33.ビーマの因縁
「あのさあ……ビーマ、どうしてる?」
ヴァルグルが放った言葉で、食卓に珍しく緊張が走ったのを感じた。
ずっと口を動かしているスルトも黙ってしまったし、自分のペースで口を突っ込んでくる以外は静かなユーフォニアも、ただ黙っているだけではなくて聞き耳を立てている。
ちなみにこの塔には料理音痴しか存在しておらず、基本はデリバリー三昧の日々である。けれどもごくたまに、ルディヴィーから差し入れという名の残飯が送られてくる。確かに第五塔にいたころはこんなに作ってどこに消えているんだと思っていたが、どうやら第二塔が残飯処理係だったらしい。
今日も今日とてそのおこぼれにあずかってホクホクの気分だったのだが、どうやらこの空気感からしていい気分もここまでとなりそうである。
口の中のものを嚥下し終わったアクイラは、何とも言えない緊張感から必死に目を逸らしつつ口を開いた。
「元気だと思いますよ」
「俺らのこと、なんか言ってたりした?」
「……嫌いなわけじゃない、みたいな」
「よ、喜んでいいのか?」
「素直に受け取ろーぜ」
どちらかというと緊張しまくっているのはヴァルグルだけで、スルトは呑気にヴァルグルを励ましている。
そんな彼らを一瞥したユーフォニアが、ナプキンで口元を拭う。
「あの人、大分気にしているらしいの。ビーマのことを追い出したような形になってしまったわけだし」
「ああ……なるほど」
「良かれと思って構い倒して可愛がっていた子がストレスを溜めに溜めて暴走、しかも実質の降格処分。ああ、別に第五塔を貶しているわけじゃなくて、政府からの認識がってことなのだけれど」
まあ、人間誰とでもうまくやれるのなら困ることなんてない。本質的な相性なんて本人たちにはどうにもならないのだから、あまり気にしなくてもいいとは思うのだけれども。
「ビーマはさ、第五塔で楽しそう?」
「あー……俺から見てですけど、少なくともマイペースにやってるので居心地はいいんじゃないかと思いますよ。よくレーヴさんと植物園に籠っていますし、気が付いたら魚釣ってきてますし、ルディヴィーさんの料理の手伝いもしてますし」
「えっ待って待って。俺らもしかしてどっかでビーマの手料理食べてる?」
「魚関連は基本ビーマさんですね」
「ウソでしょ!? もう今日の分食い切っちゃったよ!!」
ものすごく惜しいことをしたと言わんばかりに悔しがる二人を他所に、ユーフォニアは優雅に食後のお茶を飲んでいる。
「あと最近はずっと俺たちに稽古をつけてくれていましたね。異能が本当に使えなくて危機的状況だったので」
「やっぱそうなんだ!? 模擬戦のたびになんかめっちゃ懐かしいなって思ってたんだよね」
「皆さんの動きもビーマさんの面影ありましたよ」
「そりゃ俺ら四人で仲良く研究しあってたし!!」
あくまでも最初にビーマが所属していたのは第二塔なんだぞとでも言いたげな吠え面に、アクイラはなんとも微妙な顔になる。
けれども何かにハッとして神妙な顔になったヴァルグルが、震える声で独り言のように呟いた。
「……ねえ俺気付いちゃったんだけどさ、ビーマ俺たちのこと嫌いじゃないって言ったんだろ?」
「……そうですね」
衝撃から立ち直ってもぐもぐと口いっぱいに重たいガトーショコラを頬張っているスルトが、不思議そうに首を傾げていた。
「でもアイツ、ストレス爆発させるくらいなんだから俺らのこと好きなわけないじゃん?」
「まー確かに?」
「好きでも嫌いでもないって……それ……」
「無関心ってこと?」
「ウソでしょユーフォニア勇気あんね!?」
「エッ……エッ!?」
躊躇いもなくぶっこんできたユーフォニアに騒ぎ立てるヴァルグルとスルトを眺めながら、この人たち面倒だなと内心ため息をついた。毎日楽しいことしか考えていませんみたいなツラしておいて、案外ネガティブな面もあるらしい。
「アックンどう思う? 返答によっては俺もう駄目かも」
「あー……そもそも俺の第二塔行きを提案したのはビーマさんですし、無関心ってことはないんじゃないですか」
「エッ何それまじ!?」
スルトが嬉しそうに声を上げる。
そもそも虐めていたわけでもないのだから、せいぜい苦手程度の認識だとアクイラは思うのだけれども。
「……まあ、同じ神権を持っていて、かつそれを使いこなせている人物がたまたまここ所属だったただけかもしれませんが」
「アックンやり口がノーシスに似てきてるよ……」
先程までとは一転して撃沈した様子の彼らの前に淹れたてのお茶を置いたユーフォニアが、今度は同じものをアクイラにも静かに渡してくれる。
「そもそも、私たちは塔結成のとき荒れていたから、ビーマも気を休められなかったのよね」
申し訳なかったわ、と視線を落とすユーフォニアの話を掘り下げていいのか、アクイラの迷いを正しく受け取ったヴァルグルが苦笑いをこぼす。
「アックンさあ、400年前に終結した世界規模の戦争、知ってる?」
アクイラはその問いに、ぱちぱちと瞬きをした。




