73.
肩を震わせるほどの笑いではないものの、少女の問いを受けて、フィニクスは確かに笑んでいた。凄惨な体とは裏腹に、柔らかな笑みを湛えてルディヴィーを見上げていた。
「いや。ただ、これでリセットできると思って」
意味を計りかねて目を細めたルディヴィーは、けれどもすぐさま十文字槍を消し去って飛びのいた。
フィニクスが、その槍を自身の喉元に誘ったのだ。
彼の異能によって生み出された炎が槍を捉えたと思ったら、次の瞬間には強い力で引かれていた。その切っ先が彼の喉を破る寸前、ルディヴィーが異能を解いてそれを阻止したのである。
「何してるのフィニクスちゃん、死んじゃうよ?」
「ふふ、うん、そうだね」
未だ笑ったままのフィニクスは、その光景の異様さに唖然とするアクイラのことすら構わずにただルディヴィーだけを見上げる。
「でも、それが何?」
それを受けてルディヴィーが小首を傾げるより早く、彼を中心として四方八方に武器が浮かび上がった。刀、槍、剣。数えきれないほどの豊富な刃物が刃先をフィニクスに向けて鎮座している様は、壮観ですらあった。
間髪を入れずに突き刺さるそれらの刃物は、彼の近くにいるルディヴィーの横を素通りして、寸分の狂いもなく全てフィニクスに襲い掛かる。
アクイラは彼の異能が暴走してしまったのかと思った。悪魔憑きとしての意味を持つ暴走ではなく、ただの行使側の不注意による誤作動。
しかしその願望ともとれる思考は、その飽和攻撃を全て異能で受け止め、フィニクスの身を守ってみせたルディヴィーへの言葉で打ち消された。
「どうして邪魔をするの? 俺、リセットだって言ったよね」
相も変わらず地面に転がった状態で不服そうに眉を顰めた彼は、ルディヴィーからの答えを聞く前に翼を大きく広げた。それまでは仕舞いこんでいた翼を広げた反動で少しだけ浮いたその体は、皆の一瞬の隙をついてはるか上空まで飛翔する。
そのまま振り返りもせずに豪速で滑空する彼の姿が遠くのほうで一瞬本物の鳥のようにブレた瞬間、それは空から突如現れた火の弾によって炙られ、そして落下していった。
「……兄さん……?」
心配せずとも、彼は炎の異能者であるが故に炎を無効化することができるのは前回兄と鉢合わせたときに確認済みである。
——けれども、それは本当に?
小腹が減ったからと慣れない料理をしようとしたスルトは指を火傷していた。彼だって、炎を冠する神継ぎであるのに。
先程、異能で作り出した炎の武器を自身に突き刺そうとしていたのに。
思考が上手いことまとまらずに、けれども彼は本能に急き立てられるようにして兄の元へと駆けだした。いつの間にかその姿はワシに変化しており、隣をオオカミが並走していた。
一足先にフィニクスの元に瞬間移動していたルディヴィーが、こんもりとした小さな砂山を見下ろしているのが見えた。
——否、砂山ではない。灰山である。
何かが燃えた後、その燃えかすが山となった。
何かなどでもない。
兄なのだ。
この小さな山は、兄であったものである。
「……兄さん……?」
しかし、茫然と呟くアクイラの金の瞳は、すぐさま見開かれる。
視線の先、その山が、僅かに震えたのだ。
けれども人間など到底、ましてや成人男性が隠れられるほどの容積はない。
いったい何が、と思った瞬間、アクイラの、ルディヴィーの、そしてヴァルグルの目の前を垂直に湧き上がるようにして上昇した何かがあった。
その姿を追うようにして見上げた空には、緋色と金の羽をもった、一羽の大きな鳥。
それがちょうど、身を守るように抱え込んでいた翼を、大空に大輪の花を咲かせるようにして大きく広げていた。空に向かって開かれた嘴からは、まるで天外の何かに聞かせるように、美しい旋律ともとれる鳴き声が発せられ、空気を震わせていた。
優雅に尾を舞わせてアクイラたちの頭上を旋回していたと思ったら、少し離れたところにそれは降り立った。
そうして、瞬きを一つして瞼を開けるころには、そこには五体満足の兄が微笑みながら立っていた。
「それで、さっききみが言っていたことへの返しだけど」
しっかりとルディヴィーと視線を交わらせて、彼は口を開く。
「きみこそ、不死身の能力を身に着けてから出直してきたほうがいいんじゃないかな」
——その角を落としてから出直してきてくれる?
自身の発言をしっかりと思い出したのであろうルディヴィーがその琥珀を瞬かせ、次いで可愛らしく小首を傾げて面白そうに瞳を歪めた。
「アハッ、生意気~」
アクイラの隣で、ルディヴィーが銃を構える音がした。
「フィニクスちゃん、予定変更だよ。強制転移で君たちの頭領のところに送ってあげる!」
銃の照準をフィニクスに合わせたまま楽しそうに笑っていたルディヴィーが、いま思い至ったかのような顔をする。
「あっでも座標は知らないから、フィニクスちゃん一緒に聞き込み調査しようねえ。誰なら知ってると思う? やっぱりノーシスちゃん?」
「素直についていくと思う?」
「引きずり回してでも連れてってあげる! アークちゃんはもううちの子なんだから諦めてね~!」
躊躇いなく引かれた引き金が、戦いの第二ラウンドの幕開けとなった。




