5 追跡者
深夜、パジャマ姿の若い女が凍りついたアスファルトの路上を駆けていた。女の表情は、見るからに何かに怯えていた。
「はあ、はあ、はぁ」
女の心臓の鼓動は激しく高まり、張り破けんばかりであった。
しかし、止まることは許されなかった。
女は呼吸を乱し、胸を押さえながらも、懸命に走った。
女の背後から二つの黒い影が迫ってくる。
女は目の前の視界にあった歩道橋の階段を上った。途中、つまずきそうになりながらも、何とか上まで登り切った。
「はあ、はあ……あっ」
だが、歩道橋の上にはもう一つの影が立っていた。
「ようやく追いつめたわ」
女の目の前の追跡者が言った。
追跡者は白髪で黒いジャケットを着た十代半ばの少女であった。目を覆い隠すように大きめの黒いサングラスをかけている。
さらにその時、女を追跡していたもう一つの影が女に追いついた。
女は怯えた表情で二人の追跡者を交互に見た。二人の追跡者は同一人物と見間違わんばかりに同じ姿形をしていた。
女は完全に歩道橋の上で挟み撃ちにあっていた。もう逃れるすべはない。
「もう逃げられないぞ」
追跡者の一人が感情のない口調で言った。
二人の追跡者が前後からじりじりと女に迫る。
「あ、あなたたちは誰なんですか」
「八十神の居場所を捜す者だ」
「八十神……」
「おまえの婚約者だった男だ」
「彼、生きてるんですか?」
「彼は一年前に我々のところから逃走した。婚約者だったおまえなら何か知っているだろう」
「知りません」
「言葉で言わないのなら、おまえの体に聞く。一緒に来てもらおう」
追跡者の一人が強引に女の腕をつかんだ。
「いや、はなして」
女は体を振ったが、追跡者に腕を後ろにとられ、手すりに押さえつけられた。
「誰かぁ!」
女は必死に歩道橋の下に向かって、助けを求めた。
「静かにしろ」
追跡者は女の口にガムテープを貼った。
「時間がない。すぐに車へ連れていく」
「わかった」
二人の追跡者に腕をつかまれ、女は階段の方へ引きずられてゆく。
「んん!!」
女はもがいた。しかし、追跡者たちの力に歯が立たない。
「んん、んんん!!」
女は恐怖に顔が引きつらせながらも、懸命に声を出そうとした。
誰か、助けて!誰か!
女は心の中で叫んだ。
その時だった。
スチール缶が闇の中から追跡者に向かって飛んできた。
缶は追跡者の一人の後頭部に命中した。
突然、追跡者の動きが止まる。
「どうした?」
「体が動かない」
「まさか」
「俺が缶を喰らわせてやったのさ」
その時、歩道橋の階段から高校生ぐらいの男女が現れた。智也と喜美子であった。
「何だ、おまえは」
追跡者の一人は顔を上げ、智也たちの方を見た。
「通りがかりの学生さ。喜美子、警察呼んでこい」
「うん」
喜美子が階段を駆け下りる。
「おっと、そんなことをすれば、その少年が死ぬぞ」
追跡者はジャケットの懐から拳銃を抜いた。
追跡者の声に喜美子は立ち止まる。
「やくざか、てめえは」
「我々は彼女に用があるだけだ。怪我をしたくなければ、おとなしくしていることだ」
「五三八号、自爆装置が作動した。私はもう動けない」
「何てことだ」
「おまえ一人で女を連れていけ」
「わかった」
追跡者が女の腕をつかんで、連れていこうとする。
「そうはいくかよ」
智也はもう一つ持っていたスチール缶を素早く投げた。缶はコントロールよく拳銃を持つ追跡者の右手に命中した。
拳銃が追跡者の手から落ちて、地面に転がった。
追跡者は女から手を放し、拳銃を拾おうとするが、智也も素早く前進して、拳銃を足で払い、歩道橋の下に落とした。
「!」
追跡者が智也に飛びかかった。だが、智也は待ってましたとばかりに追跡者に回し蹴りを喰らわす。
追跡者が後ろへ吹っ飛んだ。
「後一分だ」
金縛りのように動けなくなっているもう一人が叫んだ。
その時、女が智也のもとへ駆け込んだ。
「逃げるぞ!!」
智也は女の手を引っ張り、喜美子と共に階段を駆け下りた。
「ちっ」
追跡者は頭を振って起き上がるが、その時には智也たちの姿はなくなっていた。
「は、早く行け……」
金縛り状態の追跡者が言った。
追跡者は一人を残して、歩道橋から下の道に飛び降りると、そのまま立ち去った。
それから、数十秒後、歩道橋は残った追跡者と共に爆発した。




