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43.死戦よ再び、彼岸とともに

 アマニは事実上の第四塔員になってもなお、政府の命令で出陣を余儀なくされていた。

 それ自体はそれほど困ることでもなかった。おかげで訓練だけでは補えない戦闘の空気を忘れることはなかったし、エヴレナたちが常駐する診療所は一般人も利用することもあって、より彼らへの被害に敏感にならなければならない。つまり、第四塔付近に出現した敵を早い段階で一掃できるアマニの存在は、かなり重要なのである。

 けれどもアマニが第四塔に来て二か月、彼女は初めて不信感に眉を顰めることになる。


 ——出陣要請書。

 一般人の防衛拠点を越えての外出、及び敵勢力との遭遇を確認。

 緊急事態につき、最悪の事態を想定せよ。

 ついてはこの出陣要請書を媒体として、五秒後に第四塔所属、アマニ、ヘルモーズ両名を現場へと転送する。


「どうしてヘルモーズさんも……?」

「……すでに死んじまった奴がいんのかもしれねえな。生き返らせろってとこか」


 アマニと一緒に覗き込むようにして手紙を読んでいたヘルモーズも、憶測のままに口を開く。

 しかし五秒のタイムリミットはすぐである。常に手に取れる場所に置いてある薙刀を間髪を入れず掴み、移動の衝撃に備える。恐らくこの形での移動が初めてであろうヘルモーズの手首を、薙刀を持つ手とは反対の手でしっかりと掴むことも忘れない。

 空間がねじれる感覚がしてすぐに、視界が切り替わる。

 隣に着地したヘルモーズが、少しつんのめって咄嗟に踏み出した右足で踏ん張った。


「……嬢ちゃん、いつもこの方式で移動してたのか」

「はい、まあ……」


 ヘルモーズの驚いたような声音への返事がおざなりになってしまったのは、ひとえにアマニの脳内が未だ疑問でいっぱいであったからである。

 何故エヴレナは呼ばれていないのか。政府にとって有用だから、彼女を現場に連れていくことは不可能ということだろうか。

 何故一般人が越境できたのか。防衛拠点は、外部からの脅威への砦としてだけではなく一般人のそれ以上の外出を妨げる役目もあるはずである。そこにいるはずの部隊は何をしていたのか。

 今までは防衛拠点を介していたのに、何故今回に限って転送先が現場なのか。それこそ、防衛拠点の人間たちが機能していなかったという証明ではなかろうか。


「……嬢ちゃん。俺もいろいろ思うところはあるが、とりあえず一般人の身の安全の確保が先だぞ」

「すみません、そうですね」


 様子を窺うようなヘルモーズに、アマニも頭を切り替える。

 どうにも後ろ暗い部分があるような気がするが、神継ぎとなったアマニの耳には数キロ先の喧騒が届いていた。

 ほぼ二人同時に、現場の方へと駆けだす。


「……八人、でしょうか。皆自分の足で立つか座るかしていますね。武道をかじっている人がいるようです」


 視界に捉えた情報をぽつぽつと落としながら、アマニはきな臭さを確信に変える。

 死者がいないのなら、ヘルモーズが呼ばれる意味はほとんどと言っていいほどない。そもそも、彼の異能の性質からしても第四塔で遺体を受け取るだけでよいのである。


「俺はアンタほど戦えねえ。俺は一般人の方を診るから、相手取るのは嬢ちゃんに任せていいか」

「はい、任せてください」


 そのやり取りの直後、アマニは勢いをそのままに、今にも一般人に襲い掛かろうとしている異形に蹴りかかった。

 吹き飛びまではしなかった異形の四肢を素早く切り落とし、行動を封じる。

 ちょうど集団を挟んで対極側にも異形がいるのを、薙刀をそちらへと放って、投げ槍よろしく地面に縫い留めた。

 大きな獲物は手元から離れてしまったけれど、特段アマニが動揺することはない。普段から衣服の下に仕込んであった小型のナイフを数丁手に取り、相手の目元だと思われる部分に向かって投げる。

 腰が抜けてしまっているようである人々の頭上を飛び越えて薙刀の元までたどり着くと、一思いにそれを引き抜く。支えを失った異形は、力なく地面へとくずおれた。


「ヘルモーズさん! 爆弾を使ってもいいですか!?」

「この人らに被害がないなら構わない!」

「はい!」


 元気よく返事をしたアマニは、薙刀の刃の部分と柄の部分、時には自身の足を使って相手を一定範囲に誘導し始める。せいぜい残り十数人となった異形たちは、いとも簡単に集団から離れた一角に追いやられた。

 手榴弾の安全ピンを引き抜いて、一瞬のうちに異形たちの方へ投げ込む。


「……ご冥福を」


 そっと瞳を伏せたアマニは、自身の頬を痛いほどに撫でていく暴力的な風が収まった頃合いを見て再び目を開ける。

 静寂。

 更地になったその場にもう動く影がないことを確認して、アマニはくるりと振り返る。全方向にももう何もいないのを確かめるようにして首を巡らせ、そうして察知した気配にアマニは焦ったように目を見開いた。


「ヘルモーズさん!」


 全身に鞭打つようにして滑り込んだその領域は、かつてアマニが見たものと同じもの。察知した気配も、領域の奥から姿を見せた男性のものであった。

 アマニが警戒を顕わに地面を踏みしめる。


「——おや。私の妹がいると聞いて遠路はるばる訪れたのですが、もしや外れでしたか」


 滑らかなテノールの声音も、以前聞いたものと同じ。

 けれども、前回は初めから顕わにしていなかった角が、額から突き出ている。

 アマニが対峙している彼は、その場にいる人間に視線を滑らせてから緩やかに赤の瞳を細めた。その姿はまさしく、彼岸の悪魔憑き、レイナード(キツネちゃん)であった。

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