54.
「恐らく、私の身にあった欠陥とは一度死んでしまったというその事実でしょう。死体に魂を詰め直すなど、正気の沙汰ではないですから」
そう締めくくったレイナードは、そっとノーシスと視線を合わせる。それを受けて、ノーシスも頷く。
「そうでしょうね。過去、悪魔憑きと呼ばれた存在は皆、一度人間としての生を終えてから神権を授けられたか、あるいは身体的に不足があったかのどちらかです。レイナードさんは前者で、貴方がたの頭領は後者」
「……もう一人の、フィニクスは。最近現れた炎の」
「アクイラの、お兄さん?」
ノーシスからの開示をかみ砕いていたレイナードが、思案気にもう一人の名前を挙げる。その名にいつかの記憶がよみがえったアマニの口から、ぽろりと音が零れた。
それに正解だというかのように視線を合わせて頷いたノーシスは、すぐにアイスブルーをレイナードに向けた。
「彼は前者です。一年前、彼が住んでいた集落で大爆発が起こったことは知っているでしょう? あれは彼の仕業だとされていますが、実際には違います。ただの事故でした」
あの日、爆発が起きた原因を実際に目にしたのはフィニクスただ一人だった。他の村人はみな爆発が起こってから事態を把握したものばかりで、真実などいくらでも捻じ曲げられた。
しかし、ノーシスは知っている。見ていなくとも、世界が彼にあらゆる情報をもたらす。
「農機具の老朽化のせいで燃料が漏れていたんです。そして不幸にも、彼がそれに気が付いた瞬間に、倉庫に充満した燃料蒸気に静電気で引火しました。爆発に巻き込まれた彼は一度死にましたが、けれどすぐに炎威の神によって意識を引き戻されます」
脳内で膨大な情報を整理しつつ話しているのか、ノーシスの視線は段々伏せられていく。
「急速に広がる燃焼反応を、彼はその身で飲み込んで押しとどめました。すべては近くで己を待っている弟に被害がいかないために、周囲の村を焦土にしないために。この時点で理性はないですから、人間時代の名残でしょうね。しかし通常の爆燃であれば起きないはずの爆風が、高濃度の燃料蒸気によって生まれて外へと音速で向かっていた。彼はそれを己の異能で迎撃しようとして、しかし全てを捌ききれずに被害を出しました。爆風に煽られて家屋に引火したところもあったようです。そして、この一連の事故は彼の仕出かした事件にされました」
「悪魔憑きへの畏怖と憎悪を高めるために、ですか」
簡単にまとめられた事の顛末に、エヴレナがぽつりとこぼす。
それに軽く頷いたノーシスは、さらに続けた。
「俺には事実を公表する術がありません。ミスラさんと交わした契約があるので、神権を介して情報を得ている以上制約がかかります」
己の不甲斐なさに悔いるような声音は、次の瞬間には切り替えられていた。
「とにかくレイナードさんはもう正真正銘悪魔憑きではありません。ですが、俺は一つ、貴方に頼みたいことがあります」
「……なんでしょうか」
レイナードの赤い瞳を真摯に見つめ返して、ノーシスは口を開く。
「貴方にはこれまで通り、悪魔憑きのアジトで生活していただきたいんです。理性を取り戻したことを政府には伏せたまま、これからも過ごしていただきたい」
意図を図りかねたレイナードが、そっと一つ瞬きをした。
「俺の脳には、この世界でのありとあらゆる事象が随時届きます。レイナードさんが悪魔憑きでなくなった瞬間、俺は政府の監視塔を攻撃して情報を書き換えました。ですからまだ、ここにいる五人以外は真実を知りません」
「……何故、そこまでして真実を隠そうとするのですか」
レイナードの尤もな疑問に、ノーシスは一つ瞬きをする。
「俺が全てを知っているからです。この世界についてを、俺は誰よりも知っている。そして政府の上層部は今も昔もずっときな臭い。書類上と俺の神権情報では、政府の人間の生死が合致していないことなんてざらです」
「それは……私たちが知らないうちに、政府内では殺人が起きているということですか?」
よく理解できなかったアマニの確認に、ノーシスは小さく笑った。
「ううん。その逆かな。書類上は死んでいて、俺たちにもそう周知されているのに、実は生きているってこと。しかも人間の理を越えた数百歳の状態で」
「どうやって……?」
それはもう、人間ではなくて人外に近い存在ではないのか。
驚きに言葉を失っているアマニをちらと見たレイナードが、静かに口を開いた。
「私はこれまで通りの生活で構いません。むしろ最近は、フィニクスがようやく話せるようになったので会話を楽しんでいるところだったんです」
「……後輩イビリですか?」
「失礼ですね。ただ純粋に談笑しているだけです。……それに、貴方の言うところの私たちの頭領は、少し背負いすぎていますから。これまで受けてきた恩を、私は返さなければなりません」
「そうですか。……一応、息抜きの場はあるっぽいんですけどね」
ノーシスとレイナードにしか通じないような話をされても、それが誰なのか深く踏み込めるような雰囲気ではなかった。
アマニと視線が合ったヘルモーズが少しだけ肩を竦めてみせてから、再び二人の会話に耳を傾けていた。
「貴方が何を企てているのか、私には教えてくれないのでしょう?」
「結末ならお教えできますよ。俺たちはただ、皆が平等に扱われる世界を目指しているだけです」
案外あっさりと口を割ったノーシスは、視線を宙に向ける。
「マイノリティだからといって迫害されるわけでもなく、異能者だからといって全てを押し付けられるわけでもないような、弱者も強者も等しく犠牲にされることのない世界のために、俺たちはいつだって最善手を選び取ります。結末は一つだけですから、どうぞ安心して動いてくださいね」
不遜ともとれる言葉をにこやかな笑みと共に放ったノーシスと目が合った。その含みがある視線に、アマニはふと感じた既視感を確信する。塔に来たばかりの頃、レーヴが語った夢も似たようなものだったのだ。彼の言う俺たちの中には、少なくとも彼女が含まれているのだろう。
それ以降、特に実のあるような話はせずに、おつまみがないから物足りないという理由で彼らは解散した。
世界は何も知らずに、ただ営みを続けていた。




