34.
400年前、戦争、と聞いたら子どもでも知っている戦争がある。
「神継戦争のことですか? 200年続いたっていう」
「俺その名前キラーイ。なんか俺らが仕掛けた戦争みたいじゃね? 実際は巻き込まれた側なのにさ」
ちびちびとお茶を啜りながらスルトが口を挟んでくる。ヴァルグルがちらっと彼を見やって苦笑した。
「まあそうなんだけども。ま、あれは有り体に言えば自領にはこんな素晴らしい神継ぎがいて、っていう暴力的な品評会だったな。んで、ついに世界統一を成し遂げたエウドシア州が世界の中心になって、敵領所属だった神継ぎもここにみんな集められて、その神権ごとに各塔に振り分けられたんだけど」
戦争終結後に塔制度が生まれたのはアクイラも知っていた。
一つ頷いたアクイラに、ヴァルグルも話を続ける。
「だから、当時同じ屋根の下に住むってなった俺らはお互いが誰なのか全く知らなかったわけ。ま、七つに分裂してた州からそれぞれ集まってきてるからさ、同じ塔に同郷がいればめっけもんだよな。たまに戦場で見たことあるなって人はいるけど、基本的に俺らの相手は一般兵だったから」
そう言ったヴァルグルの声音は、当時のことを思い返しているのか悲しいものだった。
一般人が人智を越えた力を扱う神継ぎに敵うわけがない。それが一方的な蹂躙となってしまうのは、想像に難くなかった。
「んで、そこで俺らは初めてユーフォニアと出会ってさあ。今のこの姿とは違う、もっと余所余所しくて冷淡なユーフォニアにな」
割と気軽に軽口を挟んでくる今のユーフォニアからは想像ができないその像に、アクイラは驚いて目を見開いた。
ちら、とユーフォニアの表情を窺うと、彼女はすました顔でヴァルグルを見ていた。
「集団生活なんだから、それなりに上手くやろうと思うじゃん? だからそれなりに気を使ってたんだけど、毎日袖にされてさあ。んで、あまりの態度に最終的に俺がキレたんだよな」
「懐かしー。あんとき俺めちゃくちゃ居心地悪くてさあ、まだ大分大人しかったよなー」
「今はのびのびしすぎと思うのだけれど。あの頃の殊勝さを少しは取り戻したらどう?」
ユーフォニアだけではなく、スルトも今とは様子が違っていたらしい。
意外に思ってスルトをガン見していると、視線に気が付いたスルトがにっかりと笑みを向けてきた。
「『俺が貧民街出身だから話したくないのか』って、今思えばかなり捨て鉢なキレ方したよな」
「そのあとスルトが『ウソ!? じゃあ俺と話してくれないのも孤児だから!?』って口挟んできたのよね」
「俺そんなこと言ったっけ?」
「ええ。そのあとビーマまで『俺は山育ちだからか』って言い始めて、正直何言ってるのこの人たちはって思ったのよ」
「結局ビーマも素で思ったことを口走っただけっぽかったけどな」
アクイラにもその様子が想像できてしまって、うっすらと口元に笑みが浮かんだ。
「流石のユーフォニアも『どうしてそうなるの』って聞いてきて、『だってお前は宮廷音楽家だったんだろ、しかも次期皇帝の』って言い返したんだよな」
「それで私は、『立場なんて関係ないじゃない』って言ったの。でもそれでは到底納得してくれなくて、心の内を全部吐き出させられたのよね」
スルトがもう一度懐かしーね、と口にする。
それに頷きだけで返したヴァルグルが再び口を開いた。
「ユーフォニアが神継ぎになったのは戦争終結の二年前で、そんで、戦争終結の決め手になった人間でもあった。ユーフォニアがいたのがエウドシア州じゃなかったら、覇権を握ってたのはまた別の州だっただろうな」
知らなかった真実に、アクイラは目を瞬かせる。
「ユーフォニアさんはエウドシア州出身だったんですか?」
「あら、違うわ。元の生まれはまた州の国だけれど、戦争の後半でエウドシア州に吸収されたのよ。当時神継ぎがいなかったにしては善戦した方だった」
「いやーマジでなんであんなに強いんだって俺らのとこの上層部も頭抱えてたぞ。名将がいるんだろって思ってたけど、そこら辺の内情も全く探れなかったしな」
その言葉に、ユーフォニアが嬉しそうにくすくすと笑う。
顎に手を当てて考え込んでいたスルトが、ようやっと口を開いた。
「純粋なエウドシア州出身って、俺レーヴとミスラくらいしか知らないかも」
「あー、俺もその二人しか知らねえな。あの人たち幼馴染らしいぜ。マジで羨ましい。俺も幼馴染欲しかった」
そう悔しがるヴァルグルに、スルトが何やら含みのある笑みを浮かべる。
「幼馴染って意識して作るもんじゃないんだぞ」
「知ってるよそれくらい!! そうだよねスルトクンはいるもんね幼馴染!!」
「あら、私にもいるけれど」
「例の皇帝でしょ!? もう主従関係じゃん!!」
「それ以前に幼馴染だもの」
「あー羨まし!!」
投げやりに吐き捨てたその勢いのまま、ヴァルグルの銀の瞳がぐるんとアクイラに向けられる。
「アックンは!? 幼馴染いる!?」
「いませんけど」
あまりの剣幕に思わずアクイラの肩が揺れた。
それを気にする素振りもなく、アクイラの返答に大変満足そうな顔をして、勝ち誇ったようにヴァルグルがスルトとユーフォニアを見る。
「これで同数!!」
「……すみません、俺が余計な質問をしたばっかりに。それでそのあと何がどうなって今の雰囲気に落ち着いたんですか」
幼馴染論争なんて心底どうでもいいアクイラは、ヴァルグルに話の続きを促す。
ヴァルグルはきゅっと口をつぐんで何とも微妙な顔をして黙ってしまったので、ユーフォニアが仕方無さそうに後を引き継いでくれる。
「私の異能は要は精神操作だし、人間には避けようのない音での攻撃になる。だからもっと嫌がられると思ったのよ。実際、当時のエウドシア州の人々は私を敬遠していたし。私が趣味で音を奏でようものなら皆怯えて逃げ惑うの。酷いと思わない?」
静かにお茶を啜りながら、ユーフォニアがひっそりと笑う。
「で、それを諦めて許容しちゃってたこの子だけど、そのあとちょっとずーつ俺らがその凝りを熔かしてったよって話」
アクイラとしてはその端折られた部分が気になるのだが、そこまでずかずかと彼らの過去に踏み込んでいけるほどの度胸はあいにく持ち合わせていなかった。
「アイツってほら、山育ちで面倒な人間社会の中で生きてきたことないからさ。ものすごいストレスだったと思うよ。自分の異能もまともに扱えなくて、でも上層部に味方を巻き込んでもいいからって異能を強制されて前線に立たされてた矢先、共同生活をする奴らがギスギスしてんだからさ」
ヴァルグルが悲しい笑みを浮かべて、ゆっくりと瞼を下ろす。
「数百年も生きてるくせに、俺はちっともビーマに寄り添えなかった」
どうやらヴァルグルは今でも過去のことを引きずっているらしい。ネガティブ思考を永遠に切り離せないタイプである。
けれどもビーマに至っては、過去のことは過去のこととして彼の心の内で処理されているような気配があった。
図太さでいったらとんとんである気がしていたが、ヴァルグルの方がその実繊細であるようだった。
「いつも最後にはこうして落ち込むのよ。ビーマ自身が気にしてないって言ってくれているのに」
ユーフォニアが困ったように頬に手を当て見つめる先には、すっかり気を落としたヴァルグルを慰めるスルトがいた。




