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21.

「キツネちゃん、索敵は怠っちゃ駄目でしょ~?」


 にこにこ、とすぐ隣にある男性の顔を覗き込むようにして、ルディヴィーが愉快そうに笑う。

 愉悦の異能なのか、彼女の体は重力を無視して地面と平行に浮かび上がっており、足がぷらぷらと揺れている。

 幻術でもかかっていたのか、ルディヴィーが現れてからは魔法が解けるように悪魔憑きの象徴()が男性の額に現れていた。


「……領域を書き換えた、とは」

「そのまんま! この領域はもう彼岸とは繋がっていないし、そもそもあたしが乗っ取ったから君に領域の操作権はないの!」


 領域は、恐らくこの彼岸花が咲き誇るこの現実離れした場所のことであろう。彼岸とはあの世のこと。つまり、アクイラたちは、あの男の匙加減ですぐさま冥府へと送られる状況にあったのだ。


「私たち、だいぶ危なかったってこと……?」

「ぽいね……」


 状況を把握したアマニが、顔面蒼白になって薙刀を両手で握りしめる。

 こんなの、とんだ負け戦ではないだろうか。

 相も変わらず男性の右肩に肘をついたまま、ルディヴィーは反対の手の爪を見ている。


「ねえ、だからねキツネちゃん。今までみたいに——」


 笑みを深めたルディヴィーが、耳元に口を寄せ声を潜める。


「たくさん遊ぼう?」


 次の瞬間、彼女の手には拳銃があった。すぐさま男性のこめかみに突き付けられた銃口と、躊躇いなく引かれる引き金。

 爆発的な破裂音とともに確かに射出された弾丸は、けれど頭蓋を貫通することなく空気を割っていく。男性が前方向に頭を丸めて避けたのである。

 体を丸めた勢いのまま、後ろ足でルディヴィーの胴を蹴り上げる。


「アハッ!」


 その攻撃を避けずに真上に飛ばされたルディヴィーが、空中で体をひねって武器を投擲する。

 豪雨のように降り注ぐ弓矢と投槍をどこからともなく取り出した鎖鎌で全て薙ぎ払った男性が、鎌部分を落下体制のルディヴィー目掛けて放つ。

 けれどもその切っ先はルディヴィーに当たることなく、手持ちの短剣で正確に弾かれる。男性は鋭い舌打ちをこぼしながら後退し、次から次へと飛んでくる短剣を避けていく。


「どうしたのキツネちゃん、今日は一段と攻撃が控えめだね? 鎖鎌だけだと退屈しちゃうよ~」

「貴方が領域を塗り替えたせいで攻撃手段が限られているんですよ、異能での反撃ができないんです」

「あっそうだった。ごめんね~!」


 悪びれもせずに謝罪を口にしたルディヴィーに、男性が嫌そうに顔を歪める。

 会話の途中でも、容赦なく互いの武器が飛び交っていく。足元の彼岸花が無惨に千切れ、儚く散っていた。


「貴方こそ、いつもはもっと爆発物を投げてくるのに今日はどうされたんです? 領域の維持だけで異能制御は手一杯ですか?」

「まっさか~! 君に爆発物を横流しされたらマズいでしょ?」

「ああ……。あの二人にですか」

「そ~!」


 少しずつ遠ざかっているとはいえ、確かにこちらに向かって投げ飛ばされたらたまったものではない。反射的に体が回避行動を取れればいいのだろうが、きっとアクイラもアマニも、まだその境地には至っていない。


「——ああ、でもそんなに爆発が恋しいなら」


 ルディヴィーの上体に鎖の部分が巻き付き、勢いよく男性の元へと引っ張られる。自由に身動きの取れないルディヴィーの首に、鎌が振りかぶられた。


「これくらいの至近距離ならいいかもね?」


 とろけるように琥珀が歪んだ。

 ルディヴィーの手のひらがそっと男性の胸元に当てられる。

 迫りくる鎌の刃が彼女の首の薄皮にたどり着いたと思った瞬間、彼らを中心に爆発が起こった。


「ルディヴィーさん!?」


 ぎょっとしたようにアマニが叫んで舞い上がる粉塵の中に突っ込んでいこうとするのを、咄嗟に腕を掴んで止める。彼らがどうなっているのか分からないのに不用心に突入するのは危険過ぎる。

 ようやく視界が晴れてきて、次第に力なく横たわる人影と、それを立って見下ろす小柄な人影が見えてくる。

 小柄な少女に巻き付いていた鎖が、パラパラと崩れ落ちていった。

 どうやらこの領域の操作権を握っている彼女は、自身の体のみを爆発の衝撃から守ってみせたらしい。どれだけの緻密な異能制御によってそれがなされているのか、アクイラにはとんと見当もつかなかった。


「キツネちゃん、まだいける?」

「何を聞いているんです、正気を疑いますよ……。貴方と違って私はいま異能の行使ができないのだから、貴方の異能でしか身を守れないんです。貴方の適当な匙加減のせいでもう体がぼろぼろです、動けません」

「え~、ちゃんとお家に帰れるくらいには調節したでしょ?」


 振りなどではなく本気で困った顔をしているルディヴィーを、到底信じられないという顔で男性が見上げる。


「また逃がすのですか」

「そう約束したからね~」

「誰と」

「レヴィちゃん!」

「なるほど、その方は異常者なんですね」


 失礼極まりないそれを耳にしたルディヴィーの指先がぴくりと動いて、けれど彼女は何もせずに剣呑な視線で射貫くにとどめる。


「動けるようになれば、私はまた襲いに来ますよ」

「どうして?」

「異能を使うのは楽しいですから。何ができるのか、どこまでできるのか。貴方も本能のままに異能を奮ってみたらどうです? 理性は時に、邪魔なだけの足枷になりますよ」


 その誘いにルディヴィーはため息だけを返して、腕組みの状態から右手だけを顔の横に持っていって指を鳴らした。

 その途端、空が割れるように開かれ、瞬きの間に視界が一変する。無惨に散った彼岸花も、跡形もなく消えていた。


「ほら、早く行って。君がどこに襲来しても同じことだよ。今までも、今回もそうだったように、あたしたちは君に誰も殺させないし、君を殺さない」

「……そうですか」


 よろよろと、けれど自身の足でしかと大地を踏みしめた男性は、最後のこの瞬間も笑みを浮かべていた。


「ですが、何事にも不変は存在しないと覚えておいた方がいいですよ、小娘」


 そう言い捨てて、男性はルディヴィーの反応を見るでもなくその場から姿を消した。

 しばらくたってもルディヴィーが全く動かないので、アマニが恐る恐るといった風体で近づき、つん、と腕をつつく。


「あの、ルディヴィーさん……?」


 ルディヴィーは振り返ってはくれなかったが、手のひらが持ち上げられてアマニの頭の上に乗せられる。そのまま一定のリズムでぽすぽすと撫でられ、アマニが少し嬉しそうにしている。

 仕方がないのでアクイラはルディヴィーの視界に映るように回り込む。

 しかし存外ルディヴィーは怒っている風でもなく、呆気にとられたように目をしばたいていた。


「……キツネちゃん、あたしに小娘って言った?」

「言ってましたね、負け犬の遠吠えみたいでした」

「……あたしさ、キツネちゃんよりも年上なんだけど」

「ぽ、ポジティブに考えましょうルディヴィーさん!」


 アクイラとアマニの声が聞こえているのかいないのか、ルディヴィーは悲壮感に満ちた声を上げる。


「あたしの見た目が幼いばっかりに……!」

「こればっかりはしょうがないですよルディヴィーさん……!」



 そうして結局、帰りがてら『小僧小娘同盟』が結成されることとなるのである。


「じゃあ同盟のよしみで、これからはアークちゃんとアマちゃんって呼ぶからね!」

「はい!」

「はあ……」


 気のないアクイラの返事に気にしたそぶりも見せず、ルディヴィーは楽しそうに後輩の手を引いて、そして第五塔に転移した。

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