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64.

「そもそもスルトさん、どうして瞳の色を世間にバラしたんですか? アイツは狙ってやったってヴァルさんたちは言ってましたけど」

「あーね。もうなんかいろいろバレてんだ?」


 地べたに膝を抱え込んで座ったスルトが、頬を膝頭に押し付けた。

 それに合わせるように、アクイラもヘルも座り込む。

 どこかをぼんやりと見つめて、ん-、と間延びした声を上げたスルトが、数度瞬きをして覚悟を決めたような顔になる。


この色の(赤い)目はさあ、悪魔憑きの目と同じだからって嫌われてるわけじゃん?」


 言いながら、スルトはぴ、と自身の目を指さした。

 アクイラ自身、あまり赤眼の人を見たことはない。しかし思い返してみれば、物語の悪役が赤眼であることなんてざらであった。


「でもそれだったら、俺の目の色だからっていう理由で、赤い目が好かれる可能性もあるってことだろ」

「……うん? ……ああ、確かに」


 スルトから放たれた逆転の発想に、一瞬アクイラの理解が追い付かなかった。彼は基本的に頭を使わずに会話をすることを好むので、こういった発言自体が珍しいのである。


「俺、神継ぎになったときに思ったんだ。たくさんの人を救って、たくさんの人に好きになってもらったら、赤い目に対する印象も変わるんじゃないかって。でもまず俺自身を見てもらうには赤い目は隠さなきゃいけない。隠さないと、ちゃんと見る前に目を逸らされる」


 そんなことはない、とは言い切れなかった。現に、スルトがその目を晒したとき、その場の大半は彼に向って心無い言葉を投げかけていたのだ。スルトの人となりをよく知るはずの人たちが、である。


「だから俺の好感度が十分に上がったころを見極めて、サングラスを取った。第二塔配属になったときの政府との契約で俺は絶対これを外しちゃいけないってなってるけど、偶然ならしょうがないもん」


 契約の抜け穴。これ自体、ミスラ(契約の神継ぎ)が意図して作り上げていそうだった。


「思ったより怖がられちゃったけど、でも、確かに俺のしてきたことは意味があったよ。目が赤い俺を、怖がらなかった奴らがいた。俺、そいつらに今日逃がしてもらったんだ。俺が害される前に、ここから逃げた方がいいって言ってくれた」


 嬉しそうにそう笑ったスルトは、きらきらと赤を輝かせてアクイラを見る。


「今日咄嗟に怖がった奴らだって、きっと冷静になってあとから考える。目は赤いけど、アイツ(スルト)は悪魔憑きじゃないなって。もう神継ぎなんだし、悪魔憑き予備軍でもないなって。そしたら、たまたま赤い目をもって生まれてきちまった奴らへの対応も、変わってくるはずだ」


 そのまま視線はスライドして、彼の隣のヘルに向けられる。


「知名度があって一斉公開の機会もある俺がやるからこそ、意味がある」


 それは、アクイラがこの場に乱入する前までに彼らがしていた会話の、ヘルの言葉への回答。


「……そう」


 少しだけ顔を俯かせたヘルをぼんやりと眺めて、アクイラはふと思い至る。

 これまでの会話、スルトへの言葉、スルトとお揃いのサングラス。


「もしかして、ヘルさんの目の色って……」

「ああ、そうだよ。俺の目は赤だ。尤も、スルトのそれとは違って、俺のものは生まれつきではないけれど」

「それって……」

「うん。俺は元悪魔憑き。この世で初めて理性を取り戻した悪魔憑きだね」


 サングラスを傾けたその奥から、悪戯に輝く赤い瞳が覗いていた。

 途端、アクイラの脳内で過去のレーヴの言葉がよみがえる。


 ——悪魔憑きは、なにも殺されるまで暴虐の限りを尽くすわけではないわ。正気を取り戻すことはあるの。そして、私はその事例を実際にこの目で見たことがある。


 続いて彼女は、何と言っていたのだったか。


「——……レーヴさんとミスラさんが、特別可愛がっていた子……」


 ぽつり、と落とされたアクイラの言葉に、ヘルが目を見開いた。


「俺のこと、あの人たちから聞いているの?」

「はい、名前は伏せられていましたが……。待ってください、俺、あなたと初めて会ったときにレーヴさんに相談したんです。そのときにレーヴさんが動揺したのって」

「……俺が長らくあの人たちから逃げ回っているから……」


 赤い瞳に気まずさを湛えて、彼はそっとアクイラから目を逸らした。

 スルトが心配そうに、アクイラとヘルの間で視線を滑らせる。


「あなたがいつ、兄を殺すか。それについても、レーヴさんに聞いちゃいました」

「随分と強力な助っ人だね……」


 彼は諦めたように笑って、アクイラを催促する。


「それで、その問いの答えは?」

「……レーヴさん曰く、兄が他人を殺してしまったときだと」

「そう」


 ゆっくりと頷いた彼は、にっこりと笑って付け加える。


「それが最終結論?」


 アクイラは少しだけ考えた。あのとき、レーヴはもう一つの可能性を提示しようとしていた。それを口にする前にその言葉を呑み込んでしまったようだから、言うべきタイミングではなかったのか、余程不謹慎なものであったのか、それともアクイラへの配慮の現れか。

 そもそも、いまいる悪魔憑きが異常に少ないことも引っ掛かるのである。それこそヘルが殺していると考えるのが妥当だが、決定的な理由がない限りは殺しを行わないような人であるのはレーヴからの信頼を考えても分かることである。

 それならば、何故悪魔憑きの数はここまで少ないのか。


「……もしくは兄が、自身を殺してほしいと願ったとき、ですか」


 ぽつり、と零れた言葉は、嫌に静かに響いた。

 いつの間にか落ちていた視線を持ち上げてヘルを見れば、彼は赤い瞳を細めて静かに笑んでいた。


「正解だよ」


 凪いだ表情で肯定を落とした彼に、アクイラがまず感じたのは鈍い胸の痛みだった。


「今までずっと、ヘルさんだけがそれをしてきたんですか」

「俺がやるしかなかったからね」

「皆、あなたにそれを頼んできたんですか」

「皆ではないよ、レイナードは頼んでこなかった。完全に存在が安定するまでの一年間を切り抜ければもう部分的に正気を取り戻すことはなくなるから、そういった意味では、お前の兄、フィニクスも一つの峠を越えたね」


 何故、笑っていられるのかが分からなかった。

 悲しいのだと、辛いのだと言ってくれなければ、慰めることもできないのに。それともスルトにだけは言えるのだろうか。この二人の親し気な雰囲気からして、スルトが以前言っていた幼馴染とは彼のことで間違いなさそうであるから。


「ねえ、アクイラ。お前は兄のために、全てを捧げる覚悟はある? 兄がどう変化していようと、その本質は変わっていないと言い切ることができる? それを見つけ出せるほど、お前は兄との時間を大切にしていたと、そう言える?」


 穏やかに連ねられる言葉に、アクイラはそっと瞬きをする。そして、彼の赤い瞳をまっすぐ見つめて頷いた。


「俺は、誰よりも兄に見守られて育てられました。それと同じだけ、俺も兄を見て育ってきた。兄のことに関しては、誰よりも知っている自信があります」

「……そう」


 だから、できることならヘルに、もう誰も殺させたくはなかった。

 レーヴが一等可愛がっていただけあって、彼の仕草は彼女によく似ていた。瓜二つの穏やかな気質も相まって、どうにも見捨てられないのである。


「頑張るんだよ、アクイラ。何をすればいいのか、当事者だった俺にも分からないけれど。それでもやるしかないからね」


 そっと指先で髪を梳かれて、その気持ちよさに目を細める。


「スルトはもうしばらく話したらそちら(第二塔)に帰すから、先に他の仲間に伝えに行っておあげ。きっと心配しているから」


 彼の言葉に従って立ち上がったところで、アクイラはハッとする。


「あなたのことを、詳しく教えてくれるっていう約束は」

「もう十分に話したと思っていたけれど」


 困ったように笑った彼が、ぴ、と人差し指を立てる。


「次に会ったときにしよう。これからそれを話すとなると、スルトを帰すのが遅くなる」

「絶対ですよ」

「うん。前はあんなに面倒くさそうだったのに。……ああそれと、今日ここで俺と会ったことは内緒だよ」


 立てた人差し指を口元に持っていったヘルに、アクイラは小さく頷いた。



 ぺこりと頭を下げて挨拶をして、身を翻していった彼の華奢な背中を、二人の視線がそっと追いかける。

 その姿が完全に見えなくなったころ、ぽつりとスルトが隣のヘルに問いかける。


「なあ、なんでアクィーラからずっとヘルさんって呼ばれてんの? 自己紹介のときにヘルって名乗った?」

「……たくさんの同胞を殺した俺が、太陽(ヘリオス)の名を名乗っていいわけがないからね。それがレーヴさんとミスラさんがつけてくれた名ならなおさら」

「……そうかなあ……」


 そうだとしても、ヘル(地獄)なんて名前は彼には似合わないと、スルトは一人密かにそう思った。

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