22.彼らはいつか、慈しみの前に死ぬだろう
第五塔に帰ると、笑顔のレーヴと無表情のビーマに迎えられた。尤も、二人ともそれぞれの表情の奥には安堵が滲んでいた。悪魔憑きとの戦闘にまで及んだことはすでに知っていたようで、無事でよかったと何度も繰り返された。
そして初陣を飾ったことのお祝いとして再び食卓にはご馳走が並べられ、それを粗方平らげたころ、レーヴが静かにカトラリーを置いた。
「実は、悪魔憑きについてもう一つだけ公にされていない情報があるの。まさかこんなに早く遭遇するとは思っていなくて、まだ貴方たちには伝えていなかったのだけれど」
食後の一服に入っていたアクイラとアマニは、真面目な話に気を引き締める。正直、ここに来てから新事実が多すぎて脳が処理落ちしそうなのだけれど、この情報が今の今まで伏せられていたのもその辺りに配慮してくれた結果なのだろう。
「——『彼らはいつか、慈しみの前に死ぬだろう』。遠い昔、ある卜者がそう言った。彼の実力は疑っていないし、それが虚偽だったとは思わない。けれど、それを文字通りに受け取った人間が、慈愛の神継ぎを悪魔憑きの前に突き出した」
「……もしかして、その結果の慈愛の災厄ですか?」
恐る恐るといった風体で声を発したアマニに、レーヴが柔らかく頷く。
「過ぎた歴史はいまは置いておいて、これから話すのはその予言についてよ。私たちが彼らを殺すことはないけれど、何かの拍子に、突然彼らは死んでしまうかもしれないということ」
アクイラは僅かに金の目を細めて、慈しみ、と口の中で単語を転がす。
「私が思うに、慈しみとは他者の存在をあるがままに肯定する勇気。そしてそれは、時に理を越えて人を生かす根源の光よ。この場合に限っては、人を殺してしまうらしいけれど」
レーヴが一瞬その金茶の瞳を伏せ、そして笑んだ。
「とりあえずこれだけ、貴方たちに伝えておきたかったの。内容自体は私たちも扱いあぐねているからどうというわけでもないのだけれど」
まだ温かく湯気の立っている湯呑みを両の手で持ち上げて、レーヴが一口口に含む。ほう、と満足げなため息をつくのが聞こえた。
アクイラが新たな情報を反芻している傍ら、アマニがふと思いついたように自室へと駆けていき、地図を持って戻ってきた。
「あの、レーヴさん、防衛拠点の位置を地図に書き込んでおきたいんですけど、教えてもらってもいいですか?」
「あ、俺もそれ欲しい。……けど、そういえば地図持ってなかった」
アクイラも部屋に取りに行こうと腰を浮かしかけて、大事なことを思い出す。この身一つでこの塔に来たことをすっかり忘れていた。
「あ、それなら後で私の写させてあげる」
「ほんと? ありがと」
「んー」
そう言いながら机の上に地図を広げて、四方に錘を乗せる。
いつの間にか場が静かになっていることに気が付いてそっと辺りを見渡すと、まず初めにによによと笑っているルディヴィーが目に入った。
「……どうしたんですか」
「ん~ん? ただ、うちの若い子たちは仲良くてかわいいなって思ってただけ~」
「今の会話のどこに」
「あは、教えてあげな~い」
いったい何なのかと眉をしかめたアクイラを見かねて、レーヴが会話に入ってくる。
「人間関係って、まず相性が良くないといくら頑張ってもそこそこまでにしか至れないじゃない? その点、貴方たちは相性が良さそうだし安心ねって話よ」
「ビィちゃんなんて第二塔の人たちと相性悪すぎて異能暴走させたもんね~」
「えっ」
衝撃の事実に思わずビーマの方を見ると、彼は食後のハーブティーに口づけた状態で突然の注目に固まっていた。
「ビィちゃんそれがきっかけで第五塔来たもんね~」
「……別にあいつらが嫌いなわけではなかったんだが、異能が勝手に……」
「アハ、犯罪者の言い分みたい」
第二塔。ノーシスからの事前情報を思い出す。
戦闘部門だけれど、その注目度合いからノーシスがウザがるほど調子に乗っているひとが約二名。そして、ビーマとの相性が悪い。
「……俺の中の第二塔の印象、今のところ地を這っているんですけど」
「まあ、毛色が違うだけかな。うん、悪い人はいないよ。変な人は多いけどねえ」
何故かルディヴィーが自分に言い聞かせるように言っているのが余計不信感を煽る。
まあそれでも、アクイラたちとはそうそう縁のない人々なので気にしないことにする。間一髪でその変人だらけの塔にぶち込まれるのを回避したのが、ものすごい豪運に思えてきた。
「アマニ、こちらにおいで。この人たちは話を脱線させたまま突っ走るから、軌道修正なんてできないわ」
「はいっ!」
小さく手招きされたアマニが、嬉々としてレーヴの隣の席に滑り込む。
時折亜麻色の髪を撫でられながら、レーヴの声に従って全部で十三存在する防衛拠点を地図に書き加えていくのを眺める。
『たち』と一括りにされたことに若干へそを曲げながら、止まらないルディヴィーの話に適当な相槌を打つ。
初めての実戦で思っていた以上に疲れがたまっていたのか、その日はものすごく質のいい睡眠に呑まれて、久しぶりに夢も見ないまま朝を迎えた。




