28.
「はあ~いレヴィちゃん、またここにいるの? やっぱり植物だけじゃなくて自分にも光合成させてあげた方がいいってば~」
いったいどこに連れていかれるのかと戦々恐々としていたが、着いた先はレーヴがよく入り浸っている植物園だった。
転移後のことも相まって混乱に何度か瞬きを繰り返していると、そのうちレーヴが聖母のような顔でアクイラとルディヴィーを見ているのが分かった。
「そんなに急いでどうしたの、アクイラが目を回しているわ」
「そのアークちゃんが逃げないようにしてるの~」
「あら……」
レーヴは吞気に手を口元にやっている。
正直に言ってしまえばこの段階でルディヴィーの魔の手から助け出してほしかったのだが、どうにもその未来は訪れなさそうであった。
「あのねレヴィちゃん、アークちゃんの長期外出許可が欲しくて」
「あら、どこへ?」
「ヴァルちゃんのとこ! 見取り稽古させようと思って!」
「どこですそれ。というか誰」
そもそもレーヴにはもっと驚いて渋ってほしかった。心なしか、というよりもはや完全に乗り気に見える。
この塔ではレーヴを味方につけたものが勝者なのであり、すなわちアクイラはどうあがいても逃れようがないことになる。
己の不運を嘆いていても仕方がないので、隙あらば逃げようとしていた全身から力を抜く。
そんなアクイラをルディヴィーが不思議そうに振り返って、けれども今度は手首をがっちりと掴まれた。
「そんなに拘束しなくても逃げませんよルディヴィーさん……」
「あたしが何回君たちのそのフリに騙されたと思ってるの?」
「あー……」
突発的にどこかへ転移しようとするルディヴィーを躱そうとして、何度か使った手である。彼女のおかげでアクイラとアマニは不本意ながら鬼ごっこが上達した。触られなければ勝ちであるので。
「……まあ、異能が使えるに越したことはないものね。アクイラに出陣要請が来たときはどうするの?」
「あたしが拾っていってあげる。今までもあたしが送迎してたし、一回寄り道挟むのと変わんないよ」
「まあそうよね」
うんうんと力強く頷くルディヴィーがさらに説得を重ねていく。正直、もう結果は決まっているようなものなのだから必要なくないかとアクイラはルディヴィーの背中をぼんやり見つめる。
そして結局、予想通りアクイラは“ヴァルちゃん”という人のもとに送り出されることになる。
「アクイラ、強く生きるのよ」
「……え」
「大丈夫、アークちゃんなら上手いことやっていけるでしょ!」
「ちょっと待ってください、俺もしかして死ぬ可能性あります? 無法地帯とかなんですか?」
半分冗談で言ったのに、レーヴがことさらにいい笑顔をするので余計に不安になる。より正しく言うのならば、何かを企んでいる者がするような悪い笑顔。
「死ぬことはないわ、私が保証する。それに、貴方ならきっと可愛がってもらえるわ」
もう全く話についていけずに、アクイラはただレーヴとルディヴィーを交互に見た。
「俺、どこに連れていかれるんです……?」
「あれ、まだ言ってなかった? ごめんごめん、第二塔だよ」
……第二塔。
『——調子乗ってる奴が二人くらいいる……』
『——ビィちゃんなんて第二塔の人たちと相性悪すぎて異能暴走させたもんね~……』
アクイラが脳内で情報を整理している間、これ幸いとルディヴィーがレーヴに向かって手のひらを振る。
「それじゃ、行ってくるねレヴィちゃん!」
「向こうに着いたらまずアクイラに謝るのよ」
「は~い!」
瞬間、視界がブレる。
恐る恐る視線を上げると、そこにあったのはまったくもって飾り気のない硬い壁。どうやらすでに室内らしい。
第五塔は周囲が草花であふれているからそうでもなかったが、ここはあまりに石の質感が強すぎて、来るものすべてを拒絶しているような、そんな塔だった。
「……ルディヴィーさん……?」
「騙し討ちになってごめん!」
パン、と手のひらが合わせられると、どうにもアクイラの怒りはどこかへ吹き飛びそうになる。そもそも、ルディヴィーはほとんど善意で事を起こしているので。
「……別にいいですよ。ただ、ここの人たちがどういう風にヤバいのか教えてくれれば——」
「——えっヴィーちゃんじゃん! なんでいんの?」
上方からした若い男の声に、アクイラの言葉は遮られた。
つられてルディヴィーが螺旋階段の上に視線を滑らせ、ぱっと笑顔になる。
「ヴァルちゃん! 久しぶり~!」
「おー。なんか用事? ……えっ待ってキミ知ってる! 隣の! 本当だったら俺の弟になってた子!」
「……はあ??」
明らかにアクイラを見て瞳を輝かせた“ヴァルちゃん”が何か世迷い言を言い始めたので、思わず口から零れ落ちてしまった。しかし相手の顔色は変わらなかったので、恐らく何も聞こえなかったのだろう。
アクイラを紹介しようと男性に近づこうとするルディヴィーの手を引っ張り、さりげなく小さく声で語り掛ける。
「……やっぱり対策本がいいです。後日でいいので、永久保存できるものでお願いします」
「おっけー任せて。完全攻略本作ってきてあげる」
頼もしいほどに輝かしい笑顔で小さくグッドサインをされ、アクイラはとりあえずの安堵にほっと息をついた。




