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ラブロード・フレンジー:ゴーストライダーの夏  作者: 白煙モクスケ


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4/25

1:悪魔のZⅡ

 夏の盛りに向かって猛進中の七夕月の上旬。

 半袖のポロシャツやワイシャツ、ブラウスに濃紺色のスラックスやスカートを身につけた少年少女が市立沼江津高校の正門を潜っていく。

 同時に、チャリンコや原チャリを転がす生徒達が教師達の見張る裏門から駐輪場へ入ってゆく。


 市立沼江津高校はバイク通学を許可している高校だった。

 というのも、某県はバブル崩壊後の長期不況やリーマンショックなどの海外発金融不安などにより民営公共機関――バス会社がバタバタ倒産してしまっている。


 この問題に対し、沼江津高校など一部高校はヤケクソ気味に『バイク通学(原付限定)を認める』としたわけだ(しかしまあ、大半の生徒はバイク通学の面倒臭い手続きを厭い、限られた公共機関を使うか、チャリンコを漕ぎ倒す。パパママに学校まで送ってもらう者もそれなりにいる)。いろいろと世知辛い。一方で県内のバイク屋と自転車屋は商機の到来に歓声を上げたとかなんとか。これぞ風吹けば、という奴だ。


 そんな事情からバイク通学する生徒達。

 使い古されたカブやくたびれたスクーターが並ぶ中、YB-1とかNSR50とかモンキーといった傾奇者もいる。


 余談だが、自転車の駐輪場はマウンテンバイクやクロスバイク、ロードレーサーなんかが中心で、中には電動自転車で登校する猛者もいる。相対的に一般的な高校では絶対的多数派のママチャリやシティサイクルが少なめだった。


 個性溢れる駐輪場の一角に、篠塚ユウゴがくたびれたカブを駐車する。

 名門ショウエイのスポーティなヘルメットにプロテクター付きグローブを外し、ふっと一息。裏門の辺りから生徒指導の強面教師が『徐行しろっつってンだろうがぁっ!!』と怒声を張っている。


 高校生カップルは登下校を一緒にしがちだけれど、ユウゴとリコは下校はともかく、登校は完全に別だ。リコ曰く『女の朝は忙しいんだ』とのこと。


 ユウゴはグローブを突っ込んだヘルメットを脇に抱え、普通教室棟へ向かって歩いていく。ユウゴは詩でも書いていそうな顔立ちのノッポな優男なので、その立ち姿と佇まいは割と様になっているのだけれど、この学校は見てくれの良い奴が珍しくないため、容貌的に目立たない。恐ろしい話である。


 普通棟3階にある文系コース2年B組に到着。

 朝のホームルーム前の賑々しい教室。幾人かへ挨拶しつつ自分のロッカーにヘルメットを突っ込み、自分の席に着く。


 教室の篠塚ユウゴは『普通』だ。ラブロードで見せた狂気性は微塵も窺えない。

 授業態度は可もなく不可もなく。成績は座学も実技も良い方だが、『頭が良い』と評されるほどでもない。

 クラス内の立ち位置は陽気でキラキラしたクラス上位層連中でもなく、陰気でサブカルの話しかしないナード連中でもなく。クラス内の人間関係は病院食のように薄味で、多くも少なくもなく、親密でも不仲でもない。


 実際、クラスメートのユウゴに対する評価や見方は『基本的に穏やかでイイ奴。付き合ってるカノジョがマイルドヤンキーなのが意外』という塩梅。


 そんなユウゴは知人以上友人未満なクラスメートと毒にも薬にもならぬ交流をしつつ、昨夜のラブロード55のことを振り返る。


 霧と共に現れ、霧と共に去ったZⅡ。

 ありゃ本当に何だったんだ?


      ○


 市立沼江津高校には購買部と学食堂がある。が、学食堂のメニューは基本的に日替わりメニュー4種(和食系、洋食系、中華系、ラーメン系)のみ。


 ユウゴは学食堂の出入り口でカノジョのリコと合流し、食券販売機でAセット(和食系。本日はサバの梅煮)を購入。カウンターで食券を渡して料理を受け取り、空いた席に座って、いただきます。


 向かいに座るリコの手元は洋食系のBセット。本日はフライ盛り合わせ。

 当然ながら、2人の主な話題はユウゴが昨晩ラブロードで出くわしたアレ。


「ZⅡぅ? ンな高ェバイクでラブロード55やってる奴がいんのか。スイキョーだなぁ」

 アジフライを咀嚼し、リコが片眉を上げる。


 学校指定のポロシャツに制服のスラックスを無難に着こなす普通なユウゴと違い、リコの制服姿はマイルドヤンキーなそれだ。

 寒色系グラデーションカラーに染められた波打つ長髪はシュシュでサイドポニー。秀麗な細面と勝気な猫目は隙なくメイク済み。身長160センチ台後半のしなやかな肢体。生意気な胸を包むポロシャツの首元にはシルバーのネックレス。引き締まった腰つきと小癪なお尻を包む濃紺色スカートは膝上10センチ丈。アンクルソックスで長く優美な生足を大胆に晒している。手首にはレグノの腕時計。耳にはピアスとイヤーカフ。


 サバの梅煮定食を食べ進めながら、ユウゴはしみじみと語る。

「ラブロード55に旧車で挑戦する奴は偶にいるけど、ZⅡは初めて見たな。えらい速かった。追い抜かれてからまったく距離を詰められなかったよ」


「マジで?」

 リコは目を丸くした。ユウゴの言葉がにわかに信じられない。


 ユウゴのヨンダボはリコが修理し、改造し、チューニングした作品だ。

 エンジンはオーバーサイズピストンなど組みこみ、吸気系に加速ポンプ付33φFCRキャブレクターを取り付けてある。排気系はアルミ製エキパイにGSXR用ステンレス製マフラー。

 電装系もフルパワー化するSPイグナイターと専用ハーネス。点火系も強力なものへ換装済み。

 出力を強化した分、ヨンダボ(というより400レーサーレプリカ全て)の宿痾である熱対策もしっかり行い、冷却系の強化に加えてブレーキ回り、足回り、駆動系も手を入れてある。


 精確な数字は計測していないが、排気量は400㏄を優に超えているし、出力は確実に80PS以上出ている。車重はカスタムに伴う軽量化で全備160キロ強といったところ。

 フランケン主体な代物だけれど、決して遅いマシンではない。


 橘輪リコ渾身の“作品”であるヨンダボが、半世紀以上前の骨董品に為すすべなく負けた?

 うーむ。リコは無言で盛り合わせ定食をもりもり食べながら考え込み、問う。

「ホントにZⅡ? 現行のZ900RSと見間違えてね?」


 件のZⅡがフルカスタムされているなら、諸々のスペックはユウゴのフルカスタムRVFより高いだろう。それでも、スーパースポーツならともかく、骨董品のZⅡに為すすべなくチギられるというのは、ちょっと考え難い。

 Z900RSはレジェンド・バイクのZⅡに寄った外見を持つ現行のロードスポーツだ。当然ながら全てにおいてZⅡより基本性能が高く、カスタムやチューニングの許容幅も広い。


「そう言われると……いや、やっぱりZⅡだったよ」

 ユウゴはサバの梅煮を突く手を止め、自身を追い抜く一瞬目の当たりにした姿を思い返し、眉間に微かな皺を刻む。

「思い出したら悔しくなってきた」


「珍しいな。いつもは負けてもあんまり気にしないのに」

 リコはユウゴの顔をマジマジと見つめる。


 ラブロード55にバイクでチャレンジする連中は多くがリッターSSやミドルSS。先のCBR600RRのようにフルカスタム・フルチューンしたヨンダボより根本的に速い。競走すれば、マシン性能で負けることが多い。


 けれど、ユウゴは負けてもグジグジ言わないし、引きずりもしない。そもそも違法公道レースはフェアなスポーツではないのだから、気にしても始まらない。


 そんなユウゴが感情を顔に出して『悔しい』と宣う。非常に稀なことだった。


 意外なものを見る目を寄越すリコへ、ユウゴは控えめな微苦笑を返し、

「ちょっと納得いかなかったからさ」

「? どういうことだ?」

 訝るカノジョに危うく死にかけた下りをさらっと語れば。


「このバカ……っ!」

 リコは猫目を吊り上げてスピード狂なカレシを罵った。

「視界が利かないほど霧が濃い中で攻める奴があるか。お前な、ほんとーに大概にしろよ。去年も台風の真っ最中に走って死にかけたよな? 雪が降りだした時ものこのこ出かけて死にかけたよな? いやそもそも自転車を転がしてた頃から懲りることなく……お前はダチョウ並みにアホなんか?」


 御説ごもっとも。至極真っ当なお叱りに、ユウゴは謝罪の言葉を綴ることしかできない。

「ごめん」


「その反省は信じないぞ」リコはぎろりと睨んで「今年の夏も台風の最中に走るだろ」

「そんなことはないよ。ないない」ユウゴは小声で「多分」


「聞こえてるぞっ! このアホめ!」

 アホなカレシを罵倒し、リコは不機嫌顔で定食の漬物をぼりぼり齧る。

「……そのZⅡにまだ挑む気なんか?」


「探し回ってまで挑む気はないよ」と前置きし、ユウゴは頷く。「ラブロードで出会ったら、必ず挑む。それくらいだ。……このままじゃ悔しいからな」


 どこか狂気的な雰囲気を漂わせるユウゴに男性的魅力を感じとり、リコは小癪な胸をきゅん♡とさせつつ、尋ねる。

「話は変わっけどさ。そのZⅡのライダーは男だよな?」


「? よくは見てないけど……ガタイが良かったから男だと思う。でも、なんでまたそんなこと気にするんだ?」

 ユウゴが訝しげに問い返せば、リコはスンッとした顔で切り返す。

「そのZⅡのライダーが女だったら、なんかイラッとする」


「……なんで?」

 困惑を浮かべ、ユウゴは説明を求めるような眼差しを向けるも、リコは無視した。自分のカレシが意識したマシンの乗り手が女とか、なんか情緒的に苛立たしい――とは説明しない。代わりに『察しろ』と言いたげな強い目線を返す。が、残念ながらユウゴの困惑が大きくなった。


 これ見よがしに嘆息し、リコは気分を入れ替えて思案顔を作る。

 ――ユウゴに勝たせてやりたいけど、あのヨンダボは“俺”に出来る範囲のカスタムとチューンをやり尽くしたし、これ以上となると本職レベル。元々がガラクタのマシンにそこまでやるなら――

「んー……どうしても勝ちたいなら、乗り換えるべきだな。なんなら大型とか」


 大型自動二輪の免許取得は18歳から。高校二年生のユウゴには大型免許取得は出来ない。

 が、免許が無くてもバイクや車は買える。それでいて、乗り方は原付も大型も変わらないわけで。頭のおかしいスピード狂はいざとなれば、無免許でも気にしない。ある種、珍走団より質が悪い人種がスピード狂だ。


「そりゃ現行の大型SSなら勝てるだろうけど」

 ユウゴは涼しげな微笑を返し、リコに微笑みかけた。

「俺はリコが組んだマシンで勝ちたいんだよ。それが一番楽しいし、嬉しい」


「!」

 堂々と惚気られ、リコはポッと頬を染めた。子宮の辺りがキュン♡とする感覚を抱き、もじもじ。


 偶然、2人のやり取りを見ていた名もなき女子生徒が思う。

 公衆の面前で堂々といちゃつきやがって……あたしも彼氏欲しぃいいいいっ!!


    ○


 正直なところ、橘輪リコとしてはユウゴのスピード狂振りを矯正したいとも思っている。


 なんせユウゴはチャリンコを転がしていた小中学校時代からして、かなりアレだった(たとえば、学校の裏山でダウンヒルの真似事をし、ほとんど垂直の断崖絶壁を駆け下り、転倒し斜面を滑落。危うく死にかけた)。


 16歳の誕生日を迎えた当日に学校をさぼって原チャリ免許を取得、翌日には教習所へ入って中免の取得し、違法公道レースに熱中しだした。実にスピード狂らしい行動に、リコは嘆息も出なかった。


 ――さっさと辞めさせた方が良いんだろうけどなぁ。


 違法公道レースは危険に過ぎる。

 今でこそ少数のアホが偶にくたばる程度だが、走り屋全盛期は頻繁に日本全国どこかしらでスピード狂が死んだり、重傷者が出たりしていたものだ。


 公道では、本人がどれほどマージンをとっても、路面の凹凸、砂利や落ち葉などの異物、ブラインドコーナーの先に停車している車、信号無視やウィンカーを出さずに車線変更するアホ、路肩を走る自転車、道路へ飛び出す歩行者、そうしたことで簡単に命を失い、一生障害に苦しむ。


 危険すぎる。

 橘輪リコの篠塚ユウゴに対する恋慕は、水銀より重たく金より高質量な情念を強火で煮え立たせた代物だから、ユウゴのスピード狂いを直したいし、違法公道レースなんて愚行の極地をやめさせたい。


 来年、18歳になれば車の免許が取れるし、ハイエースやキャラバンあたりのミニバンを買って配送車(トランポ)にすれば、サーキットへ出入りし易くなる。ユウゴを違法公道レースから卒業させ、サーキットに転向させられるかもしれない。


 けれど。

 ――“俺”が組んだマシンが良い、かぁ。そう言われちゃあなぁ。


 愛する人に承認欲求を満たされる多幸感と充実感。セックスや麻薬より強烈なこの快感を手放せるか、と言えば無理だ。絶対に無理。


 ユウゴが中免を取ってバイクを購入する際も、リコが不動車のヨンダボを見つけてきて、修理と改造を申し出たのだ(ヨンダボ自体の値段はタダ同然だったし、新品である必要がないものはスクラップヤードで搔き集めている)。


 愛する男に頼られて嬉しいし、頼まれたことは叶えて喜ばせたい。愛する男に感謝されたい。褒められたい。そして、自分なら叶えてあげられる。ならば、やらぬ理由はない。何より、どこかの誰かに任せるくらいなら、自分がしっかり手助けする方がいろいろと安心できる。


 そんな尽くす女というかダメ男に執着する昭和女みたいな情念たっぷりの三段論法の――とってもウェットでグツグツと煮詰まった気質を、リコは備えている。


 であるから、授業が再開された午後の間、リコはいろいろと考えた。


 理系コースの2年F組。

 クラスの4分の3を男子が占め、その男子の過半数がギークでナードという濃いクラスだ。数少ない女子達も化粧っ気が皆無……というかリップクリーム以外使ったこと無さそうな娘達ばかり。


 そんな理系クラスで髪を寒色系グラデーションカラーに染め、化粧とアクセサリばっちりのマイルドヤンキーなリコは、イエネコの群れにヤマネコが混じっているようなものだ。


 午後の授業中、リコはくるりくるりと指の間でシャーペンを踊らせつつ、あれこれ考えていた。

 ――ZⅡなんかフルカスタムしたところで、たかが知れてると思うんだけどなぁ。排気量差を考えても俺が組んだヨンダボの方が速いだろ。絶対。


 これはリコの驕りとは言い切れない。

 1960~70年代のカワサキ車は優れたエンジンに対し、フレーム強度が足りなかったり、足回りや制動系の技術が未成熟だったり、と難が多い。こうした問題点の極地が『未亡人製造機』とまで言われたカワサキ・マッハ500SSだ。


 500SSは速すぎたから死亡事故が多発したと誤解されているが、実態は強力な大排気量2ストエンジンの出力に対し、フレームや足回りがあまりに貧弱で(しかもシートが滑り易いというオマケつき)、操安性が低すぎたことが原因で事故が多発したのだ。

 70年代に開発製造されたZⅡはそこまで酷くないけれど、やはり諸々の部分に難があったりする。


 あれこれ考えているところへ、

「橘輪ぁ。この問題を解いてみィ」

「は~い……」

 数学教師に指されたリコは、あからさまなほど面倒臭そうな顔で黒板前に出て、問題を確認。チョークを手にしてサクサクと解いていく。


 マイルドヤンキーな外見で誤解されがちだが、リコは成績上位者だ。それも全国学力テスト的な意味で。

 出来る女リコ。


「……合ってる」

 仏頂面を返す数学教師に不敵な笑みを返し、リコは席に戻って思考を再開。

 ――どれほどのもんなのか、現物を確認してみないと判断がつかない、か。


 しかし、そのアイデアには問題がある。

 リコはメカ弄りが趣味だ。整備士(プロ)ほどではないけれど、玄人はだしの仕事が出来る。が、運転者としては平凡そのもの。ユウゴでも追いつけない相手では勝負ならないし、“剥き身”のバイクで200キロ以上出して競走、とか怖すぎて無理。そもそも自前で持っているマシンは原チャリのダックスだけだ。


 ――ユーゴと2ケツするか。

 自分がかっ飛ばすのは怖いけれど、ユウゴとタンデムするなら別。密着できるし。

 それに、ラブロードを走った後にそのままラブホに行けるし……

 自宅と違ってラブホなら羽目を外したアレコレをイロイロ出来るし……

 ここしばらくしてなかったアレとかソレとかも……


 思考のベクトルが下半身に向かい始め、リコの思考力は件のZⅡではなくエッチな計画作りに費やされた。

 けしからぬ。


 まあ、仕方ない。だって――

 リコはユウゴを『好き好き大好きチョー愛してる』から。

感想評価登録その他を頂けると、元気になります。


他作品もよろしければどうぞ。

長編作品(いずれも未完)

 転生令嬢ヴィルミーナの場合。

 彼は悪名高きロッフェロー

 ノヴォ・アスターテ


おススメ短編。

 スペクターの献身。あるいはある愛の在り方。

 1918年9月。イープルにて。

 モラン・ノラン。鬼才あるいは変態。もしくは伝説。

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