を持たないであろう人間の赤子が、静まり返った世界の中に、大きな変化を齎したのだ。


どこまでも純粋に響き渡る、生命の歌声。


汚い、そう思った。白虎たる私は長命種。長く生きていたからこそ喧騒に疲れてしまい、こんな静かな森の中で暮らしているのだ。だが、長く生きているからこそ、経験したことのないことには限りなく貪欲。欲望に塗れている人間に情など湧かぬと、そう思っていたのもつかの間。

人間の赤子を育ててみるなどという初めての経験を目前に心を動かされてしまったのだ。そのためならば、この嫌悪感にも耐えられよう。


所詮は人間、たった数十年で死ぬ。すぐに興味など失せるだろうし、耐えられなくなったら殺してしまえばいい。そう考え、私は赤子を背に乗せた。


ーーーー


適当に育てていった。自我が芽生え、意志を持ち、自由に体を動かすまでの過程は面白かった。しかし、齢にして17,8を超えたあたりからだろうか。私は、名をつけることすらしていなかったその人間に対して、恐怖という名の感情を抱いていた。何なのだあいつは。


試しに魔法を見せてやったことがある。複雑な術式が絡み合ってできた、人間などでは到底理解できないであろう、この世の神秘の詰まっている魔法。

私の存在をその記憶に焼き付けさせるように、格の違いを見せつけるように。一つひとつ丁寧に陣を組み上げ、それを放った。


我ながら美しい、とても高貴な魔法だった。


誰にも真似はできない、私だけの(オリジナル)魔法。蒼が視界を埋め尽くし、命生の灯を断ち切られるような感覚に震える。どうだ、凄いだろうと。お前なんかには一生をかけても再現できない、私の全てだと。そう唱えた私は、数瞬の後に絶望、恐怖、疑問、様々な感情に押しつぶされた。


その時はまだ、漸く言葉を紡ぐことが出来るようになったほどの幼子。

その幼子が、たった今見せた魔法と全く同じものを放とうとしていたのだ。意味が、分からなかった。ありえない。私はその時、今の自分の存在意義を見失いそうになるほどの衝撃を受けた。


探そうとした。この悪魔の子にすらできないようなことを。だが、そんなものありはしなかった。

算術を語れば興味を持ち、すぐに自分のモノにした。歴史を語れば、たくさんの疑問をぶつけてきた。人化して体術を見せたこともある。だがそれすらも、一つひとつを着実に、だが素早く習得していった。


人化の魔法についても教えをせがまれた。訳が分からない。お前は人だ。人化など学ばずともよいと答えたら、獣化の魔法はないのかと聞かれた。私は、確かに存在しているその魔法を無いものとし、断固として教えなかった。この人間が私と同じような姿になることだけは、どうしても許すことが出来なかったのだ。


四日後、彼女は獣化の魔法を使っていた。編み出したのだ。一から、独学で。

その時だった。人間が女だと気が付いたのは。

我ながら、よく気が付かなかったなと思った。それほど、私はこの人間を知ろうとしていなかったのだろう。


それと同時に、初めての感情が芽生えた。とても整った容姿をしていた彼女に対して、可愛らしいと思ってしまった。仮にもペットを育てているような感覚だったのだ。それが、今や私に出来て彼女に出来ないことなど殆どなくなってしまった。


心の奥底で理解したのだろう。この人間は私と同格以上の存在になったのだと。赤子の時から育てた子が、今や自分を超えてしまった。これが、世の親の気持ちなのだろうか。とても、不快だった。


不快で、怖くて、忌々しくて、癪に触って。


とても、うれしかった。


この子はきっと、世界中に名を遺す素晴らしい人間だ。碌に可愛がっても、愛をささやくこともしてこなかった私など捨て置き、森を出て、見聞を広めるのだろう。そうだ、それがいい。

私も見てみたくなった。育てた人間が、どれほどの高みに行くのかを。微塵も期待の無かった人間という種族、その頂を。



ーーーー



それからさらに季節を一周したころ。私は、ルルと名付けた愛娘を前に、酷く困惑していた。

あの子はあれから、確かに一度森を出て、人間の世界へと旅立っていった。私は止めなかった。それがあの子のやりたいこと、そして私の望みだったからだ。



───五日で帰ってきた



まず初めに、何故?という言葉が出てきた。何か不都合なことや、至らない点があったのだろうか。

人間の言葉、町の方角から振舞い方、コミュニケーションのやり方など、事細かく教えたはずだ。気まぐれに帰ってくるにしても、早すぎる。


私は疑問を問いかけた。


『何故帰ってきた?』


これが間違いだった。今までも、もっとよくルルを観察していれば気が付けたはずなのだ。ルルの、私を見る目が明らかにおかしいことに。


「結婚。」


刹那、思考が停止した。結婚。そのような言葉がルルの口から出てくるとは思ってもみなかったからだ。

困惑しているのを悟られぬようにして、私は言葉を紡いだ。


『結婚だと?相手が出来たのか?それにしても早すぎるだろう。いいか?人間というのはな──』

「なんで、教えてくれなかったの?」

『…は?』


何故だかその時、背を奔るような悪寒に襲われた。ルルを照らす木漏れ日が、まるでルルを祝福しているかのように見えた。


「人間は、好きな人間と結婚する。それを知ったとき、ルル、嬉しかったの。でも、それと同時に悲しかった。だから、間違わないように、書物を読み漁った。」

『待て、一体何の話をしている?』

「だから、大丈夫。失敗はしないし、しても愛すから。」


そう言い切った途端、ルルの身体から莫大な量の魔力が迸った。私は逃げる間もなく魔力の檻に捕らわれた。


『待て!!何をする気だ!』

「大丈夫だから。ね?」


ルルはいつもこうだ。何をするにしても、説明が足りない。再び問いかけようとしたが、あまりに眩しすぎる光に、とっさに目を閉じた。



─ゆっくりと目を開けた。疑問。目線が低い。これじゃあまるで、人…。


「よかった、成功した。」

『ルル、私に何をした!?』

「人化の魔法を掛けただけ。まあ、ルルじゃないと解除できないけど。」


意味が分からない。何故、私にそのような魔法を?またもや人間が私を捕えようとして、ルルに白羽の矢が立ったのか?何故…いや、まて。ルルは何と言っていた?結婚?いや、そんなはずは…。


「これで結婚、できるはず。結婚、しよう。」

『馬鹿か貴様は、するわけないだろう。』

「する。これは決定事項。」


ほんのりと笑顔を浮かべながら近づいてくるルル。私にはその微笑みが、酷く恐ろしく思えた。

所詮は人間の体にされてしまっただけ。それ以外に不都合はない。大丈夫だ、いける。


『私に勝てるとでも?』

「何で抵抗しようとするの?貴方はルルを愛している。ルルもあなたを愛している。結婚、しない理由がない。」


それに──と、ルルは言葉を紡いだ。


「勝てる。あなたにはもう、負けない。負ける気がしない。貴方は言った。ルルなら、何でも欲しいものを手に入れることが出来るだろうって。ルルは、あなたが欲しいの。」


それを聞いた瞬間、私はすぐに逃げ出した。本気だ。あれは、間違いなく本気の目をしていた。そして、私自身、心の奥底では感じていたのかもしてないことに気が付かされたような感じがして、戦慄した。

とても混乱していることに、自分でも気が付いている。だが、それを踏まえた上で尚、一人になりたかった。一人で冷静に思考する時間が欲しかったのだ。だから逃げ出した。それが今、正しい行動だと信じていたから。

しかし、そんな葛藤はすぐに消え去った。


「<止まって。>」


ルルのその一声で、身体のが動かなくなってしまったからだ。恐らく、先ほど受けた魔法にそのような効果もついていたのだろう。信じられない、なんて高度な術式だ、そう思ったのもつかの間。

気が付くと、ルルが私を後ろから抱きしめていた。


「つかまえた♡」


私は悟った。もう逃げられない。そしてきっと、ルルは幼子のままだったのだろうと。

けれど、もうしばらくはこのままの関係でいたい。そうとも思った。



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