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31.最初の授業

「んじゃ、ちゃんと見とけよー。……ちなみに動体視力とかよかったりする?」

「……人並みくらいには……?」


 ヴァルグルがそれに満足そうに頷き、未だに体を伸ばしているスルトへと向き直る。

 途端、鍛錬場の空気が張り詰めた。壁際に寄ったアクイラも思わず息を詰めるほどの緊張感だった。

 先に目立った動きをしたのはスルトだった。彼が右足を一歩踏み出すと、足元の石畳が熱を帯び、同心円状に赤々とした残光が広がる。立ち上る火焔に沈むように身を低くしたスルトの黒髪が、ざわりと揺らめいた。

 対するヴァルグルは、静かに肩を落とし、指先に淡い光を集めていた。ぱちり、と小さな火花が指先で弾ける。持ち上げられた口角は確かに笑みをかたどっているのに、周囲には重苦しい圧が発せられていた。

 何の前触れもなく、炎が唸りを上げて放たれる。轟音と共に視界が赤く焼き尽くされた。だが刹那、それらを上塗りするほどの雷鳴が轟いた。稲妻はざくざくと空気を割って炎を迎え撃ち、一瞬にして世界が白む。耳を圧迫するようなほんのわずかの静寂の後、爆ぜる音と衝撃波がアクイラの元まで押し寄せた。

 それぞれが炎と雷を追うようにして、爆心地でスルトとヴァルグルが会敵する。初手の攻撃はどちらも相殺されると分かっていて、その上で彼らは突っ込んでいったのだ。

 模擬戦であるはずなのに、そこに漂うのは死地に等しい緊張感だった。

 実力は互角なのだろう。互いに攻撃を仕掛けてはいなされ、反撃されてはいなしている。しかし素早い動きの中で、ヴァルグルの手のひらがとうとうスルトの足首を掴んだ。


「あー!! 最悪!!」


 交戦中とは思えないほど溌溂と叫んだスルトが、全てを言い終わる前に体をしならせて手のひらをヴァルグルに向ける。そこから噴き出した炎を避けるために放された足首を上体に引き寄せて丸まり、炎の反動を利用してヴァルグルから距離をとる。


「足首のあたり何か変なんだけど!!」

「足首ってかそのまわりの筋組織ねー。ちょっと電流流して(いじって)みた」


 まるで子どもの好奇心からの軽い行動だったかのように、彼は屈託なく笑った。

 それに顔をひきつらせたスルトに、ヴァルグルは次々と稲妻を放っていく。


「何か足が上手く動かなかったり逆に動きまくったりするんだけど!!」

「へー、麻痺と活性、どっちもランダムに起こるわけね」


 動きづらそうに跳ね回るスルトを観察しながら、ヴァルグルが興味深そうに頷く。

 とうとう我慢の限界に達したらしいスルトが、一か八かで強く地面を蹴った。どうやら二分の一で活性を引き当てたらしい彼が、得意げに笑いながら遠くへと吹っ飛んでいく。

 舌打ちをして稲妻に彼を追随させるヴァルグルは、けれど何かを感知したかのように己の頭上を見上げた。そしてそこにあったのは、天から柔らかく舞い降りてくる、炎のベール。

 すぐさま飛び退ろうとしたヴァルグルは、足元の確かな違和感に今度は顔を下に向ける。


「はは、熱くない炎ねえ」


 ヴァルグルを一歩も動かしまいと巻き付いている炎の蔓を目にして、彼は諦めたように笑った。

 直後、まるであの元気野郎が編み上げたとは思えないほどのきめ細かさをもって、ベールがヴァルグルを覆い隠す。


「やったー俺の勝ち!!」


 鍛錬場の奥から姿を見せたスルトが、嬉しそうに駆けてきた。

 刹那、炎のベールすれすれに稲妻が落ちる。さらに続けざまにいくつもの落雷が大地を襲った。

 それらの落撃は少しずつ、しかし迅速にスルトへと近づいていった。まるで確かな照準を知らないかのようにざくざくと地面に縦横無尽に突き刺さる稲妻は、一秒にも満たない時間でスルトがいる場所を通過していった。


「——降参宣言してないのに居場所知らせちゃ駄目だろ?」


 視界が明瞭になった先、仰向けに地面に倒れるスルトの喉元に、槍先を突き付けるヴァルグルがいた。どうやら異能で顕現したらしい雷の槍は、ヴァルグルの手のひらにまだ柄の部分が埋まっている。


「うっそ……ベール消えた?」

「キミの動揺と共に綺麗さっぱり」


 どうやら模擬戦の決着は着いたらしく、二人は先程までとは打って変わって緩めた空気感で言葉を交わす。


「動揺しても精度に問題ないと思ってたんだけどなー。何が駄目だったんだろ」

「俺が自分に近い方から稲妻落としていったからじゃね? 全く気配探れなくて声だけが頼りだったからさあ、とりましらみつぶしにいくしかねえと思って」

「あー、お前のこと爆殺したらマズいって確かにちょっと過ったかも」

「ウソでしょちょっとしか過んなかったの?」


 上体を起こして胡坐をかいたスルトの前に、ヴァルグルもしゃがみ込んで視線を合わせる。


「ま、俺相手じゃなければそうそう日和らないだろ」

「でも今日はお前の勝ちってことだろー!? 俺今日アクィーラの前でいいとこなしじゃん!!」

「……あ」


 少しばかり焦ったような顔をしてアクイラの方を見たヴァルグルに、アクイラはふと嫌な予感がする。


「まさかとは思いますけど、俺の事すっかり忘れて模擬戦楽しんでましたとか言いませんよね?」

「……えーと」

「あんまり異能を使ってなかったのは、一日に何個も技を詰め込ませるわけにはっていうヴァルグルさんなりの優しさかなって思っていたんですけどね」

「ゴメン!! 謝るからヴァルさんに戻して!! 距離が寂しい!! もう忘れないから!!」


 年甲斐もなく縋るヴァルグルに、極めて冷たい視線を送る。


「まだ十分そこらしか経ってないのに。ヴァルグルさん三歩で全てを忘れちゃうような鳥だったりします?」

「ゴメン!! ヴァルさんがいい!! あと俺オオカミ!!」

「……は? なんて……?」


 人間、理解の及ばない会話をされると思考がぶっ飛んで冷静になるものである。

 例にもれずアクイラもぽかんとして、先程言われたことを反芻して、そしてやっぱり何を言っているのか分からないなと確信した。

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