第5話「裁かれる鑑識」
王都鑑識局に、召喚状が届いたのは翌朝だった。
赤い王家印。
件名は簡潔。
――局長グレイン、王家資産横領および証拠改竄の疑い。
局内が凍りつく。
「……早いな」
レオニスが低く呟いた。
セリナは紙面を見つめる。
裂け目が走っている。
だが、昨日の抗議文とは違う。
これは精巧だ。
(本気で潰しに来ている)
謁見の間。
あの乾いた拍手が、また鳴っている。
だが今日、膝をついているのはセリナではない。
鑑識局長グレインだ。
「王家保管の魔術証拠を不正に操作し、
特定貴族に有利な結果を出した疑い――」
王太子の声は、以前と同じくよく通る。
観客席には、白いドレスの聖女リュシア。
その微笑みは曇りない。
(違う)
セリナは、周囲を見渡す。
今日の断罪は“娯楽”ではない。
観客は、試されている。
鑑識局を信じるか、王家を信じるか。
レオニスが耳元で囁く。
「準備はいいな」
「はい」
彼女は一歩前に出た。
「発言の許可を」
ざわめき。
王太子が目を細める。
「……またお前か」
「鑑識補佐として、証拠の確認を求めます」
「証拠は既に提出済みだ」
「では拝見を」
一瞬の沈黙。
だが拒否すれば、昨日の誓約条件に反する。
王太子は合図した。
箱が運ばれる。
中には帳簿と魔術記録石。
セリナは目を閉じる。
――裂け目を探す。
帳簿にはない。
記録石にも、ほぼない。
(巧妙……)
だが。
ひとつだけ。
石の内部、刻印の奥。
微細な亀裂。
彼女のこめかみが痛む。
「この記録石は、二重記録です」
ざわめき。
「何だと?」
「表層は真正。
ですが内部に、後から挿入された“改変履歴”がある」
レオニスが前へ出る。
「開示しろ」
魔術式が展開される。
石が淡く光る。
浮かび上がる第二記録。
そこには――
局長が証拠を改竄したと“見せる”映像。
観客席がざわつく。
王太子が勝ち誇ったように言う。
「これが証拠だ」
セリナは静かに首を振る。
「いいえ」
彼女は映像の一点を指差す。
「この時刻、局長は王城外の検証会に出席しています」
「そんな言い逃れ――」
「出席記録は王家保管文書です。
確認なさいますか?」
沈黙。
貴族たちがざわつく。
レオニスが淡々と言う。
「確認すれば済む話だ」
王太子の顔色が変わる。
セリナは続けた。
「そしてこの映像。
局長の右手にある指輪は、三年前に紛失したものです」
局長が目を見開く。
「確かに……」
「つまりこれは、
過去の映像を改変し、現在の罪として挿入した偽装です」
静寂。
裂け目が、王太子の足元に広がる。
(焦っている)
そのとき。
聖女リュシアが静かに立ち上がった。
「お待ちください」
柔らかな声。
「映像が偽装である可能性は理解しました。
ですが、記録石の改変は高度な技術です」
視線がセリナへ向く。
「鑑識局でなければ不可能では?」
空気が揺れる。
見事な反転。
レオニスが小さく舌打ちする。
セリナは微笑んだ。
「おっしゃる通りです」
ざわめき。
「高度な技術です。
ですから“内部犯”に見せかけるのが最適」
彼女は聖女を見た。
「ですが、改変術式は誓約魔術庁式です」
一瞬。
聖女の指が止まる。
「誓約魔術庁でなければ、
この二重封印は使えません」
ざわめきが広がる。
レオニスがゆっくりと言った。
「つまり、鑑識局長を陥れたのは――」
セリナは言い切る。
「誓約魔術庁内部、あるいはそれに準ずる権限者です」
謁見の間が静まり返る。
王太子の視線が揺れる。
聖女の微笑みが、ほんの僅かに硬直する。
その瞬間。
セリナの視界に、巨大な裂け目が走った。
王太子と、誰かを結ぶ契約線。
そして――
聖女の胸元に刻まれた、深い誓約。
(違う……彼女は“操っている”のではない)
(操られている)
セリナの呼吸が乱れる。
レオニスが腕を支えた。
「見えたか」
「……ええ」
「何が」
彼女は囁く。
「聖女リュシアは、
誓約で縛られています」
静寂。
それは予想外の答えだった。
「誰に」
セリナは王城の奥を見た。
裂け目は、さらに深く続いている。
「王家ではありません」
彼女の声は、震えていない。
「もっと古い契約。
王国建国時の“基幹誓約”に繋がっています」
ざわめきが爆発する。
王太子が声を荒げる。
「戯言を!」
だがその声にも、裂け目。
レオニスが前へ出る。
「本日の断罪は不成立だ」
執行官の徽章が光る。
「証拠は偽装。
局長グレインの嫌疑は保留とする」
拍手は起こらない。
観客は困惑している。
娯楽が壊れた。
予定調和が崩れた。
断罪劇が、失敗したのだ。
局長が静かに立ち上がる。
王太子は奥歯を噛みしめる。
聖女は目を伏せる。
セリナは思う。
(これで終わりではない)
むしろ始まりだ。
王国そのものが結んだ契約。
その歪み。
そして。
彼女の目が見てしまった“最奥の裂け目”。
レオニスが低く言う。
「お前、無茶をするな」
「まだしていません」
「今からだ」
彼の目は真剣だった。
「基幹契約に触れれば、
俺でも守りきれん」
セリナは微笑む。
「守られる気はありません」
一瞬、彼の目が揺れる。
「並んでください」
静かな声。
「私は、あなたの補佐ですから」
レオニスは、初めて明確に笑った。
「……後悔するなよ、鑑識令嬢」
その夜。
王城最奥。
暗い部屋で、老いた声が響く。
「鑑識局は想定以上だ」
「聖女の誓約は維持できますか」
「問題ない。
“次の断罪”で全てを収束させる」
灯りが揺れる。
古い契約陣が淡く光る。
王国の根幹を縛る、巨大な誓約。
そこに、微かな亀裂が走っていた。
そしてその亀裂を、
見ることのできる少女がいる。
断罪は、もう娯楽ではない。
王国を賭けた、契約の戦争が始まるのだった。




