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45.

 レイナードはヘルモーズの方へと歩みを進めていた。

 彼の視線を一身に受けるヘルモーズも、下からねめつけるようにして視線を返していた。


「何故そうまでして人間を守るのです。ここまで皮膚を裂かれて血を流して、想像を絶するほどの痛みでしょうに。私が貴方の動きに気が付いて攻撃を弱めていなかったら、今頃胴体が泣き別れでしたよ」


 心底不思議そうにそうのたまうレイナードの視線は、ヘルモーズの腹へと注がれていた。

 初撃を受けたときにはなかったはずの深い裂傷から、次から次へと血が零れていく。彼の白い衣服は、すでに赤く滴る液体によって色を変えていた。

 けれども当のヘルモーズは、苦しげにではあるが口角を持ち上げてみせていた。


「ハハ、俺は何度でもアンタの攻撃を受け止めてみせるぜ。俺のしぶとさはアンタも身をもって知ってるだろ。死にたくても死なねえんだ」


 びちゃ、と彼がなんてことないように口から血を吐き出して、ゆっくりと下肢に力を込めるのが分かった。

 そうして、彼は空色の瞳を挑発的に歪めるのだ。


「俺は別に、アンタと我慢比べしてもいいぜ」


 それを温度のない瞳を眇めて眺めたレイナードは、けれども小さなため息をついてヘルモーズに背を向ける。


「まあ、数人固まっているとはいえど人間ですしね。貴方を嬲るのは以前しましたし、もうそれには飽きましたから」


 瞳を伏せながら、レイナードはつらつらと言葉を吐いた。


「——なんて、私が言うと思いました?」


 くるりと顔だけでヘルモーズを仰ぎ見て、人差し指を口元に立てた彼は、そう言って赤い瞳を細めた。

 途端、地面から湧いてくる、まるで生きているかのようにうねる鎖。

 瞬く間に両肩を正面から、脇腹から脇腹へと横に貫通した鎖に、ヘルモーズの口から苦痛の呻き声が漏れた。

 そのまま宙へと持ち上げられ、自重が全て今しがた開いた傷口にかかる。

 体が徐々に引き裂かれる痛みに歯を食いしばった彼は、けれども自分のことは二の次に、今にも一般人に異能を放とうとしているレイナードを見た。

 左の腕を震わせながら、彼は何かを掴もうとするかのように手のひらをレイナードに向ける。


「……すまんな……」


 ほとんど密度のない掠れた声が、ヘルモーズの吐いた息とともに零れ落ちる。

 刹那、レイナードが勢いよくその手を自身の胸元に寄せた。特段外傷は見当たらないのに、彼は苦しそうに眉根を寄せて、ついに片膝を地面について呻いた。

 けれども何かが横から投擲されてくる気配を感じて咄嗟に振り向いた瞬間、豪速の薙刀が彼の左腕を半分ほど持っていきながら胸を斜めに捉えた。その勢いを受け止め切れなかった彼の体が、地面に勢いよく縫い留められる。

 素早く武器が投擲されてきた方向を向いたレイナードは、顔を歪めて激痛に耐えている様子のアマニを見て小さく舌を打った。

 先程、あばらを折った感触が確かにあったのだ。なおかつ、与えた衝撃と角度からして、確実に折れたあばらが肺に突き刺さっているはずである。

 本来なら痛みに喘いでいるはずのアマニが、自分の両の足で立って、しかもスピードを増して迫ってきていた。

 最も得意としているだろう武器(薙刀)は手元にないはずなのに、代わりにその右手に小型のナイフを持って突っ込んでくるのである。

 肘で口元を覆うようにして刃を左から右に振り抜こうとしているアマニの姿を認めて、レイナードは躊躇いなく彼女の手首から先を切り落とした。

 けれどそれも、アマニの間合いの範囲ギリギリの応酬である。

 勢いの止まらないアマニがもはやレイナードと衝突する直前、彼はアマニが笑う気配を感じ取った。


「ルディヴィーさんの受け売りですが」


 何かを心の臓あたりに押し当てられ、ちらりと視線を落とした先に、アマニの左腕に握りこまれていた手榴弾。

 レイナードがそれを認識した瞬間、膝を地面についている方の太ももに激痛が走った。

 アマニの靴のつま先から伸びている仕込みナイフが、彼の足に食い込んでいたのである。

 薙刀だけであればヘルモーズからの身体内部の閉塞感があったとしても体に鞭打ってその場から逃れられたものを、この少女は全身を使ってまで爆心地にレイナードを留めようとしていた。

 けれども、この領域はレイナードの楽園で、彼はここでいかようにも異能を操れるのである。

 アマニの体が突然大きなハンマーに打たれたかのように横からの衝撃を受け、吹き飛んでいった。咄嗟に手のひらをその透明な物体に添えて衝撃を和らげようとする素振りを見せたが、満身創痍の彼女の体ではほとんど意味をなさなかった。

 そこまで見届けたところで、レイナードは微かに眉を顰めた。

 少女の右手は少し前に切り落とした。ならば当然、先程見えた手のひらは左手のそれであるはずである。けれど、少女はその手に手榴弾をもっていたはず。あれはどこにいったのか。

 ハッと自身の真下を見下ろして、その彼岸花の茂みに目当てのものを見つける。

 薙刀の一撃でまるで布雑巾のように使い物にならなくなってしまった左腕にもどかしさを覚えながら、レイナードは手榴弾を少女に投げ返そうと手を伸ばしたところで気が付いた。


 ——安全ピンが、抜けている。


 いつ抜けたのか。

 思い返せば先程、吹き飛ばされる少女の口元で何かが鈍く光っていた。安全ピンを口でくわえて抜いたのか。

 それならばあの左手は、衝撃を和らげるためではなく、安全ピンを抜いた動きの名残だとでも言うのだろうか。

 そうだとしたらあの少女は、こうしてレイナードの異能によって彼の元から引きはがされることを予測していたことになる。そもそも爆発から身を守る手立てもなさそうであるあの少女が、爆心地に身を置いてみすみす即死するわけがないのだ。

 そこまで思い至って苦い顔になったところで、レイナードの視界は白い閃光に飲み込まれた。

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