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ラブロード・フレンジー:ゴーストライダーの夏  作者: 白煙モクスケ


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9/25

4:ゴーストライダー

 季節は夏休み目前の七月半ば。

 ZⅡと遭遇出来なかった週末が開けた月曜日。梅雨明け宣言と共に新たな週が始まる。

 期末試験一週間前という、新たな一週間が。


 ・・・


 ・・


 ・


 篠塚ユウゴは自他ともに認めるスピード狂だ。

 しかし、ありがちなスリル中毒者というわけでもない。事実、ユウゴは普段はふつーの良き市民だ。道交法以外の法律や一般道徳に叛く行為をまずしない。喧嘩や万引きなんてしないし、博奕でスリルを味わいたいとも思わない。リコとの性行為でアブノーマルなこともしない。


 そんなユウゴがスピードだけは頭のネジが外れる。

 小学中学の時は自転車をかっ飛ばし、二輪免許を取ってからはバイクをぶっ飛ばしている。リコを後ろに乗せている時や交通量が多い一般道では“そこまで”無茶なことをしないけれど、ラブロードや峠道、空いている田舎道などでは狂気的なほどスピードを出す。


 その理由について、ユウゴは自己分析しない。必要ないから。

 ともあれ、スピード狂の部分を除けば、篠塚ユウゴは普通だ。

 なので、期末試験が迫った今、普通の学生らしく勉強に臨む。


 試験範囲が発表された月曜日の放課後。

 リコの母方祖母宅の納屋(ガレージハウス)。その二階居住スペースにて。


 テーブルを挟み、ユウゴは制服姿で、リコは私服姿で教科書とノートに向き合っている。とはいえ、先にも述べた通り、リコはマイルドヤンキーな見た目に似合わず成績優秀者。それも全国水準の。いちいち試験勉強しなくたって学年トップ層の点数を稼ぎ出せる。


「学校の試験なんて授業を普通に受けてれば、余裕じゃん」

 そんなこと言えちゃう女リコ。


 普通の一般人に分類される篠塚ユウゴも、リコほどでないにしろ、それなりに勉強が出来る。頭の出来は決して悪くない。が、バイク遊びが過ぎているため、今回の期末はちょっと危うい。

 そんなわけで、試験勉強はリコが教師役を担う。どこか楽しげに。


 で、迎える休憩タイム。いや、状況開始というべきか。

 リコは先手を取り、腰を上げて移動。猫が飼い主へ甘えるようにユウゴの膝の上に柔らかいお尻を置き、背中をユウゴの胸に預けた。ハーフアップにまとめた波打つ長髪からシャンプーの匂いが香る。


 ユウゴがリコのスリムな腰に腕を回せば、リコは振り向いて『んー』と唇をすぼめた。キスを御所望らしい。


 ……これ、キスしたらなし崩しに“する”ことになるパターンだ。

 お決まりの展開が脳裏をよぎり、試験勉強を継続したいユウゴは唇ではなく、リコの髪へ優しく口づけする。これで宥められるか。


「んーっ!」

 猫のように不満げな唸りを上げるリコ。妥協案は通じなかった。リコが唇を尖らせて再度の要求。加えて要求を通すべく攻勢に出た。欲求に正直で素直なリコは生意気なヒップをユウゴの股間に押しつけて、もじもじと捻る。


 またぐらに走る官能的な触感に敗北の予感を覚え、ユウゴは牽制反撃を図る。リコの唇、ではなく耳元に甘くはみ。吐息を掛けるようにソフトSチックな声色で「試験が終わるまで我慢しろ」。


 リコはゾクゾクゾクゥと背筋を震わせた。スイッチが入ったように蕩然とした面持ちで、瞳孔の奥でハートマークをぎらつかせ、シモの欲望を露わにした。


 作戦失敗。どうやら半端な反撃が先方を本気にさせてしまったらしい。

 ユウゴは状況の敗北を確信しつつも、抵抗を試みる。

「拙者、そろそろ勉強を再開しようと思うが、如何か」


「某はその提案に反対である♡」

 ぴしゃりと告げ、リコはユウゴを強引に押し倒した。両手でユウゴの顔をがしっと引っ掴み、ムチューッとディープなキス。


 ユウゴは唇がこじ開けられ、口腔内にリコの舌が侵入してくる。唇と舌から脳をぶん殴る快感が走った。あかん、押し切られる。とユウゴが思った時にはズボンのベルトを外され、リコ自身はキャミソールを脱ぎ捨て、ブラを外していた。


 勝負あり。

 この日、勉強が再開されることはなかった。


 けしからぬ。


     ○


 水曜日。試験前の短縮日程に入った。

 常ならば騒がしい放課後も、部活動休止となる試験前は水を打ったように静かだ。教室や図書室、学習室、学食堂では居残りの生徒達が試験に備えて勉強している。


 ユウゴはけしからぬ月曜日を反省し、リコ共に教室で試験勉強中。ちなみに本日のリコは髪を結ばず下ろしている。


 試験に備える居残り組が集う教室は静かだ。

 シャーペンが紙面を走る音。タブレットのタッチパネルディスプレイを叩く音。教科書のページをめくる音。勉強を教える囁き。分からないところを尋ねる小声。


 そんな中――

「げげっ!」と居残り組の誰かが悲鳴を上げた。「雨だ!」


 居残り組が一斉に顔を上げて窓の外を窺う。確かに沼江津の空を黒い雲が覆い、ぼつぼつと大粒の雨を落としていた。


 先にも触れたが、市立沼江津高校は原チャリ登校を認めるくらいに公共機関が弱い。雨が降ったからチャリンコや原チャリを学校に置いてバスで帰る、なんて選択肢はない。駅までの長い距離を根性で踏破するか、家族に迎えを頼むか、雨に打たれながらチャリを漕ぎ、原チャリを運転して帰るしかない。


 そんなわけで誰も彼もがスマホを弄って天気予報を確認。この雨がすぐに上がるのか、それとも終日降り続けるのか。前者ならともかく、後者はキツい。


「天気予報だと終日降雨って訳じゃなさそう。ゲリラ雨だろ」

 スマホを手にリコが続けた。

「なんか集中力が切れたし、一息入れようぜ」


「そう、だな。一服しよう」

 ユウゴは頷き、リコと共に教室を出た。学食堂に赴き、自販機で飲み物を購入。連絡通路の一角で飲み物を口に運びつつ、中庭へ降り注ぐ雨を眺める。


 雨に洗われる校舎。雨を浴びる植え込み。雨に濡れる夏花と青葉。石畳で雨粒が弾け、雨水が勢いよく排水溝へ流れていく。真夏の暑気が冷まされ、仄かに涼やかな空気が気持ち良い。


「雨が上がると蒸すんだよなぁ……」午後ティーの缶を口に運びつつ、リコがぼやく。

「空気が煮えて暑いんだよな」炭酸飲料の缶を傾け、ユウゴも頷く。


 小僧と小娘は雨の風情に野暮な感想をこぼし、飲み物片手にひとしきり雨の中庭を眺め、大人しく教室に戻って勉強を再開する。


 天気予報は外れ、この日は雨が止むことはなかった。

 より正しくは、この日から空模様が荒れ始めた。

 

 曇り時々雨の木曜日。

 

 雨時々曇りの金曜日。

 

 そして、ざあざあと強い雨が降り注ぐ土曜日。


 ユウゴは自宅で黙々と試験勉強に精を出す。雨が強いため、ユウゴが橘輪家にお邪魔することも、リコが篠塚家にお邪魔することもなく。


 ユウゴが真面目に勉強している様をあれこれ描写しても仕方ないので、彼の家族について触れてみよう。


 スピード狂の部分を除けば、ごく普通の篠塚ユウゴは家族関係もまぁ普通の範疇。

 リコの実家――沼江津市の旧家に分類される橘和家と違い、ユウゴの実家――篠塚家は地元の名家でも旧家でもない。昭和の高度成長期にやってきた“移民”だ。


 ユウゴの祖父は沼江津市に戸建てを購入して家族を育み、ユウゴの父は大学進学に伴って沼江津を離れ、そのまま進学先の土地で就職し、結婚し、子を儲け――離婚。息子が小学3年生の時に沼江津の実家へ戻った。


 で、ユウゴの父は祖父母と妹一家――ユウゴの叔母一家の助けを借りながら沼江津で息子を育て、会社員務めをしていたのだが……ユウゴが中学へ進学した際、


「父さんな……生き方を変えてみようと思うんだ……」

 ダンディな面持ちでこんなことを言い出し、呆気にとられる息子と両親と妹一家を尻目にフリージャーナリスト兼ライターへ転身。今では一年中、日本全国を飛び回って旅やグルメ系の記事を雑誌やウェブサイトに発表したり、コタツ記事を書いたりしている。SNSで公開しているヘタウマな手描きイラスト付きエッセイはそれなりの人気を評し、書籍化の話もあるとかないとか。


 この場では割愛させていただくけれども、祖父母と叔母一家もユウゴやユウゴパパみたく普通とは言い難い一面があったりする。

 ……まぁ、概ねは普通の家族だ。


 話を戻そう。

 週末の土曜日を試験勉強に費やし、ユウゴは晩飯を食べ終えた時、ふと窓の外が静かなことに気付く。


 ――雨が止んでる。

 そして、ユウゴはほとんど無意識に部屋の収納ラックからインナーとクシタニ製のライダースーツを引っ張り出して着替え、祖父母に『ちょっと出かけてくる』と告げて雨上がりの夜へ出た。


 フランケンシュタインなマシンに乗って目指す先は、もちろんラブロード。


     ○


 これは息抜き。息抜きだから、一往復したらすぐ帰るから。

 自己暗示を掛けるように自分へ言い聞かせながら、ユウゴはラブロードへ進入する。


 雨は上がっていたが、夜空は雲に覆い尽くされて月も星も見えない。沼江津の海から注ぐ風も荒い。当然ながら路面もびしょびしょで、街灯を浴びてぬらぬらと煌めく。交通量はいつも以上に少ない。夜も働く皆さんの車くらいしか走っていなかった。


 半グレモドキ達の玉突き事故以来、警察の巡回が増えていたらしいが、雨のせいかパトカーは見かけない。


 今宵のラブロードはとってもバッド・コンディション。けれどユウゴは微塵も臆することなくヨンダボをぶん回す。クシタニ製の全身ライダースーツを着こんでいるためか、数日振りのラブロード55のためか、危険な路面コンディションにも関わらず、ユウゴのライディングは極めて攻撃的だった。


 ストレート区間をかっ飛ばし、ワインディング区間をガンガン攻める。リコが手掛けたフルカスタム・フルチューンの水冷4スト直4エンジンが猛々しく歌い、速度計の針は100キロから200キロまでの間を激しく行き交う。


 時折、濡れた路面にミシュラン製タイヤが滑り、マシンが暴れかけ、転倒の危機が迫る。

 が、ユウゴはアクセルとブレーキとクラッチを巧みに操って難なく立て直し、体捌きの荷重コントロールで容易く持ち直し、時に膝や肘を路面に擦りつけてバランスを取り返す。

 市井の走り屋小僧とは思えぬ圧倒的技量。


 ユウゴは瞬きを忘れ、どこまでも貪欲にマシンを走らせ続ける。


 もっと速く。


 もっと速く。もっと速く。


 もっと。もっと。もっと。


 もっと。


 スピードが全てを削ぎ落すまで。


 ・・・


 ・・


 ・


 心地良い孤独感に浸り、冷たい多幸感と充足感に耽るように、上り車線の始点から終点まで総延長55キロを一心不乱に駆け抜けていく。


 終点の出口に到着し、ユウゴはヘルメットの中で頬を大きく歪め、愉悦を湛える。

 ――すっきり爽快で最高に気持ちいい。


 快晴の時と違い、速度を限界まで出せなかったけれど、走行に全てを注いでスピードに浸ることはやはり最高に楽しい。

 ユウゴは迷うことなく即座に下り車線へ向かい、ラブロードの始点を目指してヨンダボをかっ飛ばす。


 期末試験の直前という事実を完全に忘れて。


      ○


 下り車線をかっ飛ばしている最中。ミッションの機嫌が悪くなった。

「夏休みに入ったらオーバーホールしないとダメかな」


 眉を大きく下げて慨嘆しているところへ、前方にバイクの影が見えた。

 ライムグリーンのマシン。アレは――

「ZX4R……いやRRか」


 中免で乗れる現行バイクで最高性能を誇る名門カワサキのライトミドルスポーツ。カワサキのマザーシップシリーズ『ニンジャ』のスポーツ特化モデルZX4R。RRはその最高グレードだ。


 性能たるや凄まじく、メーカー出荷状態で15000まで回る水冷並列4気筒エンジンは慣例の国内自主規制を完全に無視した77PS(ラムエア加速時は80PS)というフルパワー仕様。ノーマル仕様で公証最高速240キロという小柄な猛獣だ。


 より詳細を記すなら、現代マシンらしくトラクションコントロールなどエレクトロニクスも充実。厳めしい面構えの逆スラントノーズとすっきりしたショートテールのフルカウルにラムエアシステム。高張力鋼トレリスフレーム&スイングアーム、名門ショウワ製の高性能な倒立フォークとホリゾンタルバックリンク・リアサス、アシストスリッパークラッチにクイックシフター等々、現代テクノロジーが盛り盛りである。


 お値段もメーカー希望小売価格120万円越えだ(これでも兄弟機のZX25と諸々を共通化することで価格を抑えたらしい)。

 400㏄という日本のガラパゴス的規格で超ハイスペックマシンを出す、というカワサキの本気振りよ。


 紙面上のスペック的にはユウゴのフルカスタム・フルチューンRVFと同格。ただし、テクノロジー面は最新鋭機のZX4RRが優っている。


 ミッションの機嫌はイマイチだけれど――

「ZX25の相手は何度かしたが……4RRはどんなもんかな」


 ユウゴがカワサキの開発した現行車最強のライトミドルSSを追い抜けば、すぐさま超高周波なスクリーミングサウンドが奏でられ、ZX4RRが獰猛に追いかけてきた。


 ショウエイのスポーティなヘルメットの中で、ユウゴは目を細めて微笑む。

 ――期待通り。


 雨上がりの夜。

 継ぎ接ぎのフランケンシュタインなマシンと、最新テクノロジー盛り盛りなマシンがラブロードを疾駆し始めた。



感想評価登録その他を頂けると、元気になります。


他作品もよろしければどうぞ。

長編作品(いずれも未完)

 転生令嬢ヴィルミーナの場合。

 彼は悪名高きロッフェロー

 ノヴォ・アスターテ


おススメ短編。

 スペクターの献身。あるいはある愛の在り方。

 1918年9月。イープルにて。

 モラン・ノラン。鬼才あるいは変態。もしくは伝説。

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