29.第二塔とのご対面
「——へェ。つまり俺にお師匠さんになってほしいってこと?」
「そういうこと~!」
朗らかに肯定を返すルディヴィーの後ろに続きながら、じっと彼女の隣にいる男を見る。
先程、彼にヴァルグルだと名乗られ、アクイラも名乗り返した。
ガタイはいいが、あまり肉付きは良くないようである。けれどもルディヴィーとの対格差は圧倒的で、事情を何も知らない人から見れば、ただの女児を誑かすアブナイお兄さんである。
「アクイラくーん、俺背中焼けそう。キミの視線で」
「……すみません」
うっすらと細められた彼の瞳と視線が合って、アクイラはバツが悪くなってそっと視線を逸らした。
仕方がないので、第二塔の内部構造を眺める。
第五塔と同じく石造りのこの塔は、けれども採光の関係か、とても無機質な印象がある。光源も、第五塔のようなランプではなく蛍光灯であった。まだ昼間なのに蛍光灯がついているのは本当に謎である。
そもそも、観葉植物がないのだ。第五塔はいささかありすぎではないかと思っていたが、第二塔にはなさすぎる。
いつの間にかルディヴィーとヴァルグルが話すのをやめ、アクイラの様子を見ていると気が付いても、アクイラはその視線を気にせず観察を続ける。
そうして着いたのは、大きな開き戸の前であった。心なしか周囲と比べて色が明るく、傷も少ない。
しかし、何故ここだけ真新しいのか、という疑問はすぐに解消されることになる。
「ここ鍛錬場ね。俺らが基本いるとこ。大体の衝撃には耐えられるように造ってもらってるから、俺らはここで暴れ放題」
「耐えられるはずのこの場所をぺしゃんこのぺらぺらに潰したのがビィちゃんね~。聖地巡礼だよアークちゃん」
「ああ、だからか……」
つまりは、張り替えられたのである。
まだ年季の入り方が浅い扉は、開くときにとてつもない労力を必要としそうなほど分厚く頑丈である。ビーマの件を受けてより強固にしたのか、もとからそうだったのか。後者だとしたらビーマの恐ろしさがより際立つ。
しかし見た目のわりにさくっと開けたヴァルグルが、疲れを微塵も感じさせない声量で叫ぶ。
「スルト、ユーフォニア!! 第二塔に人が増えんぞ!!」
思ったよりも奥行きのあったその部屋の奥から、すさまじいほどの足音が聞こえてくる。段々と近づいてきているそれに思わず顔をしかめると、それを見たルディヴィーが面白そうに笑った。
「まじー!? どんな奴!? えっルディヴィーじゃん! 異動になったの!? 嬉しー!」
「声でか……」
騒がしい声とともに現れた男は、踵を突っぱねて今までの勢いを殺しながら、綺麗にヴァルグルたちの目の前に止まってみせた。
あまりの勢いに思わず瞑っていた目を恐る恐る開く。
「えっ黒……」
目の前の少年に思わずこぼれた感想に、ヴァルグルがものすごく笑っていた。
アクイラが思わずそう口走ってしまったのは、彼の様相のせいである。
烏の濡れ羽色の髪と黒を基調にした服装のせいで、引きで見ればただの黒い塊である。丈の長い上着を羽織っていることも相まって何となく厳つく見えた。
少年がアクイラの視線に気が付いて、初めて見る新人に物珍しそうな顔をした。
「あっこの服気になる? 戦闘のときひらひらしてかっけーの! 俺スルトね! よろしく!」
「アクイラです、よろしくお願いします」
「おっけーアクィーラ!」
外見から感じる厳つさは彼の言動で全て吹き飛んでしまった。
この際アクイラの発音が怪しいことは置いておいて、アクイラはもう一度スルトの顔を見上げる。再び視線に気が付いたスルトがじっとアクイラを見つめ返して、二人して同じ方向に首をひねる。
「……あの、そのサングラスって神継ぎ界で流行ってるんですか?」
「どの? ……この?」
不思議そうにしていたスルトが、自身の目元を指さしてアクイラに問い返す。
そう、彼はサングラスを着用していて、それもまた彼の厳つさを倍加していたのだ。ちょうどヘルがしていたような、レンズのスモークが非常に濃いタイプである。
こくりとアクイラが頷くと、スルトがぽかんと口を開けた。目元が見えなくても表情が分かりやすい人である。
「まじ? 俺ファッションリーダーなれる?」
「なるほど、別に流行りじゃないんですね」
特に肯定もしていないのに、スルトは何故かやったーと喜びの声を上げていた。
それを胡乱な視線で見ていると、さらに彼の後ろから一人の女性が歩いてくるのが見えた。
「入口で何を——あら、お客様?」
「いんや、これからここで俺らと暮らすお仲間」
紹介するようにヴァルグルに肩を組まれて、アクイラは身じろぐ。
つ、と女性の藤色の瞳が向けられ、そして小さく首を傾げられる。
「そんな報せあったかしら?」
「……無断ですね」
「ルディヴィーは?」
「不法侵入だよ~。すぐ帰るけどね」
「そう」
聞いたわりには興味の薄そうな女性が、胸に手を当ててアクイラと視線を合わせる。
その後ろでは、今の今までルディヴィーが異動だと思い込んでいたらしいスルトが大きな声で不満を漏らしていた。
「私はユーフォニア。この塔では最弱だけれど、どうぞよろしく」
「アクイラです、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたところでヴァルグルの拘束から逃れられたと思ったが、顔を上げると当然のように再び首に腕を回される。距離間のバグに、アクイラの黄金の瞳はすっと死んだ。
「最弱って言っても見てみ、ユーフォニアの靴。ピンヒールだぜ。んで、あれで遠慮なく何でも蹴るんだよ。殺意は誰よりも高いぞ」
「一発で伸さないと可哀想ではなくて?」
「まあそうだけども」
型にハマったような綺麗すぎる笑みとともに、肯定ともとれる言葉が返ってくる。
それに肩を竦めてみせたヴァルグルは、けれど何かを思い出したかのように大きな声を出した。当然のように集まる注目に臆することなく、彼はアクイラをずいと皆の面前に立たせる。
「見て! 満を持して俺の弟!」
「それ本気だったんですか……」
初対面のときに口走っていた世迷い言は、どうやら真剣に言っていたらしい。
両肩をがっしりと掴まれているため顔だけ後ろに向けつつそう言うと、思わぬ方面から援護射撃が飛んできた。
「お前どうしちゃったの……?」
スルトである。
両手を口元にやって、彼は若干肩を強張らせながらそう言った。きっとサングラスの奥には、可哀想なものを見るような純粋な輝きがある。
その隣にいるユーフォニアも、にこにこと笑みを浮かべている。
「自分のこと何歳だと思っているの、お爺ちゃん」
レーヴのような聖母系だと思っていたのに、とんだ毒花である。
その笑顔に少しだけアクイラの肩を掴んでいたヴァルグルの指先が震えて、それと同等に震えた声で彼がたどたどしく返答した。
「……ろっぴゃくさいですね」
「そう、それでこの子は?」
「そりゃもうぴちぴちの……何歳?」
「十五です」
「若!?」
あまりの騒音に耳が一瞬遠くなった。
顔を顰めているアクイラを見て静かに爆笑しているルディヴィーが憎かった。
「やっべ、つまり何? 俺ってひい×20お爺ちゃんくらいってこと? 最近の若い子怖……」
「やーい年寄り~」
「スルトクンも大差ないからね?」
長生きをしても精神年齢が付いてくるという保証はないのだと、とてつもなく要らないことを知って目が遠くなる。
「年寄り特有の妄言ってことでいいかしら?」
「まだ耄碌したつもりはねーですね。じゃなくてこの子、迅雷の子なの! 俺と同じ神に愛された子!」
ぱちり、と皆が同時に瞬きをした。正確には、ヴァルグルとルディヴィー以外が。
再び首を巡らせて、きょとんとした顔でヴァルグルを見上げる。
「……ヴァルグルさんもそうなんです?」
「え、なんで君もそっち側なの? ヴィーちゃん説明してくれなかったの?」
「ごめ~ん忘れてた~」
息も絶え絶えのルディヴィーから謝罪が上る。
あの人はいつも楽しそうでいいなと思う。
「えー、じゃあ遠い祖先とかいうわけじゃないんだ?」
「俺弟って言ったよな?」
「義理の弟ってことよね? つまらないの」
「ごめん何を期待してた?」
一気にテンションの下がった二人は、ヴァルグルを弄る機会が潰えたと分かるや否や段々意識が他所に向かっていく。
「とにかく! この子俺の弟ってことで! よろしく!」
「や、俺もう兄いるんで。間に合ってます」
「なんで!?」
何でも何もないのだが。
ばっさりと切り捨てたアクイラをよくぞ言ったとでも言いそうな目で見てくるスルトとユーフォニアの視線を受け止めながら、この人はもしや嫌われているんだろうかとぼんやり思う。
そして、確かにこの喧騒に毎日巻き込まれたらビーマのような男はストレス溜まるだろうと一人納得もした。
笑い転げているだけで何の手助けもしてくれないルディヴィーには、対策本の締め切りを明日と言いつけてやろうと心に決めた。




