第2話 王都鑑識局は、拍手を必要としない
王都鑑識局は、城の中心から少し外れた場所にあった。
石造りの建物は古く、装飾もない。
だが、その壁には奇妙な緊張感が染みついている。
――嘘と真実が、日々ここで解体されてきた場所の空気だ。
「……思ったより、地味ですね」
セリナ・アルフォードは、率直な感想を口にした。
隣を歩く誓約魔術の執行官、レオニスは肩をすくめる。
「証拠は目立つ必要がない。
派手なのは、嘘を売る連中の仕事だ」
なるほど、とセリナは内心で頷いた。
この男は信用できる――とは、まだ言えない。
だが少なくとも、拍手を欲しがる人間ではない。
重い扉が開く。
中は、思っていたよりも広かった。
机、棚、薬品瓶、魔術陣の刻まれた床。
羊皮紙の束と、乾いたインクの匂い。
そして、こちらを見た瞬間に動きを止めた数人の職員たち。
「……え?」
「今の、誰だ?」
「まさか、あの断罪の――」
囁きが走る。
レオニスが一歩前に出た。
「本日付で配属となる。
セリナ・アルフォード。鑑識補佐だ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「……あの聖女妨害の?」
「いや、証拠を要求した令嬢だ」
「マジかよ……」
視線が突き刺さる。
好奇心、警戒、わずかな期待。
セリナは背筋を伸ばした。
――ここでは、泣いても意味がない。
必要なのは、結果だけ。
「私に与えられたのは、補佐の立場です。
口出しはしません。ですが、嘘があれば指摘します」
場が静まった。
レオニスが口角を上げる。
「いい度胸だ。
なら最初の仕事だ」
彼は机の上に、木箱を置いた。
封印魔術が施されている。
「今日、謁見の間で提出された“証拠品”だ」
セリナの胸が、わずかに高鳴った。
「聖女リュシアの治癒儀式を妨害したとされる魔術具。
お前が壊したことになっている」
「……触れても?」
「構わん」
封印が解かれた瞬間、匂いが溢れ出す。
金属。
薬草。
そして――
(……嘘の匂い)
セリナの視界に、あの“裂け目”が浮かび上がる。
魔術具と説明文の間に、細い亀裂。
これは“原因”ではない。
結果を偽装するために置かれた道具だ。
「これは、治癒儀式を妨害するためのものではありません」
即答だった。
鑑識官の一人が眉をひそめる。
「根拠は?」
「まず、この魔術具は“増幅”専用です。
妨害ではなく、効果を過剰に引き上げる」
「……それが何だ」
「治癒魔術を暴走させれば、失敗に見せかけることができる。
ですがその場合、術者自身が制御できなくなる」
セリナは、薬草の残滓を指差した。
「この配合は、聖女専用です。
王城外では入手できません」
空気が変わる。
レオニスが、静かに問いかけた。
「つまり?」
「妨害者がいるとすれば、
儀式の“外”ではなく、“内”にいた人物です」
沈黙。
職員たちが、互いの顔を見る。
「……聖女が、自分で?」
「いえ。
“聖女に触れられる立場”の誰かです」
セリナは、視線を落とした。
「私は、罪をなすりつけるための“便利な外部犯”だった」
レオニスが、低く息を吐いた。
「初日で、ここまで踏み込むとはな」
「踏み込みません。
ただ、見えたものを言っただけです」
「――その“見る力”」
レオニスの声が、わずかに硬くなる。
「正式に報告しろ。
お前の能力を」
セリナは頷いた。
「私は、誓約や契約が偽られる瞬間に生じる“裂け目”が見えます。
意図的な嘘、契約のすり替え、虚偽の誓約――すべてです」
「代償は?」
「ありません。
ただし、嘘に近づきすぎると……頭が痛くなる」
鑑識官たちが、息を呑む。
レオニスは、しばらく黙っていたが――やがて、笑った。
「……厄介だが、最高だ」
彼は机に手をつく。
「歓迎するぞ、セリナ・アルフォード。
王都鑑識局は、敵が多い」
セリナは、静かに応じた。
「構いません。
敵は、嘘をつくから」
その瞬間。
局の扉が、強く叩かれた。
「失礼します!
聖女リュシア様より、正式な抗議文が――」
セリナは、目を伏せた。
――来た。
拍手のいらない場所で、
本当の裁きが始まるのだった。




