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02.終わりは始まり

 この世界には、神様というものがたくさん存在している、らしい。

 神は、気に入った人間を見つけては自身の異能を分け与えるという。

 そしてそれは、彼らが人間としての一生を終えたあとに魂を神に捧げることの交換条件なんだとか。つまりは、神からの強制的な祝福。

 正直そんなものは要らないと、ただいま絶賛冷たい牢獄で独りぼっちの少年アクイラは思う。人より強いとか、かっこいいとか、そんなもの。家族で幸せに暮らしていけることに比べれば、価値なんてないように思える。

 そんな祝福を押し付けられた彼らは、『神継ぎ』として国家勢力を挙げて丁重に管理される。そしてその恩恵は、もれなく親族にも分け与えられる。一定水準以上の生活が一世代分保障されているその制度は、誰もが一度は夢見るらしい。国家に親族を売っているようなものだから、気持ちが悪いとアクイラは思うけれども。


 こういった待遇と正反対であるのは、『悪魔憑き』を輩出してしまった場合である。

 彼らは『神継ぎ』とは違って、意識が正常ではない。額には角が生え瞳が赤く染まるから、すぐに見分けがつく。尤も、意思疎通が図れず攻撃性が非常に高いため、見た目でなくとも一瞬で『悪魔憑き』だと知ることができるのだけれども。


 ——そう、少年アクイラの、兄のように。


 この場合、親族は責任を取らされて皆殺し。しかも公開処刑である。ギロチンで一瞬のうちに命が刈り取られることがせめてもの温情だろうか。否、アクイラの重症の体の手当てがおざなりであるから、温情も何もないとは思う。

 故に、アクイラも処刑を待つ身なのである。どうやら少年の些細な抵抗虚しく両親も見つかってしまったようであるのは、嫌な笑みを浮かべた看守から聞いた。死を待つのみの弱った人間しかいじめることができないなんて、随分と悲しい奴だと鼻で笑ってやれば、彼は激昂して何事かを喚いていた。鉄格子に遮られているアクイラに危害を加えることは不可能で、本当に、ただうるさいだけだった。

 それを聞き流しながら、アクイラはぼんやりと兄のことについて思いを巡らせる。

 あの人は、本当に優しい人なのだ。いつでも柔らかく笑って、年の離れた弟であるアクイラの髪をその細長い指で梳いてくれる兄が、まさか『悪魔憑き』になるなんて。

 別に、アクイラのこの境遇を招いた兄に対して怒りの感情をもっているわけではない。『神継ぎ』と同じように、『悪魔憑き』だって強制的なものだとアクイラは思っている。国家はどうにも、そうは思っていないらしいが。

 でも、それでも、いつもの慈愛に満ち満ちた瞳ではない、無感動の空っぽな瞳にアクイラが映ったときには、ひどく動揺してしまった。まるで、自分が彼にとって取るに足らない存在であるかのように錯覚させるあの瞬間は、今でも悪夢としてアクイラを苦しめる。今日だって、それで飛び起きたばかりである。

 処刑は明日。

 アクイラだって、死にたくはない。まだ齢15の甘ったれた若造である。終わりがあるにしても、まだまだ先のことだと、自分にはまだ縁のない話だと思っていたのだ。


「死にたく、ないなあ……」


 自分が死んでも、兄さえ生きていてくれたらなんて、そんな綺麗事は言えない。自分の命と引き換えに両親の命を奪わないでほしいだなんて、そんな嘆願が受け入れられるような優しい世界じゃないことも、分かっている。


 ——ああ、神様。本当にこの世界にいるのなら、どうして兄を見つけてくれなかったんだ。あの人は、もっと祝福されるべき、できた人間だったのに。


 体が動かないと、思考も鈍る。光源に乏しい石造りの壁をじっと見て、僅かな風に松明の炎が揺れる様を眺めた。何を考えるでもなくただ眺めて、そして、おもむろに冷たい床に寝転んだ。それでも視界に映るのは、満天の星空なんかではなく無機質な岩の天井。

 ジリ、と頬に鈍い痛みが走った。

 爆風にさらされた皮膚はどこも傷だらけだったから、そこが痛んだのだと思ったけれど、アクイラはすぐに気が付いた。


 ——涙だった。


 細かな傷にすら沁みこむ温かな涙が、次から次へと頬を伝って髪の生え際へと流れていく。


「死にたくないなあ……」


 静かな嗚咽が闇夜に紛れて、溶けていく。涙を拭う気力すらなしに、そのまま少年は眠りについた。


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