09.仲間たちとの邂逅
「——アクイラくーん、……」
暗闇を引き裂いてだんだんと明瞭に聞こえてくる男の声に、アクイラはゆっくりと意識を浮上させた。慣れない明るさに目を細めながら、ずっと呼びかけていたらしいノーシスに焦点を合わせる。
「疲れてたんだねえ。まあ二転三転の怒涛の日々だったしそりゃそうだよね」
凝り固まった首をほぐしながら、さりげなく注がれる柔らかい視線から逃れる。逸らした視線の先、車の窓からは大自然が広がっていた。
「着いたよ、アクイラくん。アマニちゃんは先に外に出てる」
「あ……はい、すぐ出ます」
「急がなくていーよ」
ひら、と手のひらが振られて、ノーシスも車内を後にする。
ぱちぱちと瞬きで眠気を振り払ってから、アクイラも続いて外に出る。
「……うわ」
途端、目の前にそびえたつ巨大な塔に視界のほとんどを埋め尽くされる。石造りのそれはところどころ苔に覆われ、雨に穿たれた跡もちらほら見られた。
その重々しさに息を呑みつつ視界を下にずらせば、しゃがみ込んで野花を眺めているアマニとノーシスがいた。何をやっているんだろうかあの二人は。ノーシスはともかく、アマニの心臓は鋼でできているのではとすら思った。
「見てアクイラ! 可愛いお花!」
アマニが指した先には、小ぶりな色とりどりの花々。母の植木鉢の中にあの花がいた気がする。
「……ゼラニウム?」
「そう! あとニチニチソウもいる。他にもいろいろ咲いているけど、私のとこじゃ見たことない花ばっかり。あ、アクイラの隣に植わってるのはトネリコって言うんだって!」
「指差してくれたら何でも教えてあげる。俺英知だから」
アマニとノーシスがテンション高く盛り上がっているのを一歩引いて聞きながら、アクイラは先程の眠気に引きずられるようにして目を閉じた。近くの年季の入っていそうなトネリコの木に背を預け、ノーシスの豆知識を耳から耳へと流していく。
もう日が沈んでから大分経っているし、夜が更けたといっても過言ではないだろうに、こんなところで道草を食っていていいのだろうか。面倒なので絶対に口にはしないけれど。いや、言った方がいいのかな。んーーー、先方も待ってくれていたりするんじゃ——
アクイラのゆったりとした思考を、ギギともゴゴともつかないような重い音が遮った。
張り付いてしまったかのような重たい瞼が開く前に、軽やかな笑い声と、僅かな布ずれの音。
「——貴方たち、いつまで玄関先で話し込んでいるつもりなの? 待ちくたびれちゃったわ」
すっと耳に馴染む声だった。一つの雑音もなく、凪いだ水面をなぞるような声。
あ、とノーシスの我に返ったような声がした。
「すみません、レーヴさん」
「いいのよノーシス。無事についていたのは知っていたから。ただ、そろそろあそこの彼が限界ね」
そう言われて、アマニとノーシスの意識がこちらに向く気配がした。二人はしばらく黙っていたあと、突然ひそめた声で話し始める。
「……また寝た?」
「ええ、どうでしょう……」
「寝てない? ぴくりとも動かないよ」
「つついてみます?」
「その前になんか悪戯したくない?」
——いや全く。
そう口に出したはずなのに、まったくもって音にならなかった。口は動きもしなかった。完全に疲れ切っている。
「悪戯って言っても……ペンとか持ってませんよ」
「俺も持ってない」
「うーん、……あ、花冠とかは」
「メルヘン系ね! アリ!」
——ナシですけど。
もしかしなくても、車内でめちゃくちゃ仲良くなってしまったのでは。アクイラが寝ている間にどんな話の弾み方をしたのかは知らないが、とても仲がいい。というか、非常にノリが合っている。むしろ合いすぎている。
レーヴと呼ばれた女性が二人をなだめている間に、アクイラは何とか体に鞭打って動き出す。あー起きちゃった、という残念そうな声は無視する。
「すみません、待たせていたのに、眠ってて……」
「大丈夫。疲れているんだもの、しょうがないわ」
見上げた先には、たおやかに微笑む美女。緩くウェーブのかかったラベンダー色の髪が、彼女の左肩の方に流されている。ふわふわと柔らかい後れ毛が微風に揺れていた。
金茶の瞳にアクイラを映して、彼女はそっと片手を差し出した。
「さあ、掴まっていていいから、転ばないようにね」
優しく先導する彼女の指先はひんやりと冷たくて、アクイラの意識はまた一つ覚醒に近づいた。




