61.似て非なる赤
第二塔は、広報担当の塔である。
彼らの業務は一般人に神継ぎという存在を広く周知させることで、映像作品への出演はひっきりなしに舞い込む。そのための遠征でヴァルグルたちは第二塔を代わる代わる不在にすることもままあった。
今日はスルトが生放送に出るらしい。彼はあの性格で、尚且つ目立つ炎の異能であるためか子どもたちにも親世代にも、引いてはその上の世代にまで絶大な人気を誇っている。その人気目当てに、彼はそういった撮影には引っ張りだこなのである。
「アクィーラ! 俺行ってくるね!」
「はい、いってらっしゃい」
玄関に続く広間にいたアクイラに元気よく挨拶をしたスルトは、アクイラの返答に嬉しそうに笑った。そのまま彼が扉を開けると、温かな日差しと温かな風が室内に舞い込んでくる。
楽しそうに駆けていく彼の後ろ姿を見送って、アクイラはそっと扉を閉める。今日も今日とて、ヴァルグルとの戦闘訓練が待ち受けていた。昼食はユーフォニアがデリバリーを頼んでくれたから、恐らくその配達が訓練終了の合図となるのだろう。つまり、それが来るまでは終われない。
バチッという鞭打つような音とともにアクイラの視界はぶれ、次の瞬間には鍛錬場の中にいた。
ヴァルグルが先日教えてくれた、雷の異能による高速移動である。電気を通しやすくなるプラズマ化を利用して目的地までの導電路を作り、雷エネルギーで満たした体を電気的に引き寄せるようにして移動するのだ。気象現象の雷と同じ原理である。おかげで第五塔の任務のたびにルディヴィーに来てもらわずともよくなった。
「コラ、短い距離の移動が面倒だからって異能使わない!」
「でも使わないと忘れちゃいます」
すぐさま飛んできたヴァルグルからの叱責に、アクイラは負けじと言い返す。この後嫌というほど体を動かすのだから、例え屁理屈をこねようともできるだけ体力は温存しておきたいのである。それによって温存される運動量が微々たるものであっても。
「こうなるから高速移動は最後に見せようと思ってたのに!」
「俺が催促したくらいで揺らがなければよかったんじゃないですか?」
「ヴィーちゃんからの圧力もかかってたんだよ!」
負けてやんの、と思わなくもないが、アクイラは大人しく口を噤む。火に油を注いでも訓練がハードになるだけなので。
「……あと何が残ってるんですか、ヴァルさんの技」
「なーにその教わるだけ教わって早くお家に帰りたいみたいな!」
「思ってませんけど」
早速面倒になってきたアクイラは、この場にスルトがいないことを悔やんだ。彼がいれば、大体のことは彼が意図していなくとも丸く収まるのである。
いっそ高速移動でとんぼ返りしたいところだが、以前それをやったら高速移動を駆使した追いかけっこが幕を開けてしまったので、もう二度としないと決めている。
悩んだ末に、アクイラは虚空を裂いて背後から無数の雷の剣や槍を出現させた。
ヴァルグルがそれに気が付いた瞬間にはすでに、彼に向ってそれらが一斉に降り注いでいた。
「——やだアックン! 無作法!」
「この間俺がここに来た瞬間にこの技をかましてきたのはどこの誰ですか!」
「第二塔の俺だね!?」
轟音にかき消されないように、自然と声が張る。全ての攻撃が相殺され、土煙からヴァルグルが飛び出してきた。
眼球すれすれに迫りくる刃先を最小限の動きで避け、視界の先で捉えたヴァルグルの頭の後ろに巨大な槍を出現させる。しかしそれが彼の頭を貫く前に、ヴァルグルが体をひねって右足を振り上げ、横から突くようにして遠くへと飛ばしてしまった。
「質量が足りないんじゃなあい、アックン? お手本見せてあげようか?」
「見ただけじゃ重さなんて分かんないんですよ」
挑発するように笑うヴァルグルに、アクイラは僅かに首を傾げるようにして返す。そっかそっか、と頷いているヴァルグルに眉を顰めた瞬間、アクイラは首筋が焼けるような緊張感を受けて背後を振り返った。
眼前いっぱいに広がる紫電の刃先は、アクイラの顔よりも大きく、三叉に分かれていた。
避けられない、と瞬時に思った。
受けきれない、と次に思った。
そう悟った瞬間、アクイラは咄嗟にワシに変身した。この姿は雷のエネルギーを吸収してくれる。故に雷に身を割られることはない。
しかし、衝突時の衝撃はそうもいかなかった。
身を潰されるほどの圧力に、アクイラはただ耐えるしかない。体の外に向けてエネルギーを放出することで、ほんのわずかでも力を弱めることが限界だった。
「——ど、覚えた?」
長いようで一瞬の時間を耐えたアクイラが人間姿に戻って息を荒げていると、ヴァルグルがそうしゃがみ込んで聞いてくる。まだ立ち上がれずに地面に這いつくばるようにして膝をつくアクイラと視線が交わった。
「……びっくりしました……」
「そ? でもマジで情報処理速度上がったんだな。ワシになるとは思ってなかったわ」
雑に頭をかき回されて、アクイラの視界がぐわんぐわん揺れた。
ヴァルグルが立ち上がって壁際に向かい、何かをもって戻ってくる。差し出されたのは、カップに入った飲料水だった。
「それ飲んだら再開な」
カップを受け取って水面をじっと見つめるアクイラを他所に、ヴァルグルは豪快に三口でカップを空にする。
「時間かけて飲んだりすんなよー?」
「……分かってますよ」
良からぬことを思いついた瞬間に先回りしてそれを止められ、アクイラはそっと視線を逸らした。腹をくくってカップに口をつけ飲み干した後、アクイラはダメもとでヴァルグルを見上げる。
「……ヴァルさん、——」
「まだいつもの半分も動いてないから止めねーぞ。スルトの生放送も午後だからな」
「はい……」
希望は一瞬で打ち砕かれた。




