74.誰にとってのハッピーエンド?
ヴァルグルに左腕を掴まれて後方に引かれたアクイラは、それに逆らわずに歩みを進めながら歯噛みする。
最初の会敵時、フィニクスが空を飛んでいた時点で気が付くべきだったのだ。
彼が翼を得ることができたのはその名に不死鳥を冠していたからだと、そう気が付くべきだったのだ。
彼が不死身の体である可能性をちらりとも考えなかったアクイラは大馬鹿者だと、自身を責める方向に思考が進みそうになるのをすんでのところで押しとどめる。
反省より先に、考えなければならないことがある。
ルディヴィーは新たな方針を立てたようだが、それは一時しのぎにすらならない。転移された先で再びアクイラを目指して襲来することは容易に想像できる。そのたびにルディヴィーが一緒に瞬間移動をしていては、彼女の身がもたないだろう。
かといって、このまま彼らが戦いで決着をつけることもできない。片方が不死身の体を持っている状態で消耗戦など、明らかにもう片方が不利である。彼女ならば自身も不死身になることができそうではあるが。
それならば、できることなど一つなのだ。
彼を止められるのは、唯一彼が話を聞いてくれるのは、恐らく彼の弟だけなのだから。
「……アックン、どこ行くの?」
ふら、とルディヴィーたちの方へ一歩を踏み出したアクイラの行動を見咎めて、ヴァルグルがそう問いかける。
心配と警戒と、あらゆる感情がないまぜになってしまったかのような声の彼を安心させるように、アクイラはほんのり笑った。
「大丈夫です、兄と話をしに行くだけですよ」
「……キミの目から見て、兄ちゃん話できそうなんだ?」
「ちょっとハイになってますけど、それでも俺の言葉なら聞いてくれますよ」
聞き入れてくれるかは別である、という言葉は飲み込んだ。余計なことを言ってここに引きとめられたら敵わない。それも、恐らくただの打診では聞き入れてはくれないだろうと、弟としての勘が言っているのだから尚更。
それでも疑わしげにアクイラのことを見てくるヴァルグルの視線を振り切るように、アクイラは彼に背中を向けて遠くの兄を見据えた。
「話っつったって、交戦真っ只中の奴はほとんど何も聞こえてねぇぞ。仮に聞こえたとしても、アックンには防衛手段がない。兄ちゃんの間合いの内側に入ったらほぼ確実にあの二人の戦闘に巻き込まれるだろ。ヴィーちゃんの異能だって万能じゃねぇし——」
「大丈夫です」
「……アックン?」
訝しげにその名を呼んだヴァルグルに、アクイラはもう一度大丈夫なんです、と繰り返す。
「俺はアクイラです。不死の象徴ですよ」
「は……?」
言い終わるや否や、面食らったような顔をしたヴァルグルを置き去りにしてアクイラは異能でワシに変身する。鳥の翼と人間の腕は別物だとそう脳内に言い聞かせて、信じ込ませて、そして目を開くころには両翼が揃っていた。
「おい待て! アクイラ!!」
迷わず空へと飛翔したアクイラを引きとめるヴァルグルの声が、段々と遠くなる。
万が一にも彼が追ってこないことを確認しようとちらと振り返ったアクイラは、そこで目を見開いた。どこからともなく現れた火炎が、ヴァルグルを襲っていたのだ。
——あの程度の怒声でも、アクイラを攻撃したと判定されるのか。
だけれど、ヴァルグルはあの程度であれば余裕で捌ける。ただ、アクイラを追いかけることは難しいだろうけれども、それでいいのだ。今からアクイラが向かう先は、雷の異能者にとって死地にも等しいのだから。
——あわよくば、この機に兄が正気を取り戻してくれたりしないだろうか。
交戦中の二人の頭上、彼らを見下ろして大きな翼を広げながら、アクイラは密かにそう思った。




