36.異動届
数分前、第五塔では、アマニの不思議そうな声が響いていた。
「……あれ、出陣要請? さっきも行ったのに?」
ぴら、と何度も見てきた紙が、アマニの手に収まった。
どうしたの、と横から覗き込んできたルディヴィーと共に、二つ折りにされていた紙を開いて文章に目を通す。
——第五塔 アマニ殿
本日をもって、第四塔への異動を命ずる。
ついてはこの異動届を媒体として、五秒後に貴殿を第四塔へと転送する。
「え……?」
脈絡も何もない唐突な出来事を、脳は上手く処理してくれなかった。
けれども俊敏に手の内から抜き取られたその白い紙の行方を、自然とアマニの瞳が追いかける。
力なく宙へと放られたそれは、アマニの隣にいた少女の異能によって瞬く間に炎に包まれる。勢いよく燃え盛った紙がすぐさま炭へと姿を変え、つんと焦げた臭いが鼻を突いた。
「レヴィちゃん!!」
ぱち、と瞬きをひとつ。その間のうちに、アマニの体は大きな氷の破片の内側にいた。
「レーヴさん……?」
氷に閉じ込められているようでいて、その反面声は出るし寒くもない。
先程まではそこにいなかったはずのレーヴが、不安そうなアマニの声を聞きとめて優しく微笑む。
「大丈夫。私の氷のなかから出るなんて、私が異能を解除するのでなければそれこそルディヴィーか——」
しかし、レーヴの柔らかい声は途中でぴたりと止んだ。
見開かれた金茶の瞳は、自身が語り掛けていた亜麻色の少女がいたはずの空洞をただ映していた。
ルディヴィーもそれを驚いたように見つめて、そこから視線を外すことなく茫然としたように言葉を紡いだ。
「……いたよね、レヴィちゃん。私以外にも、この氷を崩さずに中身を取り出したひと」
「まさか。だってあの子はもうこの世に存在していないって、ノーシスも言ったわ。……いえ、今はそれよりアマニが本当に第四塔へと送られたかどうかね。ルディヴィー、お願いできるかしら?」
ゆっくりと意識を引きはがすようにして氷の欠片からルディヴィーへと視線を移したレーヴは、アクイラ宛てに走り書きを作って紙だけを転移させたルディヴィーへと問うた。
「任せて。連れ戻すことはできないだろうけど、絶対に話してくるから」
琥珀の瞳に真剣な光を宿して、ルディヴィーもその場から姿を消した。
これまで、手紙を受け取った人間を強制的に転移させるような事案は起きたことがなかった。明らかに、人智を越えた力の働きかけである。
戦争が終結してから数百年、沈黙していた政府が動きを見せた。
何より、レーヴはその前兆を知らされていなかった。
「……ずいぶんと冷えるな」
「ビーマ」
新たに部屋に足を踏み入れた大男に、レーヴが静かに応じる。
「ええ、そうね。昔を思い出すわ」
果たして、この寒さはレーヴが生み出した氷からの冷気故か、第五塔の人気のなさ故か、はたまた。




