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49.兄妹は、ずっと一緒に

 できうる限り優しく摘み取った妹の魂は、レイナードの手の内で煌々と揺らめいていた。

 しばらくそれをまじまじと眺めて、そして彼は彼岸への道を開いた。どうにも手中の魂を彼岸に放り投げて終わりにする気にはなれなくて、レイナード自ら引導を渡そうと思ったのである。


「妹……いもうと。結局、私は貴方の名前すら知りませんね。貴方が何をしたかったのかも、私にはさっぱり……」


 ゆっくりと歩みを進めて、自ら摘み取った魂に向かって語り掛ける様は、傍から見れば滑稽に映るのかもしれない。けれどこの場には自分しかいなのだからいいだろうと、レイナードは誰にともなく言い訳をした。

 そう、思っていたのだが。


「——兄様なら、そうしてくれると分かっていました。長く続く苦しみを、一瞬で取り上げてくれると。最期の瞬間まで、ともにいてくれると。やはり貴方は、(わたくし)の兄様なのですね」


 するりと彼の手の内から意思をもって逃げ出した魂が、妹の姿を形作り、さらには声まで発したのである。

 レイナードは驚きに目を見張って、その靄がかかったかのように輪郭があやふやな妹を見た。その視線を受けて、エヴレナは美しく微笑んでいた。


「貴方……死んだのでは、ないのですか」

「ええ、間違いなく。(わたくし)がどのような位置づけのもと兄様の前にいるのか、(わたくし)自身もよく分かりません。ですがそれは些末事でしょう? 大事なのは、(わたくし)がいまこの場に、貴方とともにいるということ」


 彼女はその手のひらをそっと兄へと伸ばし、彼の胸の上にかざした。


「兄様の異能で、(わたくし)の魂は摘み取られたのでしょう? そしてそれは、(わたくし)の生命に対する干渉とみなされます。強制的に迎える死は、生命にとって最大の干渉です」


 静かに言葉を紡いでいくエヴレナは、実体をもたない魂であるはずなのにそこはかとなく腹の底を恐怖で震わせてくる。

 ひたとレイナードを見据える半透明のエヴレナの瞳が、紅の光を帯びた錯覚さえした。


(わたくし)はその最大の力をもってして、貴方をここ(彼岸)に繋ぎとめてみせましょう」

「何を……? 貴方は治癒の神継ぎではないのですか」

「いいえ、兄様。(わたくし)は確かに、治癒を専門としておりますが……」


 ぐ、と彼女の体が近づいてきて、手のひらが一層強く胸に押し当てられる。

 否、彼女の腕が、レイナードの胸を割って、体内に侵入している。


「神権は、命脈です」


 ()()()()()()()()ことに気が付いたレイナードは、即座に彼女の腕を掴んで引きはがそうとする。けれど彼女を掴もうとしたレイナードの手は虚しく空を切り、何も掴めない。


(わたくし)をこのまま彼岸に放り込めば兄様も道連れです。貴方の異能のように正規の手順を踏んでいないので死にはしませんが、魂は永遠に彼岸に留め置かれることになるでしょう」

「放していただけますか……!」

「絶対に放しません。貴方が放り込まずとも、(わたくし)が引きずってでも彼岸に連れていきます。これまでが上手くいきすぎていたのです、巡り合わせによっては、貴方は確実に人を殺していた」


 くるりと踵を返して彼岸から離れようとするレイナードの背後から、彼を逃がさんと細腕が追いかけてくる。


(わたくし)は兄様も大事ですが、仲間も同じくらい大事です。潔く、(わたくし)と共に死にましょう?」

「いいえ、死ぬのは……」

「兄様だけ、なんて言うのなら、例えうわごとだとしても許しません」


 ハッとしたような顔で信じられないように己の口元を塞いだレイナードは、身に覚えのないことを口走ろうとした己にひどく困惑しているようだった。

 その一瞬の戸惑いの内に背後から頭を抱えるように彼を抱きしめたエヴレナは、そっと瞳を伏せて微笑む。


「……兄様。本来この世界では、貴方は恐れられる存在なんです。価値観が合わなくて、分かり合えなくて、知ることができないから、人間は貴方を恐れて、遠ざける。でも(わたくし)は、兄様とこうしてまた話せて嬉しくなってしまったんです。例え貴方が(わたくし)のことを何も覚えていなくても、兄様の本質は変わらないから」


 レイナードは、エヴレナを振り払うことはしなかった。しようと思ってもすり抜けてしまってできないだろうけれど、そうしようという気持ちすら湧かなかった。

 彼岸は、二人のすぐそばまで迫っている。


「兄様の心臓を無理矢理にでも動かしてくれてありがとうって、貴方の悪魔に感謝したくなるんです。きっと政府の人はそう言うことすら許してはくれないでしょうけど、でも、(わたくし)は、兄様が大好きだから……」


 黙って、背後の妹の顔を窺うことすらなく、レイナードは視線を落としていた。

 自分の顎の下で交差された細腕に手を添えると、どこかひんやりとした感触が伝わってきた。特に意味などない、ふと思い至っての行動。


「だからもう、終わりにしましょうね。(わたくし)たちは、ずっと一緒だから……」


 とぷんと、彼岸が二人を呑み込んだ。

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