42.
「そういや、嬢ちゃんは上手く異能が使えないんだったか」
異能の話から話が流れて、ふとヘルモーズがそう疑問をこぼした。
「そうなんですよね……。状況としては少し戦闘力が高くなっただけで、他はあまり神継ぎになる前と変わらなくて」
「少し上がった程度であの蹴りの威力なのか」
「かなりだったかもしれません。ビーマさんは偉大ですね」
速攻で訂正を重ねてきたアマニに、ヘルモーズがたまらずといった様子で軽快な笑い声をあげた。
「アンタの師匠ビーマなのか! あの人昔はよくここに来てたんだぜ、異能の加減を誤ったとかでな。仕方なしにエヴレナが始めた力学講座もちんぷんかんぷんだったらしくて毎度項垂れてるもんだから、俺はいっつもヨモギ餅とかシナモンロールとか持ってって一緒に食べてたな。蜂蜜飴も持ってったことあるぞ」
「よく数が合わないと思っていたら貴方の仕業だったんですね」
「あの人喜んでたぞー」
咎めるようなエヴレナの声音に気が付いているのかいないのか、彼は悪びれずにそう笑って続けるのである。
「嬢ちゃんの神権は心緒だったよな」
「はい……」
アマニが頷いてみせると、エヴレナが紅玉を瞬かせて顎に指を添えた。
「心緒ですか……。心緒、こころのいとぐち。……感情に合わせて異能を使うのでしょうか」
「悲しかったら雨が降って、怒ったら雷が降るってことか? 条件もコントロールも難しいな……」
「笑ったら花でも咲くんですかね」
「それも可愛くていいが、嬢ちゃんアンタの話だぞ。いいのかそんなメルヘンで」
ヘルモーズが空色の瞳に呆れを浮かべて、他人ごとのように言い放ったアマニに突っ込んだ。
それに曖昧に笑ったアマニに、今度はエヴレナが口を開く。
「ですがもしそうだとするのなら、貴方の異能は最も優しいものなのでしょうね。他者から攻撃されない限り、貴方は他人を傷付けないのですから」
アマニが瞳を瞬かせて、きょとんとエヴレナを見つめた。
初めて思い至ったかのようなその表情を微笑ましそうに見ていたヘルモーズは、しかし表情を真剣なものにして再び問いかける。
「でも嬢ちゃん、感情がないってわけじゃねえだろ。異能の発動に他の条件でもあんのか?」
「うーん……」
考え込むように音を発した少女は、けれどそこで何かを言いよどみ、口をつぐんだ。
次に口を開いたアマニは、言葉を探すようにゆっくりと話し始めた。
「実は私、施設の出なんですが……そこの施設長に、言われたことがあるんです。あなた、愛を忘れてしまったのねって。誰かのために感情を動かすには愛が足りていない、燃料不足だわって、そう言われたんです」
「そりゃまた……ずいぶんドストレートに言う奴だな」
「はは、そうですよね……。飾っていないまっすぐな言葉を伝えてくれるから、言葉に信用は置けるんですけど」
乾いた笑いをこぼしたアマニは、気を取り直して話を進める。
「あれは、施設の同年代の子たちが粗相をしたときでした。もともと言動に無責任なことが多くて、私自身も少し距離を置いていたんですけど、私、彼らに一度もその行動を注意したことがないんです。ましてや怒ったこともなくて、いっつも騒ぎを起こしているのをただ眺めているだけでした」
口内の飴玉は、もう話すのに支障がないほどに小さくなっていて、音もなしにそれをかみ砕く。
「同じようなことが何度もあって、その末に施設長にさっきの言葉を言われたんです。あなたは彼らを愛していなくて、彼らがどうなろうと興味がないから、その行動を諌めようとしないのねって」
「へえ……」
「その時はどんな反応をすればいいのか分からなくてただ笑って流したんですけど、ほらね、あなたはあなた自身のことも愛せていないから、あなたのために怒れないのよって言われました。でも実際怒りは感じていなかったし、本当に困っちゃって」
アマニが当時を懐かしむように細めていた瞳が、すっとエヴレナとヘルモーズに向けられる。
「でも、怒ったり悲しんだりってものすごく疲れるし、あんまりしたくないなって思いませんか。本当に、ここまで気持ちに怠惰な私が、どうして心緒の神継ぎなんでしょう……」
「……貴方の施設長の理論で言うならば、その労力が貴方の持つ愛情を上回っているということでしょうね。納得はできます。ただ、早計だとは思いますが」
エヴレナの隣で、ヘルモーズも難しそうに唸り声をあげる。
「うーん、確かに嬢ちゃんから負の感情を感じたことはねえな。ずっと笑ってばっかで……第五塔でもそうだったのか?」
「まあそうですね、だって楽しいですし。あ、でも驚きすぎて魂抜けてくことは割としょっちゅう……」
「あールディヴィーか……」
「あっそうですそうです」
個人名を出していないのに伝わってしまうのは、ルディヴィーがそこかしこでやらかしているからか、それとも彼女の人脈がなせる業なのか。
アマニが苦笑をこぼして、そのまま口を開く。
「心緒の神継ぎになるまでは、このままでも困らないなって思ってたんですが、でも私はもう心緒の神継ぎです。レーヴさんが語る夢を本当に美しく感じて、そうあってほしいと世界に望んでしまったからには、私は変わらなければなりません。この力を、世界のために使いたいんです」
切実に打ち明けたアマニの言葉を静かに聞いていたヘルモーズが、全てを聞き終えてから満面の笑みを浮かべた。
「やっぱ俺は、嬢ちゃんが愛に欠けた人間だとは思えねえな。元来愛をもたない人間なんていねえんだ。環境次第で俺らはそれを忘れちまうが、それなら思い出すことだってあってもいいだろ」
ヘルモーズの言に、瞳を伏せるようにして何かを考え込んでいたエヴレナも頷いた。
「人間だれしも、慣れないことには戸惑うものです。あまり身構えすぎるのも毒でしょう」
その励ましにアマニはゆっくりと瞬きをして、ふわりとオパールの瞳を甘やかにとろけさせて微笑んだ。
「私、お二方のこと優しくて好きですよ。この塔にいるのが、あなた方で本当に良かった」
突然の告白に少しだけ不思議そうな顔をしたヘルモーズは、しかしすぐに破顔してアマニと視線を合わせた。




