77.
——俺はアクイラです。不死の象徴ですよ。
ヴァルグルにそうは言ったものの、アクイラは必ず生還すると自信をもって言うことはできなかった。確かにワシは不死の象徴である。しかし、アクイラは実際に蘇りの技をこの目で見たことがない。兄の技ですら、灰に埋もれて何も見えてはいなかった。
つまり、アクイラはその技を真似るのではなく、生み出さなければならなかった。
できるのだろうか、と弱気な思考がよぎっては消えていた。今まで散々他人の技を模倣する形で自分のものにしてきたのに。そうでなければアクイラは異能を一つも使えなかったのに。
しかしその思いに反して、異能はある程度の精度をもって発動した。アクイラがいま、不安定な意識のみの状態で個を保っているのがその証明である。
けれどもそれが完全であったと言い切れないのは、アクイラが——
「……どこだここ……」
——迷子になっているからに他ならない。
まるで球体の世界に蒸気を限界まで押し込めてしまったかのように、アクイラの視界はあやふやだった。ぽつんとただ途方に暮れて立ち尽くしているアクイラが、ふと両の足で地面を踏みしめている感覚がしないことに気が付いて視線を落とす。そして、戸惑いに瞬きを落とした。
「……なんだこれ……」
そこには、ぼんやりとした輪郭のない塊が揺蕩っていた。足だけではない。アクイラ自身が、そうであった。
人間の姿をかたどったと思っても、瞬きをすればまるで幻のように形が崩れてしまう。今度はワシの姿をかたどったと思ったら、瞬きする間もなくほろほろと姿が霧散していく。
失敗したのだろうな、と漠然と感じた。
中途半端に異能を行使したせいで、蘇ることも死にきることもなく、ただ魂が迷子になってしまったのだ。行きつく先を見失って、彷徨うことしかできなくなったのだ。
このまま永遠にこの空間に閉じ込められるのだろうか、とアクイラは苦虫を噛み潰したような顔をする。この実体でその顔ができているかどうかは謎だが。
しかし、そのアンニュイな気分を押しのけて、その場に一つの声が割り込んできた。
「あ、アックンいたいたー……透けてる!?」
ヴァルグルである。
なんでここに、とか、何を呑気な、とか、本当になんでここに、とか、全てをないまぜにした恨めし気な視線をぶつけられた彼は、オオカミの姿で軽やかに駆け寄ってくる。アクイラの視線に、なんでオオカミの姿で人間の言葉を喋ってるんですか、と疑問が混ぜられた。
「えっなんで透けてんの? てかヒト? ワシ? アックンぐっちゃぐちゃじゃん大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
「だよね!」
会話が成り立っていることに計り知れない違和感を覚えながら、アクイラはそっとヴァルグルを見上げた。相手はオオカミの姿なのに、見下ろされている。自分が小さくなってしまっているのか、と再び自身を見下ろした。
「俺アックンのことうっかりかみ砕いちゃいそうだし、自分の足で移動できたりする? あ、翼でもいーよ」
「……え、どういう……?」
「んー?」
頭から尻尾まで順繰りに体を震わせていたヴァルグルが、じっと銀の瞳で見下ろしてきた。にんまりと自慢げに笑ったヴァルグルの顔が透けて見えるほど、彼の瞳は雄弁だった。
「帰るよって言ってんの」
「……ん?」
きっかり二つ分の瞬きを落として、それでもなお事態を飲み込み切れずに首を傾げたアクイラが面白かったようで、ヴァルグルが喉の奥で笑った。
「帰れるんですか?」
「そのために俺が来たんだよ?」
「辺り煙たいですよ。帰り道、分かるんですか?」
「そりゃ来た道辿るだけだし」
「俺も一応、来た道はあったはずなんですけど……」
分からなくなった? と聞かれ、大人しく頷く。
「まあ、アックンはここに放り込まれたようなもんだし、自主的に訪ねてきた俺とはまた勝手が違うんだろ」
「そういうもんなんですかね。……待って、ここってそんなほいほい来れる場所なんですか?」
「や、全然。今回はマジで無茶振り中の無茶振りね。やれなくてもやれってヴィーちゃんが」
意外だった。それこそルディヴィー自身がこの空間に飛び込んできそうなものなのに、わざわざヴァルグルをけしかけたことが。
「アックン知ってた? オオカミって死の使者なんだってよ。つまり、魂の道標になるのなんてお手の物ってわけ」
「……そんな都合のいいことあります?」
「さあ? 俺も知らなかったけど、ヴィーちゃんが言うならそうなんだろ」
丸め込まれている気がしないでもないが、もともと伝説というものは地域によってさまざまだし、そういうこともあるのだろうと無理矢理自身を納得させた。とりあえず、何故ルディヴィーではなくヴァルグルが迎えに来たのかははっきりした。
話は終わりとばかりにすたすたと確固たる自信をもってどこかを目指し始めたヴァルグルに、アクイラも慌てて後に続く。この視界の不明瞭な世界では、少し離れただけでも簡単に相手を見失う。そして一度はぐれたら最後、二度とヴァルグルに会えないような気がするのだ。
「——あ、そうだアックン、言い忘れてた」
いきなり立ち止まったヴァルグルに衝突しそうになりながら、アクイラは笑みの形をした彼の銀の瞳を見上げた。
「異能、自力でも使えるようになったじゃん。よくやった!」
ぱちぱち、と瞬きをして、そうしているうちにヴァルグルの後頭部が少し離れたことに気が付いた。
今度はヴァルグルの後ろではなく横に並んで、前を見据えるヴァルグルの横顔を見上げる。
「ちゃんと技として成り立ってました?」
「おー。じゃなきゃキミ、今ここで俺と会えてないでしょ」
「ここで会ってること自体が技の失敗を物語ってますけどね」
「最初から異能を使いこなせる奴なんていねーよ。失敗のケアをするのが先輩ってもんだろ」
視線だけを寄越して首を傾げられ、アクイラはこそばゆさを感じながらも小さく笑みをこぼした。




