05.神継ぎと相成りて
「さ、君たちのこれからの話をしようか。ご両親のほうはすぐにお迎えが来るだろうから、あんまりゆっくりできないけど」
しばらく歩いた先、見たこともないような格式高い建物の中を、案内なしでは二度と出られないような複雑な廊下を通って進む。そして通された先で、アクイラたちは重厚感のあるダークブラウンのソファと広い天板の机に出迎えられた。
あまりのアウェイ感に思わず入り口で立ち止まると、一足先に室内に足を踏み入れたノーシスに入室を催促される。
「といっても、君たちの未来はほとんど決まっているけどね」
ソファに腰を落ち着けた面々に、向かいに座ったノーシスは早速話を始める。
一つ、先程の通り、両親の処刑は取り消され、先例に則った一代の衣食住が保証されること。
一つ、アクイラは神継ぎの集まる地に移送され、そこで生活を送ること。
一つ、兄であるフィニクスは、変わらず処罰対象となること。
「人間のご両親ならまだしも、暴走したお兄さんはいくら何でも庇いきれない。前例もあるしね」
「前例?」
「そう。妹が神継ぎで、兄が悪魔憑き。だからこそ、君たちの未来は決まっているって言ったんだよ。境遇が同じなら、歩む道も同じだから。ま、あっちは妹が政府に気に入られてるからちょっと特殊ではあるけどね」
そう肩を竦めるノーシスに、両親がそうですか、と返す。
「アクイラは、その移送された先で何をするんですか」
父親の静かな問いかけに、ノーシスは視線を伏せたまま答える。
「防衛戦、ってとこかな。この国が四方八方を防壁に囲まれてるってことは知ってるよね?」
こくり、と頷きを返せば、彼は満足そうにアイスブルーの瞳を細めた。
「あれらは何の意味もなく建てられたものじゃない。外部から侵攻してくる敵から、この国を守るためにある」
「敵? この国は攻撃されているんですか?」
「まあね。正体不明の魑魅魍魎。どこで生まれたのかも、どうしてこの国を攻撃しようとしているのかも分からない、意思疎通の取れない異形がこの国の外にはいるんだよ」
アクイラの知らない話だった。この世界は、四百年前に大規模な戦争が終結して以来、平和そのものだと教えられていた。
「まあ君らが知らないのも無理はないし、それも偏にアクイラくんの先輩たちの努力の結晶なんだけどね」
肩を竦めてみせるような動作の後に、ノーシスはひたりと真剣な色を宿してアクイラを見た。
「あと、もしかしたら悪魔憑きの討伐にも駆り出されるかもしれない」
アクイラはゆっくりと瞬きをして、そして掛けられた言葉の意味を咀嚼して目を見開いた。
「君らも見たよね、さっきのアクイラくんの動き。到底人間には太刀打ちできない。あれと同等の力をもつ悪魔憑きには、同じ条件下にいる神継ぎしか相対できないよ。まあ、俺みたいな戦闘特化じゃない異能は、まず戦闘の場に出されないけどね」
「……それじゃあ、俺は、兄さんをこの手で殺さなくちゃいけないんですか」
「可能性はある。でもね、悪魔憑きは滅多に俺たちの前に姿を現さないから。だからきっと、君がお兄さんに手をかける確率は限りなく低い」
気休め程度の言葉だった。それでも、アクイラはそうであってほしいと切に願った。可愛がってくれたその温度をこの手で失わせたくないし、もう二度と、兄に空っぽな瞳で見られたくない。
「それに、基本は」
「——ノーシス」
部屋の外から聞き覚えのある声がした。
いつ聞いたのだったかとアクイラが内心首を傾げているのを他所に、ノーシスがパッと扉の方を向く。
「あ、ご両親のお迎え? 入っていいよ」
気安い声でノーシスが返して、ゆっくりと扉が開いた先にいたのは。
「……あ、スープのお兄さん」
「さっきぶりだな」
ノーシスが軽く吹き出す声がしたけれど、アクイラは気付かなかった振りをして扉口の男性に頭を下げる。
彼は小さく頷いて、視線をノーシスに移した。
「やっぱりこうなったんだな」
「俺の読みが外れたことなんてないでしょ?」
ノーシスと軽く言い合いながらこちらに近づいてきた男性は、両親と目を合わせて退出を促す。後ろ髪を引かれるようにしながらも大人しく従う二人は、最後にアクイラにハグをして去っていった。
「“一夜にして家族がバラバラになっちゃったな”」
ぼうっとその姿が消えた扉のほうを見ていると、向かいのノーシスから声が飛んでくる。
世界が唐突に引き寄せられたような感覚にアクイラが僅かに肩を揺らすと、ノーシスがからからと笑った。
「あ、当たった? 俺人の心までは読めないからさ、一か八かだったんだけど」
向かいから送られる得意げな視線から意識を逸らす。
「そんなに沈んだ顔をしなくても、申請すれば会いに行けるよ」
「むしろ申請が必要なんですか」
「まあね。なんてったって、俺たちは選ばれた神継ぎなんだから」
俺ちやほやされんのは好きだけど、こういうあからさまな特別扱いは好きじゃないんだよね、なんてぼやくノーシスを眺めていると、かちりとアイスブルーに視線を絡めとられた。
「ま、ミスラさんたち到着するのに時間かかるみたいだし、聞きたいことでもあれば何でも答えてあげる」
どこからでもどーぞ、と言わんばかりにソファの背に深く体を沈ませたノーシスが、緩く笑む。こうしてみると、冷たいばかりと思っていたアイスブルーの瞳も柔らかくなる。
「……ミスラさんたち、っていうのは」
「ああ、正確にはミスラさんとヘルモーズさん。契約の神継ぎと護魂の神継ぎね。新しい神継ぎが誕生したときに、政府と神継ぎの間で契約を結ぶんだよね。私は政府に不義理な真似をしませんとかなんとか」
「破ったらどうなるんですか?」
「さあ。史伝では体が弾け飛ぶとか一生逆らえない手駒にされるとか言われてるけど、真偽は不明。市場に出回ってるそういう娯楽は大体嘘っぱちだからね」
ふうん、とアクイラの相槌がこぼれる。
「みんな、子ども時代に一度はそういうのを読んで憧れるんでしょ? アクイラくんは誰に憧れたの?」
「……本当に話さなきゃいけませんかそれ」
「もちろーん。俺さあ、いままで神継ぎの中で最年少だったわけ。やっと先輩面できるから嬉しいんだよね。君が憧れたっていう神継ぎのあることないこと教えてあげるよ」
にこにこと笑うノーシスを二度見して、アクイラはその悪い笑みにきゅっと顔を歪めた。
「あることだけ教えてくださいね。そんなんじゃ後輩に懐いてもらえませんよ」
「えーそれはヤダ。先輩への嫌がらせと後輩からの好感度か……。まあそれはいいや。で? 君の憧れた神継ぎっていうのは?」
諦めの悪いノーシスに、相手が年長者ということも忘れて思わずため息が漏れる。
「……俺、あまりそういったものに触れてこなかったんで、よく言われる推しとかもないんです。みんなが神継ぎ関連の現地中継とか本に夢中になっているとき、俺は兄さんに遊んでもらっていたんで」
「なにそれ、兄弟仲良好すぎない?」
「そうでしょう。まあでも、さすがに学校の狭いコミュニティでそんなこと言ったら空気壊すんで、適当に炎威の方が好きとか言ってましたけど」
「うっそめちゃくちゃアクイラくんの好みから外れてそう!!」
爆笑し始めたノーシスのツボが分からずに怪訝な目を向ければ、何故か余計に笑われる。
「炎威の神継ぎのことろくに調べもせずに言ったんでしょ!」
「まあ、同級生の中ですごく有名だったし、テレビにもよく映ってるっぽいじゃないですか」
「それはそう。なんか人に好かれやすいんだよなあの人」
うーん、と首を傾げるノーシスからは、結局炎威の神継ぎのあることもないことも吹き込まれなかった。
「ノーシスさんは戦闘向きの異能じゃないって仰っていましたよね。やっぱり一定数いるんですか、そういう方」
「あー……そうだね。でもまあ、攻撃力でいったら俺がダントツで最下位なだけで、他の人は自衛手段くらいは持ってるはずだよ。これから来る契約のミスラさんだって、相手に無理矢理契約を取り付けて縛っちゃえばもう怖いものなんてないですよね、って笑ってたし」
「こわ……」
「だからみんな、攻撃手段の皆無な俺を心配するんだよ。狙われたら真っ先に死ぬから。そんで、その構いっぷりがまあ……ウザイ」
言葉を選ぶような空白があったのに、結局吐き出された言葉はかなり棘のある言葉だった。
「内心満更でもなかったりするんじゃないですか」
「いやまあ、構ってもらえるのは好きだけど。愉快犯とかいるわけよ、年の功じゃ俺に勝ち目なんてないのにさ」
「ああ、最年少……実際貴方何歳なんです?」
見た目は完全に二十代前半の若者だけれど、神継ぎは成長が止まるので正直年齢不詳である。
そう考えると、アクイラ自身はこの少年みたいな体型でこれから過ごさなきゃいけないのかと少し憂鬱になる。できればもっと背が伸びきってからがよかった。
「ええー、何歳だっけな。……三百くらい?」
「ふうん、……は?」
耳から入ってきた数字が滑らかに耳を通り抜けそうになって、急いで引っ張り戻す。
「三百……?」
「確か、だけど」
「……ちなみに、神継ぎになったのは?」
「うーん、二十とかだった気がする」
「ですよね」
完全に見た目通りである。
ですよね、ってそれ良い意味?? なんて聞いてくるノーシスに、良いも悪いもないでしょ、言葉通りですよ、と返す。
「三百年もの間、神継ぎは生まれなかったってことですか?」
「まあそういうことになるね。神継ぎって面白くてさあ、豊凶が数百年単位なわけ。神様方は長めの冬眠かましてるんじゃないかって思うよね」
「それ冬眠じゃなくないですか」
アクイラの返答に屈託のない笑いを返したノーシスは、ちらと扉の方を見て、来たかな、と呟いた。
何のことか分からずに首を傾げたアクイラは、しかし扉の向こうから聞こえてきた深く透明な声に、本来の待ち人を思い出した。
「——ノーシス殿。入ってもいいですか」
「はあいどうぞ、ミスラさん」
扉が開いた先にいたのは、黒茶の長髪を緩く括った長身の男性と、全体的に色素の薄い少年だった。




