62.
ビーマとの訓練もきつかったが、まだ武器だけしか扱わなかった分楽だったのだと気が付いたのは第二塔に来てからである。
異能ありの訓練では予想外のところから雷撃が飛んでくるわ、異能でつくられた武器が切りかかってくるわ、そうかと思ったら物理で蹴りや拳が飛んでくるわ、短時間でアクイラの脳は処理落ちしてしまうのに、決してヴァルグルが攻撃の手を緩めることはないのである。加えてアクイラは彼の扱う技を盗むために観察しなければならないので、単なる戦闘訓練より重労働だった。
そうした過酷な訓練において、訓練の終了を意味する昼食の到着は本当に神の啓示かと思うほどありがたいものである。
大抵アクイラよりもヴァルグルの方が先に気が付いて、訓練は緩やかにクールダウンへと移行し始める。そして、ユーフォニアが鍛錬場に顔を出すころには訓練は完全に終了しているのである。
今日も今日とてヴァルグルの攻撃の鋭さが消え、アクイラは息を荒げながら心の底から安堵を覚えた。
もう動けないと叫ぶ体に鞭打って、鍛錬場を出るヴァルグルの後に続く。テーブルについて料理を目の前にしてしまえば、アクイラの手はどんなに疲れ切っていても口へと食事をもっていってくれる。
そして全てを終え、食後のお茶を飲んでいるとき、ヴァルグルが思い出したかのように声を上げた。
「そろそろじゃね? スルトの生中継」
「あー……確かにそうですね」
確かに昼頃に撮影で、その後に関係者に配られる弁当があるのだと、それがとても楽しみなのだと言っていた。
ユーフォニアがテレビの電源をつけると、ちょうど画面に大きくスルトが映っていた。
「アイツカメラに近づきすぎじゃね」
「サングラスがカメラに当たる音がしたわ」
テレビの中、同僚に見守られているスルトが、楽しそうに笑っていた。
「今日は神継ぎのフィジカルについての番組でしたっけ」
「そうそ。最初の頃は企画自体ぬるかったのに、最近は容赦ないんだよな」
「私はこの間、『全方位から乱射される銃弾を素手で捌く番組、どうですか』って聞かれたわ。スルトじゃあるまいしできないって答えたのだけれど」
「頑張ればユーフォニアもできんじゃね?」
「銃弾には耳がついていないから無理ね」
二人の会話に耳を傾けながら、アクイラは画面の中のスルトを見る。
飛び上がったり走り回ったり、CGによって作成された到底人間にはできないような動きをその場で見せられて、彼はその通りに体を動かしていた。
人ならざる動きをする彼を、共演者は羨望や驚嘆、感心の眼差しで眺めていた。アクイラからしてみれば、この後の弁当に向けてお腹を空かせようと動き回っているようにしか見えない。その温度差がシュールであるのだけれども。
「えっマジでスルトがやらされるんじゃん、銃弾素手捌き!」
「撃つ方が完全防護服で撃たれる側が薄い衣服一枚って、安全面的にどうなのかしら」
不正をしていないことを示すためなのか、裸足ですらあるスルトを見て、ユーフォニアが僅かに顔を歪める。アクイラもそっと頷いて同意を示した。
「でも、さすがにエアガンみたいですね」
「あれ結構威力出るやつじゃね。しかも連射型」
まじまじと銃を観察していたヴァルグルが、銃弾握るだけでも痛そ、とわざとらしく両腕をさすった。
画面の中では、試しに一発だけ撃ってみて、とスルトが無邪気に強請っている。その要望に応えて撃ち込まれたBB弾が、いとも簡単にスルトの拳に掠め取られた。なるほどね、おっけおっけと軽く頷いたスルトが、どこからでも来いと胸を叩く。
三十秒間、彼はエアガンを捌き続けるらしい。画面の端にタイマーが設置されていた。
満を持してカウントが始まり、電動ガンのモーター音と弾の発射音、スルトの素早い動きによる布ずれの音を、マイクが拾った。どのような受け止め方をしているのか、弾を握り込むときに、目立った音は何一つなかった。
十秒。彼は動かずにいるのも絵的に面白くないと思ったのか、その場で体を自由に動かし始めた。
「あーあ。ありゃ撃つ方の負担がやべえな」
「突っ立っていることに飽きたのかしら」
二十秒。彼は少しずつ場所を移動し始め、銃弾の軌跡が彼の動きに合わせて右往左往していた。ヴァルグルは苦笑いでそれを眺めつつ、お茶を一口すすった。
二十七秒、二十八秒、二十九秒。
順調に秒数を重ねて、そのまま何事もなく終わるかと思われたその企画は、しかし三十秒になる直前、破裂音ともとれるような甲高い衝突音とともにピリと空気が張り詰めた。
静まり返った現場に、タイマーの無機質な音が響く。
それに隠されるようにして、硬い何かが地面に落ちる小さな音を、アクイラは確かに聞いた。
「……アイツ、わざと当たったぞ」
「しかも、わざわざ最後の一弾を選んだわ」
何が起こったのかまるで見当もつかないアクイラとは違って、ヴァルグルとユーフォニアは正しく理解したらしい。
否、アクイラも見えてはいた。
BB弾が、スルトのサングラスを弾き飛ばしたのを、アクイラは確かに見た。
油断などではないだろう。パフォーマンスの一環としてでもない。スルトはそういったことを考え着くような人ではないのだ。
それではなぜ、わざわざ自らBB弾に当たりにいったのか。なぜ、サングラスを弾き飛ばすようにBB弾に当たりにいったのか。
無機質な長方形の中で、スルトが目元を覆ってしゃがみ込んでいる。
まさか、BB弾が目元を掠りでもしたのだろうか。
そうアクイラが心配しながら見つめる先、目元を片手で押さえて俯いていたスルトが、ゆっくりとカメラの方を振り返った。
その指の隙間から、まっすぐとカメラを捉える瞳の色。
「……あか……?」
動揺したように画面が揺れた。
現場が叫び声に満たされた。
それもそのはず、赤い瞳は悪魔憑きの象徴である。
それでも、アクイラは知っている。輝きが違う。深みが違う。スルトの瞳は、悪魔憑きのそれではない。
叫び声、罵倒、それにかき消されるようにして聞こえた、スルトの身を案じる純粋な心配の声。
それらすべてを打ち消すように、画面が真っ黒に包まれた。
生中継が予告なく打ち止めされたのである。
「……あのおバカ、何を考えているの? 世間はまだあの色を許してはくれないのに」
心臓が痛むほどの緊張感を湛えて、ユーフォニアが呟いた。
それに返せる言葉を、アクイラは持ち合わせてはいなかった。




