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10.

「晩御飯はもう食べた?」

「いえ……」


 足元のおぼつかなさが落ち着いてきたころ、アクイラはレーヴに手を離してもらった。というか、なかなか目的地に着かないので段々と女性に掴まっている状況に耐えられなくなってきたのである。外観からも思っていたが、この塔は広間までが非常に遠い。


「あら。それならきちんと食べないとね。せっかくの成長期なんだし」

「……神継ぎって、成長できるんですか?」


 後方で吹き出す音が聞こえた。そういえばアマニとノーシスもいるんだった。

 そして同時に、随分と阿呆らしい質問をしてしまったと後悔する。レーヴはきっと冗談で言っただろうに、ボケで返してどうする。

 思わず苦虫を嚙み潰したような顔になった。思った通り、声を震わせたノーシスが肩を掴んでくる。


「アクイラくんめっちゃ疲れてんだね。糖分いる? 俺常備してんの。それともそれが素なのかな」

「……糖分もらいます」


 差し出した手のひらに乗せられたのは、一口サイズのキャラメル。包み紙を外して口に放り込めば、甘い風味が鼻まで通り抜けた。

 アクイラよりも少し前を歩いていたレーヴが、顔だけで後ろを振り向く。


「ノーシス、貴方も今日はここで食べていくわよね? 何なら泊まっていってもいいけれど」

「えっ泊まらせてください!!」

「ふふ、どうぞ」


 今日はもう書類仕事しなくていいんだと喜びの声を上げるノーシスに生温い視線を少しだけ送ったところで、レーヴが一つの扉の前で立ち止まる。


「アクイラ、アマニ、第五塔へようこそ。何はともあれ、まずは歓迎会として、美味しいものを食べましょう?」


 ゆっくりと開かれた視界の先、大きなダイニングテーブルの上には、食欲を煽る温かな食事の数々。前菜からメイン、デザートまで、これでもかというほどのご馳走がアクイラたちを出迎えた。

 一際香る焼きたてのパンの香ばしい匂いが鼻腔を満たし、その味を想像して幸せな気分になったところで、「げ」というノーシスの声がした。ちらりと視線をやって、彼の視線を追っていく。そこには、上座で頬杖をつくツインテールの少女がいた。可愛らしくにっこりと笑った彼女は、もう片方の手をひらひらと振った。


「やっほ~ノーシスちゃん。君もこの宴に混ざりに来たの? 人数は多ければ多いほどいいし、大歓迎だよ~」


 緩い口調でそう言った少女にぺこ、と軽く会釈をしたノーシスは、すすす、とレーヴの横へとにじり寄る。


「ルディヴィーさんがいるなら言ってくださいよ……!」

「ノーシス、あの子はここ(第五塔)の子だからいるに決まっているわ」

「そうなんですけど……!!」

「聞こえてるよノーシスちゃ~ん」


 何だかとても愉快そうである。

 しかしアクイラとアマニにとっては少し居心地が悪く、二人で顔を見合わせた。どちらからというわけでもなくそっと寄り添い二人で事の行く末を見ていると、とうとう見かねたレーヴが声をかけた。


「ルディヴィー、挨拶は?」

「あっ、はあい、レヴィちゃん」


 テーブルを挟んでノーシスをからかい続けていたはずの少女の姿がふと掻き消え、アクイラとアマニは戸惑った。

 次の瞬間、アマニがいない方の肩、つまり左肩に、後ろからにゅっと白い手のひらと柔らかいバルーンスリーブが伸びてきた。視界の端で、アマニのさらに右の方にも同じような腕が伸びているのが見えたと思ったら、ぎゅっと引き寄せられる。


「呼ばれて飛び出て——」


 キェ、ともニェ、ともつかぬような奇声がアマニからした。アクイラとアマニの二人の間、後ろから肩を組まれている体制で、当然体型的に少女の口が来るのは二人の耳元である。アクイラも思わず恐怖に体が強張った。


「ルディヴィーだよ~!」


 アマニの高音が右耳に突き刺さった。

 慌てたようなルディヴィーの声が聞こえて、アクイラの左肩が解放される。どうやらアマニの腰が抜けたらしく、ルディヴィーに支えられながらゆっくりと地面へ沈んでいった。


「すみません……びっくりしすぎました……」

「ごめんね~……寿命大丈夫?」

「数年の縮みで耐えたと思います……」


 息も絶え絶えのアマニの謝罪に、ルディヴィーもよしよしとアマニを慰める。つい、と立ったままのアクイラにも琥珀色の瞳が向けられ、視線が合う。


「アクイラちゃんは?」

「……目が覚めました」

「なら良かった~!」


 果たして良かったのだろうかと内心で首を傾げた。

 再びアマニの亜麻色の髪を撫でながら、ルディヴィーが楽しそうに笑う。


「あのね、今日の料理はあたしが作ったんだよ~」

「あれ全部ですか? お上手ですね」

「でしょ~?」


 話の流れについテーブルの方を見れば、いつの間にかレーヴとノーシスがそちらへと移動していた。ノーシスはお皿とフォークを手に、もうすでに料理を取り始めている。


「それでね、あの料理にいくつか偽物を仕込んだの」


 くすくすと笑うルディヴィーが、一度アクイラを見て、そしてテーブルの方へと視線を滑らせた。そこには、今にもステーキにかぶりつこうとしているノーシスの姿。にんまりとルディヴィーの琥珀色が歪んだ。


「わっチョコ!?」

「ぴんぽ~ん! ノーシスちゃんだいせいか~い!」


 茫然とするノーシスが全てを悟って表情を一転させ、きゃらきゃらと笑うルディヴィーを恨めし気に見る。


「才能の無駄遣いですよルディヴィーさん!!」

「気を付けて食べてね~? じゃないとデザートでお腹いっぱいになっちゃうかも!」


 ああ、これから波乱の毎日かもしれない、とアクイラは憂いた。

 全ては、ノーシスをからかい続けるルディヴィーと、彼らをまったく気にせずに本物の料理を引き当て食べ続けているレーヴと、未だ腰が抜けたままへたり込んでいるアマニを見てのことである。

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