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08.

 ノーシスの専用車は、後部座席が個室らしく仕切られている豪華なものだった。

 アマニは物珍しさよりも汚さないかの恐怖が勝ったらしく、乗り込んでしばらくは借りてきた猫のように微動だにしなかった。背もたれにも背中を付けず、必要最小限の接地面積でやりすごそうとしているのにノーシスは爆笑していた。

 アクイラはそれを横目に見ながら、失礼にならない程度にくつろいだ。

 各々、というかアマニがようやく落ち着いてきたところで、ノーシスが話を切り出した。


「——えっとね、これから行くのは神継ぎが暮らしてる塔で、専門分野ごとに五つに分かれてる。初っ端から異例なんだけど、第一塔は特殊部門。これは完全に情報が秘匿されてて、公にされてるのは数年間だけあの塔が動いてたってことだけ。それも、俺が生まれるよりも前にね」


 まあ、気にしていてもあまり意味はないかな、と彼が続ける。


「第二塔は戦闘部門。一般人がよく目にする神継ぎはここの所属だね。戦闘に特化した神権をもっていて、その中継がテレビで流れることもある。派手に動き回るから文献もよく残ってて、創作の元ネタにもされやすい。おかげで調子乗ってる奴が二人くらいいる」

「なにそれ面倒くさそう……」


 思わず口からこぼれた本音に、ノーシスが本当にね、と同意する。


「でも安心してアクイラくん。神権的には君ここの所属だけど、特殊な事情持ちってことで違うとこだから」


 十中八九兄のことであろう。もしくは、死刑囚としてすでに一部に顔が割れているアクイラをテレビに映すわけにはいかなかったのか。

 どちらにせよ、現在の心象ではアクイラにとっては非常に好都合である。


「第三塔は政府部門。俺とかミスラさんがここ。俺たち二人だけだね。政府の人って俺たちのことをお手伝いさんだとでも思ってるのか、すごく仕事回してくんだよね。だから、基本的に第三塔はもぬけの殻」

「社畜……?」


 こちらも思わず口からこぼれてしまった本音が、今度はアマニから聞こえた。これにもノーシスが激しく同意する。


「ま、もし俺に会いたくなったら政府まで会いに来てね。君らならいつでも大歓迎」


 にっこにこと笑うノーシスに、アクイラは小さく返事をして頷いたけれど、アマニの元気な返事にほぼ確実にかき消された。


「第四塔は治癒部門。契約のときにいたヘルモーズさんがここね。怪我とか病気したらここの人たちに見てもらえば一発。まあ、あまりお目にかかれる機会はないけど。ここに来れるのは富裕層の人たちばっかだから」


 大人の事情でね、と苦笑いしたノーシスに、アマニがこてり、と首を傾げた。


「塔には自由に出入りできないんですか?」

「そうそう。一般の人は基本的に入れないように規制されてるし、神継ぎ同士も基本塔の行き来は禁止されてる。ま、抜け道はどこにでもあるし、バレないようにやるならいくらでもって感じ。政府への出入りは神継ぎなら規制されてないから、ホントにいつでもおいでね」

「どうして塔の行き来が規制されてるんです?」

「んー、一言で言うなら反乱防止? ミスラさんとの契約も抑止力にはなってるけど、お偉方はなるべくリスクを回避したいみたいでさあ。塔ごとに力を分割しちゃえば、人数も得意分野も限られるからね」


 車内に常備されているらしいチョコレート菓子を摘まんで口に入れるノーシスを眺めた。これ美味しい、と笑った彼が、そのチョコレート菓子を寄越してくる。それをありがたく受け取って、今度はアマニの方にちょっかいをかける(菓子を差し出す)ノーシスをぼんやりと見る。

 ……このガキっぽさで、本当に三百歳を超えているのだろうか。


「それで、君らがこれから行くのが第五塔。有体に言えば、余りものの塔」


 へえ、と相槌を打つ。

 アクイラは兄が悪魔憑きであるし、アマニは過去の災厄から嫌厭されていると牢獄内で聞いた。要は、ノーシスの言う“お偉方”からあまり歓迎されていない者たちの掃き溜めなのだろう。アマニに至っては完全に屁理屈のような気がするけれども。


「まあでも、俺からしてみれば一番アタリの塔だけどね。第一塔(得体の知れない塔)でも、第二塔(脳筋ばっかの塔)でも第三塔(政府にこき使われる塔)でも、第四塔(大人の事情が絡む塔)でもない。第五塔って結構メンツもいいしね」

「どんな人がいるんですか?」

「んー? それは着いてからのお楽しみでしょ。でもさあ、君らが入ったら第五塔が最大勢力になるって考えたらウケんね。政府への最高の皮肉じゃん」


 だからまあとにかく、安心していいよ、と軽くのたまったノーシスから視線を逸らして、もう一つ菓子を摘まむ。貰えるものは貰えるときに貰っておいて損はない。


「あと何か言うことあるかな……。あ、そういや君らにはたまに襲来する異形と戦ってもらうんだけど、どっちかっていうと暇な時間の方が多いからね」

「悪魔憑きとの遭遇率もかなり低いんでしたっけ」

「そうだね。悪魔憑きって言ったって、現状はアクイラくんのお兄さんともう一人いるだけだから。あと悪魔憑きの頭領みたいなひと。その人は襲ってこないけど」


 指折り数えるノーシスに、アクイラは首を傾げる。


「……少なすぎません?」

「うーん、悪魔憑きっていつの間にか消息不明になってることが多いんだよね。神継ぎに討伐されたっていう記録はあまりないから、短命なのか、同士内で殺し合いが起きるのか、はたまた政府に捕まって実験材料にでもされてるのか」


 ぞっとした。冷水を浴びたように体温がさっと下がって、動揺を鎮めようと静かに息を吸い込んだ。

 顔色を失くしたアクイラをちらと見て、ノーシスは緩く瞳を眇めた。


「だから頑張ってね、アクイラくん」


 それは、考え得る限り最悪の末路を兄が辿らないように頑張れということだろうか。頑張って、兄を楽に死なせてやれということだろうか。

 そうだとしたら、それは——

 そこまで考えて、アクイラはそっと瞼を閉じた。

 考えてもいいことはない。そもそも、確率的にアクイラ自身が兄に手を下すことはないだろうと言っていたのはノーシスだろうに。

 車の揺れでごちっと後頭部がヘッドレストに当たったのをこれ幸いに、アクイラはそのまま寝たふりに移行した。ノーシスの相手をアマニ一人に押し付けることになるので、正直ごめんと思いながら。

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