68.その炎は天敵であり弱みである
宙に浮いてアクイラたちを見下ろす兄の背には、その身を覆い隠してしまえそうなほど大きな、燃え盛る翼。
その姿から目をそらさずに、ヴァルグルが口を開いた。
「炎の異能だよな」
「はい」
「だとしたらマズいぞ。俺らと相性が悪すぎる」
それはアクイラも薄々感じていた。
アクイラもヴァルグルも雷の異能で、炎とは触れただけで大爆発を引き起こす。今思えば、先程の爆発だってヴァルグルが炎の攻撃を雷で迎撃したからだろう。
兄を生かすために即死級の爆発に巻き込むわけにはいかないのに、彼は今日もその身を炎でうっすらと覆いつくしている。つまり、異能を彼に当てるわけにはいかない。
それでも、彼の戦意を削ぐ程度には攻撃をしなければならないのだ。
けれども兄、フィニクスは、こちらの事情など汲んではくれない。
ごう、と空気を焼いて、まるで流星のように弓矢が降ってくる。それを器用に避け、時にははるか遠くの頭上で雷と反応させながら、アクイラは遠くの兄を見た。美しい構えから放たれる弓矢は、空を切りながら三叉状に分岐してアクイラたちを狙っていた。まるで生きているかのような、追尾型の攻撃である。
やがて鋭い舌打ちの音が聞こえ、次いでアクイラの名を呼ぶヴァルグルの声が飛んできた。
いつの間にかすぐそばまで近寄ってきていたヴァルグルが、すれ違いざまにアクイラに耳打ちする。
「ヴィーちゃん呼んできてくれない?」
了承の意を伝える間もなく彼の姿は遠く離れ、兄へと接近戦を仕掛けに行ってしまった。
一度は兄と戦ったことがあることを差し引いても、力量不足であるのはアクイラである。そもそも、先程の攻撃然り、アクイラにとっても兄の攻撃は初見だった。
炎でできていた弓矢が霧散し、兄がヴァルグルを迎え撃つ姿勢になったことを確認して、アクイラは高速移動で第五塔を目指す。
これだって、瞬時に戦場に戻ってこられるのがルディヴィーのみであることを承知しているが故の指示である。
つくづく彼の瞬時の判断には舌を巻く、と考えかけたアクイラは、ふと言いようもない危機感と焦燥感を覚えた。まるで、高速移動のための経路が、風に吹かれて有耶無耶にされてしまったかのような。
反射的に経路から飛び出したアクイラは、次の瞬間右腕に焼けるような痛みを感じた。
あまりの痛みに息をつめた。足元がふらついた。重い何かが地面に落ちる音が、嫌に鈍くアクイラの耳に響いた。
「——つかまえた」
背筋が震えた。
そしてアクイラは恐怖した。
「……にい、さん……」
振り返らずとも分かる、何年も聞き続けてきた声。
けれども、兄をここまで恐ろしいと思ったことは、未だかつてなかった。
「咄嗟に避けたのか。とてつもない危機察知能力と反射神経だね」
感心したような声。
彼の口から発せられる賛辞は何度も耳にしてきたはずであるのに、一度も聞いたことのない温度だった。心の底から褒めているわけではない、うわべだけの言葉。
「——アックン!」
ヴァルグルの声が響いて、アクイラははっとそちらを見た。
彼の銀の瞳が見開かれて、アクイラの右腕を注視していた。
「アックン、その、腕」
正しくは、右腕のあった場所を、注視していた。
「切断面は焼けているから、失血は心配しなくていいよ」
穏やかにそう述べた彼を、ヴァルグルが鋭く睨みつける。
「何したんだ。アックンは高速移動中だったし、誰にも捕まえられないはずだろ」
「俺だって捕まえるつもりはなかったよ。殺すつもりだった」
絶句するヴァルグルに、彼は丁寧に解説を重ねる。
「きみたちは雷の異能で瞬間移動できるみたいだから、きみたち特化の罠を二つ張った。高温による空気のプラズマ化と、電動経路の焼き切り。少しでもきみたちの動きが鈍くなればと思ったんだけど、結局どちらが働いたのかな。ああ、それとも」
激痛に耐えられず、いつの間にか地面にうずくまっていたアクイラを、フィニクスの赤い瞳が見下ろす。
「どちらも、かな」
つまりは、彼らは異能による高速移動を封じられたのである。
ハハ、とアクイラの喉から掠れた笑いのなりそこないが漏れた。何故今笑いが漏れたのかは分からなかった。今、どんな気持ちなのかも分からなかった。
ただ、痛みに汗が止まらなかった。




