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69.

「……お前ら(悪魔憑き)って本当に非情なんだな。俺たち(神継ぎ)よりよっぽど神らしい」

「……何が言いたいの?」


 フィニクスが首を傾げると、彼の長髪もさらりとそちらに流れた。

 敵意もまるで感じられないその仕草を鋭くねめつけて、ヴァルグルが低く唸る。


「実の弟のことすら忘れて殺そうとするなんて、同じ人間だったとは思えねえってことだよ」


 そう言うや否や放たれた雷を、フィニクスは大きく背の翼を羽ばたかせて宙に飛び上がることで避けた。

 しかし、アクイラの傍にヴァルグルが駆け寄ろうと、炎の彼は逃げることも反撃することもなかった。

 ただ、その切れ長の赤い瞳を大きく見開いて、そこにアクイラを映していた。そうして、どこか茫然と呟くのだ。


「……おとうと」


 先程までとは明らかに異なる兄の様子に、アクイラは宙に浮かぶ兄を見上げた。

 そうして交わった兄弟の視線はしっかりと繋がれたまま、今度はどこか恍惚と彼は笑んだ。


「俺の、おとうと」


 理性を取り戻したのかと勘違いしてしまいそうなほどの、優しい声音だった。

 かつてを思い出して泣き出してしまいそうなほどの、柔らかい声音だった。

 しかし、彼の額からは依然として大きな角が伸びている。


「おとうと。名前は……アックン、だっけ」

「……違う、アクイラ」

「そう、アクイラ。いい名だね」


 両親が考えた複数の名から兄が一つを選び取って決まったものだとは、彼は微塵も思っていないのだろう。

 ゆっくりとアクイラの名を舌の上で転がしたフィニクスは、うん、と一つ頷いて笑った。


「アクイラ、ここまでおいで。邪魔者がいない場所で、二人で話そう」

「……アックンの兄ちゃん、ずいぶんはっきり物言う奴だな」

「すみません……」


 目の前ではっきりと邪魔者扱いされて表情を引きつらせるヴァルグルに、申し訳ない気持ちが沸き起こる。

 深く息を吐いて、アクイラはゆっくりと瞬きをした。じっと静かにアクイラの返事を待っているフィニクスに、これまたゆっくりと視線を合わせる。


「兄さん、俺は飛べないよ」

「何を言っているの? できるよね、だってきみはもう()()んだから」


 何とも不思議そうな顔をして、フィニクスが首を傾げる。

 ああ、兄はこういうところがある。アクイラが小さいころ、フィニクスを真似て他人より多くのことができてしまったせいで、自分ができることは弟もできると信じてしまっているのだ。その期待を裏切りたくなくて、そしてそうできるほどのセンスを持ち合わせてしまっていたアクイラが実際にこなしてしまうから、彼の認識は訂正されることなく今に至るのだろう。それは、深層心理でも同じこと。

 常ならば、アクイラもできたのだろう。手本をこの目で見ているのだから。だけれども、今は。


「……兄さん、俺の腕、片方ないんだよ」


 フィニクスの視線がそっとアクイラの右腕があった場所をなぞって、そしてまたアクイラの視線と交わった。


「関係ないよ。確かに鳥と人間ではその器官は一緒だけど、今はそのどちらでもないからね。それともアクイラは、腕も翼も持っている(あに)のことを嘘だと疑うの?」


 言外に、頭が固いと言われている。

 フィニクスの要求を叶え続けてきたのは、半ば意地になっていたからというところもある。もちろん、やってみせたときの彼の賛辞が、その口調が、甘露のように沁みるからという理由もあるのだが。

 そして今更、ここで黒星を喫するわけにはいかないというのが、アクイラの抱いた本音であった。


「……アックン?」


 危なっかしく三本の四肢で体を支えたアクイラを心配する声が聞こえた。

 未だ右腕は激痛を訴えている。少し皮膚が引っ張られただけでも、焼かれた断面が悲鳴を上げているのを感じるのだ。

 その痛みに耐えるために、浅く息を吸っては深く息を吐く。左の指に力が入り、砂の上に五本の跡が残った。


「エネルギーを背中に集中させるんだよ、アクイラ」


 兄の声を導として、アクイラはそっと目を閉じた。

 背中の奥底から湧き出てくる熱を、爆ぜるエネルギーを感じる。皮膚が裂けるような痺れと共に、骨が軋み、筋肉が引きちぎられた。

 次の瞬間、まるで世界が止まったかのように停滞した時の中で、巨大な翼が背中を突き破り、空気を切り裂くように広がった。

 荒く呼吸を重ねるアクイラに呼応して紫電を纏ったそれの先が地面を引っ掻き、細かな線を生み出す。


「——ちゃんとできた。いい子だね」


 耳を打つのは、優しい兄の声。この温度は知っている。心の底から誇らしいと、温かな声音で褒めてくれるのだ。

 先程とは打って変わったフィニクスの様子に、アクイラは震えた息を吐きだした。

 きっと彼は、その瞳を柔らかく細めてアクイラのことを見ているのだろう。それを確認できるほどの余裕はまだなかったけれど。


「……アックン」


 再度、ヴァルグルが小さな声で気づかわし気にアクイラの名を呼ぶ。


「……ヴァルさん、兄は俺が引き受けますから、ルディヴィーさんを呼んできてくれますか。今ならまだ、兄が俺に攻撃を仕掛けてくるとは考えにくいので」

「いいけど……アックン腕大丈夫? なるべく重心は低く保つんだぞ」

「ありがとうございます。空の旅に連れていかれたら、もう重心云々を気にしてる場合じゃなくなりますけどね」


 ようやく軽口を叩けるほどの余裕が生まれてきたアクイラは、そのまま心配そうなヴァルグルの銀の瞳を見上げた。そして、努めて軽い声音で続ける。


「ヴァルさんこそ、高速移動じゃなくてイヌに変身して行ってくださいね。今度は片腕だけじゃ済ませてくれないかもしれないですし」

「イヌじゃなくてオオカミな?」

「同じようなものじゃないですか。文字数多くていちいち言うの面倒ですし」

「ハーン?」


 ヴァルグルが瞳を眇めてアクイラを見下ろした。


「そっかそっか、じゃあアックンはイノシシのことブタって呼ぶんだ?」

「それとこれとは別ですよ」

「一緒だよ!!」


 そう叫ぶと同時、ヴァルグルの姿が雷に呑まれ、次に目を開いたときにはもうその背は遠くのほうにあった。


「……お話は終わった?」

「待っててくれたの?」


 アクイラは兄の質問に明確な答えを返さなかったし、兄もアクイラの質問には答えることなくヴァルグルが去っていった方向を見つめた。しかしそれでも、お互いの言いたいことは十分伝わるのだから兄弟様々である。


「あの人を攻撃するのは駄目だよ。兄さんなら、一度くらいは見逃してくれるよね?」

「そう。いいよ、きみに免じて一度だけね」


 そう笑って差し出された片手に、アクイラは一瞬だけ躊躇ってからそっと左手を乗せた。

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