82.虚像の世界
案外、兄との再会のときは早く来た。
ある日突然、ルディヴィーが全員を第五塔に集めたのだ。自力で長距離移動できる者以外は彼女が引き連れてきたようで、第五塔はいま、神継ぎで溢れかえっていた。どうやって彼らの居場所を突き止めたのか、ヘルもレイナードもフィニクスもこの場にいる。
「アクイラ、久しぶり」
「……アマニ」
大広間の人混みを縫うようにして現れたアマニに、アクイラは自然と笑みが零れた。手紙でやり取りはしていたものの、実際に会うのは実に数か月ぶりだった。
「あそこにいるのがお兄さん? 似てるね。アクイラを精悍にした感じ」
「よく言われる。俺からしてみれば全然似てるようには思えないんだけどね」
「やっぱり兄妹ってどこもそうなんだ!」
アマニが透き通った瞳を輝かせて柔らかく笑う。
目元が似ているとか、パーツの配置が似ているだとか、果てには雰囲気が似ているとか散々言われてきたが、そのたびにフィニクスと二人で顔を見比べ、やっぱり似ていないよねと結論付けるのを昔はよくやっていた。唯一胸を張って同じと言えたのは金の瞳だったけれど、それはもう今は失われている。
一抹の郷愁に見て見ぬふりをして、アクイラは話を逸らした。
「アマニは何で俺らが集められたか聞かされてる?」
「ううん。私も特に言われてなくて。今日の朝いきなり、レーヴさんがルディヴィーさんに『みんなをここに集めてほしい』って頼んだの。無事に皆集まってるみたいだし、これから要件が伝えられるんだろうけど、でも……」
一瞬だけ言いよどんだアマニを、アクイラは怪訝な目で見つめる。
「……見たら分かると思うけど、レーヴさん、たぶんここ最近ずっと調子が悪いの。顔色も悪くないし、本人も何も心配はいらないって言ってるけど、とにかく違和感があって。明日、……ううん、今すぐにでも溶けて跡形もなく消えちゃうんじゃないかってくらい存在が危ないから、心配で」
「……え——」
アクイラが目を見開いて言葉を発しようとするのと同時、大広間の入り口に当の本人、レーヴが現れた。
「急な呼びかけだったのに、集まってくれてありがとう。……ルディヴィーも、朝から使い走りのようなことをさせてしまってごめんなさいね」
凛と響く声音は以前のままである。姿かたちも、立ち姿も、全てがアクイラの記憶にある姿のまま。
それなのに、アマニが言ったように、どこかそこはかとない危機感を覚える。レーヴの言葉に返事をしているルディヴィーも、不安げな色を瞳に乗せている。
「どうしていきなり集められたのか、誰もが気にしていると思うわ。どうして私がこうして仕切っているのかも。……それを説明するためにこれから話すのは、この世界についての真実よ」
しんと静まり返った大広間で、彼女は全員の視線を一身に受けていた。
「知っている人もいるかもしれないわね。私は……私とミスラは、ここにいる誰よりも長生きしている神継ぎよ。そして、私たちにはこの千年間、ずっと隠してきた秘密がある」
「……その秘密が、この世界についての真実なの?」
「ええ」
ルディヴィーからの問いかけに、レーヴが金茶の瞳を緩めて頷いた。
一つ息を吸って、その瞳がぐるりと広場を見渡す。
「……貴方たちが生きるこの世界は、私の異能そのものなの。私の異能で、この世界を創ったと言ったほうが伝わるかしら。本当の世界は、もっと果てしなく広いのよ」
「レーヴさんの異能って、沫雪じゃ……?」
ぽつりと落とされたアクイラの独り言は、静かな部屋の中でよく響いた。
それを拾ったレーヴが、ゆったりと首を振る。
「いいえ、本当の私の神権は虚構よ。ずっと騙していてごめんなさい」
「でも俺は実際にこの目で見たぞ、レーヴが氷の異能使ってるとこ!」
「それらすべて、私の異能で作り出した虚像よ。もっと言えば、今貴方たちの前で喋っている私ですら、虚像に過ぎないわ」
「え……?」
隣にいるアマニの茫然とした声が、嫌に耳に残った。
レーヴの話が本当だとしたら、ともに第五塔で過ごした彼女も幻だったということになる。しっかり実体があって、感情もあったというのに。
「……アンタが虚像だって言うなら、ミスラさんは? アンタの口ぶりからすると、ミスラさんも共知者なんだろ?」
ヘルモーズが考え込むように腕を組み、空色の瞳を地面に落としながら問うた。
それに答えようとしたレーヴを制して、ミスラが前に進み出る。相も変わらず彼の瞼は閉ざされたままで、レーヴの隣に並び立つと、彼はその深い声で空気を震わせた。
「いいえ、ここにいる私は本物です。レーヴの本体が虚構の外にあることと、レーヴは虚構の外で昏睡状態であること。それが当時交わされた契約でしたから」
「勘のいいひとはもう気が付いているかもしれないけれど、今日この話を皆にしているのは、その虚構の外にある私の本体がもう限界を迎えそうだからよ」
「限界を迎えそう、って……」
血の気のひいた表情でか細くそう言ったルディヴィーを気遣うように、ヴァルグルがそっと寄り添っていた。まるで思い至ったことが真実になってほしくないかのように、彼女の言葉は不自然に途切れた。
けれど、レーヴは残酷にもその言葉を口にした。
「過激な表現を避けないのなら、つまりはもう死にそうってことね。いえ、殺されそう、のほうが正しいかしら」
普段他人を慮る彼女にしては、珍しい所業だった。そしてその余裕の無さが、もう時間に猶予がないことを如実に伝えてくる。
「私が死ぬということは、この虚構も終わりを迎えるということ。貴方たちがまだ中にいる状況でそんなことになったら、貴方たちまで問答無用で死んでしまう。だから私は、一刻も早くこの虚構を崩壊させなければいけないの。私が息を引き取るより早く、ね」
淡々と、まるで他人事のようにそう言うレーヴの声が、どこか遠くにあるようだった。




