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57.

「……あの人、ノーシスさんに対してはいつもああなんですか?」

「んー? ヴァルグルさん? びっくりしたでしょ、いつもはいい兄貴分やってるもんね」

「そう、ですね。いつもの十割増しで面倒な絡み方だったというか、……仲悪いんですか?」


 噛みつき返していたノーシスの剣吞な瞳を思い出して、アクイラはおずおずと聞いた。それに吹き出すようにして笑いをこぼしたノーシスは、快活に笑って否定を返す。


「違うよ、三百年かけて構築してきた俺たちなりのコミュニケーションなだけ。純粋な心配だけで俺を構ってくれる人なんていなかったし、俺はあの人好きだよ。俺の性格が悪いのだって出会ったその日にバレたし、俺の前でだけでも素でいろって言ったのはあの人のほう」

「性格悪いんですか……?」

「うん。頑張ってる人の上に立ちはだかるのって楽しいでしょ? 頭脳でも武芸でも勝ち目はないのに、性格までいいってなったら誰も敵わない。だから俺は博愛主義みたいなツラして人間時代は過ごしていたし、実際めちゃくちゃ楽しかった」

「すごい擬態ですね」

「んねーホントに。心の中はともかくとして、ちゃんとガワは聖人君子やれてたからね。俺も俺にびっくり」


 ゆっくりと階段をのぼりながら、ノーシスがけらけらと笑う。


「ヴァルグルさんが俺の楽園に来たのは十歳くらいの頃かな。俺はあの場で神みたいな扱いを受けていたけど、実際の神継ぎと比べられたらやっぱ一人間はかすむじゃん? しかも相手はテレビでブイブイ言わせてる子どもの憧れ。当然皆そっちに流れるよね。二週間しかいられないって話だったし」


 懐かしむように瞳を細めたノーシスを、アクイラは横目で盗み見る。


「俺は全く面白くなかったけど、それを表に出すのも癪だからそれなりに会いに行ってた。でもあの人、俺を出迎えたときにはムカつくくらいににやにやしてて、喋ってる間もにこやかに相槌を打ってたのに、唐突に『随分と可愛くねえガキだな』って言われて。は? って思ったら次の瞬間には頬を引っ張られてた」

「痛そうですね……?」

「マジで痛かった。子どもの頬だからびよんびよん伸びて助かったけど、今やられたら千切れてんじゃないかな」

「なにそれこわ」


 随分と恐ろしいことをさらりとのたまう彼を思わず凝視する。ヴァルグルは力加減の配慮を忘れてしまったのだろうか。


「情けない声を上げて耐えた俺がちょっとばかりの恨みを込めて睨み上げたら、『お、ちゃんとガキの顔』って笑われた。そこからまあ非難と嫌味と少しばかりの心配を含めた煽り煽られの応酬だけど、三百年も俺より長生きしてる人とじゃ話にならないよね。丸め込まれる。あ、今なら勝てるよ。何せ俺には英知の神がついてるし」


 ドヤ顔でアクイラを流し見たノーシスに適当な相槌を打ちながら、このまま最上階まで行くつもりだろうかとふと考える。確かそこには、ユーフォニアが入り浸る専用スペースがあったはずである。未だ一度も踏み入れたことのない最上階を、このタイミングで訪れることになるのだろうか。

 他所に逸れかけた思考が、ノーシスの声に引き戻された。


「確かに言いたいことばっか言えるのは楽しかったけど、二週間はあっという間に過ぎてまたいつもの日常に戻った。そのまま俺は二十歳を越えて、そして何の前触れもなく神を見た。強いて言うなら、ヴァルグルさんがまた近くに来てるっていうから顔でも見に行こうかとしてたくらい」


 話を聞く限り、ノーシスからのヴァルグルへの好感度が際限を知らないように思えるのだが、それがどうして先程のやり取りになるのか。

 アクイラは一人こっそり首を傾げる。


「人間だったら知ることのなかった世界の真理を手加減なしに脳内に放り込まれて、俺は処理不能に陥って気絶したみたい。次に目を覚ましたらベッドの上で、部屋の中にはヴァルグルさんがいた」

「ヴァ……え? 本当にいたんですか?」

「ほんとほんと。神継ぎになるときの演出って派手だからね。近いからって対応に向かったヴァルグルさんも、それが知った顔だから驚いたって言ってた」

「世界って狭いんですね……」


 そもそも最後に会ったのが十年も前なら面影もそうそう残っていないだろうに、ヴァルグルもよくノーシスだと分かったものである。


「起きたときには俺泣いてたんだけど、あ、神聖な感じでね? こう、ハラハラと。なんだけど、それをいくら脳が混乱して涙腺が誤作動を起こしてるんだって言っても誤魔化されてくれなくて」

「誤魔化すって言っちゃってますよノーシスさん」

「しかも挙句の果てには『まーたつまんねえ顔してんね』だよ? 人の顔見て失礼だと思わない?」

「ソウデスネ」


 アクイラはここ最近(第二塔)で習得した、面倒になったら適当に肯定しておくという技を行使した。


「でもね、思ったままに言葉を返すって、本当に楽しくて。小さいころ俺は確かにこうやって笑ってたなって思い出せるから、あの人の挑発も懐柔も、全部心地いいし面白い。俺たちはきっと、永遠にクソガキのままでいるだろうけれど、それでもいいかなって思えるくらいには、今の関係を気に入ってる」

「……さっきのノーシスさんの返答、明らかに気に入ってる人の反応じゃなかったですよ」

「いいんだよアクイラくん。千差万別の人がいるように、付き合い方にも千差万別がある。いつか分かるときが来るかもしれないし、来ないかもしれない。全ては巡りあわせだからね」


 妖しく笑ってそう言ったノーシスは、最上階の踊り場を抜けて、一つの扉を静かに開ける。

 中からは、美しいヴァイオリンの音がしていた。


「さあ、アクイラくんが聞きたいこと、何でも答えてあげようか」


 そういってふかふかの赤いカーペットに足を踏み入れた彼は、迷いなくすたすたと歩みを進めていった。

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