11.
「……朝……」
翌日、アクイラは柔らかいベッドの上で、陽の光に誘われて目を覚ました。
あの後なんだかんだと言いながらお腹いっぱいになるまでご馳走を食べ、あれよあれよという間に寝る支度をすまされ、案内された一人部屋で爆睡を決めたのである。前日が牢獄の冷たくて硬い床の上での睡眠だったこともあって、夢も見ずに眠り続けていたようである。
軽く身支度を整えて昨日の広間に降りていくと、すでにそこにはルディヴィーとアマニがいた。
「おはよ~よく眠れた?」
アクイラにいち早く気が付いたルディヴィーが、ひらひらと手のひらを振る。
「おはようございます、ふかふかでした」
「でしょ~? 君らのは新品だからね、選りすぐりの一級品なんだよ」
満足そうに笑ったルディヴィーが、とんとテーブルに両の手のひらをついて立ち上がる。そのままくるりと姿を消し、次に現れたときにはバケットいっぱいのパンを抱えていた。
「今日はね、クロワッサンの気分だったからたくさん作ったの。バターロールもあるよ~」
「手作りなんですか」
「そ~。今パン作りに目覚めてるの」
「ルディヴィーさんのパン、すっごく美味しかったよ。職人さんみたいだった!」
「ありがと~」
片手でアマニの亜麻色の髪をさっと撫でたルディヴィーは、アクイラの前にパンを置いた。
たくさんあるし遠慮なくどうぞ、と言われ、大人しくアクイラは食卓に着いて手を合わせる。
「……うっま……」
「でしょ~、ドハマりしてるときって何作っても成功するよねえ」
「何時に起きて作り始めるんですか?」
「ん~三時とか四時とか? まだ陽が昇ってないから外は真っ暗だよ」
「毎日作ってるんですか?」
「最近はね~」
アマニとアクイラの交互の質問に軽く答えていたルディヴィーが、広間の入り口に視線をやった。
「あっレヴィちゃんお帰り!」
「ただいまルディヴィー。でも貴方、パン作りに飽きたらまたデリバリーに戻すんでしょう?」
肩の前に来たラベンダーの長髪を払いながら、レーヴがそう問いかける。
「まあね~。アマニちゃんたちも、あたしのパンに飽きたら一旦デリバリー挟んでいいからね。ビィちゃんなんて大食漢だから、パンだけだと飽きるって言ってしょっちゅういろいろ頼んでるし」
「ビィ……さん……?」
アマニが首を傾げながら不思議そうに呟く。
小さめの小鳥がビィ……としゃがれた声で鳴いているのを想像してしまった。
その様子に、レーヴが補足をしてくれる。
「ああ、正式名はビーマね。今はここにはいないのよ。ちょっと第四塔で療養中」
第四塔。昨日のノーシスの説明だと、治癒専門の塔だったはずである。
アマニも同じことに思い至ったのか、目を丸くしてレーヴを見上げた。
「えっ……どこかお怪我を……?」
「まあ、……ちょっとね」
「自分の異能が暴走して、吹き飛んできた瓦礫に頭ぶつけちゃったんだよね~」
「ルディヴィー?」
咎めるようなレーヴの声に肩をすくめて、ルディヴィーが続ける。
「明日辺りに帰ってくるだろうしすぐ会えるんじゃない? 大丈夫、図体は大きいけど、怖い人じゃないよ~」
「へえ……」
安心させるように琥珀の瞳を緩めて笑うルディヴィーに適当な返事をしつつ、アクイラは脳内で先程想像した小鳥をそのまま拡大してみた。体ばかり大きくて、でも怖さは感じないマスコット的な鳥。
そう、想定ではそうであった。否、ビーマという人が、鳥ではないことは十分に理解していたし、ちゃんと人の姿で想像もしてみたけれども。
「……新人か」
厳かな眼光に晒されて、隣のアマニがすくみあがっているのを感じる。アクイラは脳内で笑っているルディヴィーに文句を垂れ流しながら、目の前の銀色の大男、推定ビーマを見上げていた。




