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ラブロード・フレンジー:ゴーストライダーの夏  作者: 白煙モクスケ


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幕間1:此処の世界。

 “此処”の世界について語ろう。

 徳川家が江戸幕府を開いて250年に渡って退屈な平和を築き、田舎軍閥と負け犬公家が組んで幕府をぶっ倒して大日本帝国誕生。日清日露に勝って調子に乗り、太平洋戦争へ飛び込んで大日本帝国滅亡。超大国アメリカ様のポチをやりながら東西冷戦時代に大繫栄、したかと思えばバブル崩壊の長期不況。インターネットと携帯電話が全世界に普及。新ミレニアムの9・11テロで世界がひっくり返り。東日本大震災にコロナ禍、東京オリンピックと大阪万博。死闘のウクライナに血みどろのパレスチナ……


 トヨタがあり、ホンダがあり、ソニーがあり、三井住友三菱がいて、ローソンとセブンイレブンがあり、任天堂があり、読売ジャイアンツや鹿島アントラーズがあり、ジャンプとマガジンとサンデーがあり、マクドナルドやドミノピザやアマゾンやネットフリックスがあり、ユーチューブとティックトックがあり。


 けれど、何かが違う。


 テレビやニュースで目にする政治家や有名人に“こちらの世界”と異なる人々がいる。

 こちらと同じ47都道府県だけれど、覚えのない名前の市町村が存在する。

 こちらと違う企業や会社が有名だったりする。

 こちらでは起きていない事件や災害、テロや戦争が起きている。


 大筋は同じ。けれど細部が明確に異なる。

 仮に“前世”を持つ者なら、きっと違和感にとても混乱するだろう。

 しかし、それは普通の只人の話。


 普通ではない只人にとって、“此処”の世界は――


    ○


 某県沼江津市。国道海岸沿いバイパスを見下ろす高台に、同高規格道路へ『ラブロード』なるけったいな俗称をもたらす元凶の廃墟が建っている。


 周辺住宅地や主要道路から外れた高台にぽつんとそびえ立つこの廃墟は、狂乱のバブル景気の真っ最中に建てられ、バブル崩壊と共に倒産したラブホテル『ナイトバード』という。


 ラブホテル『ナイトバード』はアールヌーヴォー様式のホテルで、抽象的な曲線と流麗な曲面を多用した内外壁の華麗な装飾が印象的な、金満の時代らしい建物だ。


 国道バイパスが開通していなかった頃は場違いなほど景観から浮いており、市民や近隣住民の評判はよろしくなかったという。

 バブル崩壊により所有者の不動産業者が破産し、トンズラ。その後、ホテルや土地の所有権は素性定かならぬ人々の間を渡り、現在は所有者も権利者も不明だ。


 『ナイトバード』は不動産ゲームの駒となっている間、資源ドロが建物内に残された内装や建材の金属やらなんやらを持ち去ったり、浮浪者が住みついたり、不良が侵入してあれこれ壊したりと荒れに荒れ。

華やかなりし時代に築かれた愛と性欲の館は今や完全な廃墟と化していた。


 近隣住民や行政も景観と安全面の都合から解体撤去を望んでいるのだけれど、前述したように所有者/権利者がさっぱり分からないため、軽々に手出しできずにいた。


 今はもう時折、廃墟マニアやクソガキや動画配信者が肝試しに訪ねるだけだ。

 ――いや。それだけとも限らないが。


      ○


 夏の夜更け。

 スバルの軽バンである白いサンバーが廃墟と化したラブホテルへ近づいていく。


 ただでさえ周辺住宅地や主要道路から離れているため、廃墟の周辺は酷く閑散としており、街灯一つないため、辺りは完全な夜闇に支配されていた。


 サンバーは完全な暗闇に満たされた廃墟の前へ静かに停車。エンジンが切られる。

 運転席から妙齢の、しかし精確な歳頃が測りにくい女性が降り立った。


 燃えるような紅い長髪。化粧バチバチの小顔に夜中だというのにサングラスを掛け、悪羅悪羅系ジャージ上下でむちむちの長身を包んでいる。首元と手首、指にはアクセサリ。足元はサンダルとまあ、“完全装備”だ。


 なお、サンバーにしても、車内はフサフサしたチンチラのハンドルカバーとシートカバー、コンソール周りに装着されたネオンライト。極めつけはリアガラスに貼られた『D○Dギャルソン』のステッカー。


 一昔前風に言えば『DQN丸出し』の女性だった。


 強烈なDQN感を放つ女性はサンバーのバックドアを開け、いくつかある段ボール箱や衣装ケースをがさごそ。安物のアイアンとメリケンサックを取り出し、左手にメリケンサックを装着した。三番アイアンを右肩に担いでホテルの敷地内へ入り、裏手にある駐車場へ向かって歩いていく。


 ひときわ仄暗い廃墟の陰。真っ暗闇の駐車場に日産のミニバンが停まっていた。運転席側の窓から中を覗き込むも、車内に人の姿も気配もない。


「バカが。中に入りやがった」

 DQN女性は苛立たしげに悪態を吐いてから駐車場側出入り口へ向かい、出入り口を塞ぐフェンスの隙間を通り、月光も星明りも届かずブラックホールのような闇が満ちるホテルの中へ足を踏み入れる。人間の本能的な恐れを呼び起こす闇にも微塵も動じることなく。


 ゴムサンダルをぺたぺたと鳴らし、肩で風を切るように傲岸な足取りで進む。

 自身の爪先すら見えぬ超濃度の暗闇。どろりと湿り澱んだ空気。カビと埃とゴキブリとネズミの糞便の臭い。

 まるで納骨室の中みたいなホテル内を、DQN女性は灯り一つも点さぬままサングラスを外さず、それどころか迷う素振りも見せず廊下を進み、階段を上っていく。さながらラブホへ派遣されたデリヘル嬢の如き歩みで目的の部屋へ向け、ずんずんと。


 三階と最上階の狭間。階段の踊り場でDQN女性は声を聴く。


 暗黒の奥から届く声は娼姫のように蠱惑的で甘く。色事師のように艶やか快く。

 暗闇の底から届く声は犯された女の憐れなすすり泣きで弄ばれた女の罵声で。騙された男の嗚咽で偽られた男の怒号で。

 漆黒の中から届く声は女を蔑む卑猥で下卑た嘲笑で。男を貶める淫靡で下劣な侮辱で。


 かつてこのホテルの中で無数の男女が吐き出した言葉と感情は、この廃墟の壁紙から床パネルに至るまで幾重幾層にも堆積し、呪詛の如く貼りついていた。


「歓迎のお歌のつもりか? くだらねェ」

 DQN女性は鼻を鳴らし、最上階へ向かって階段を上っていく。


 一段上るごとに声音は大きく、“近くなる”。

 最上階へ至る最後の一段を上がる時には、生暖かな吐息が髪をなぶり、口臭染みた悪臭が肌にまとわりついてさえいた。


 常人ならば正気を失いかねない状況にあっても、DQN女性はまったく動じず廊下を進む。

 しつこく聞こえ続ける声に加え、上下左右四方八方から無数の目線。

 羨望に憧憬。嫉妬に僻み。嫌悪と忌避。敵意と害意と悪意。


 全てを無視し、DQN女性は進み、そして、404号室の前で止まる。

 ドアは固く硬く堅く閉ざされている。まるでこの暗黒の中で最も恐ろしいものが封じられているかのように。


 DQN女性は一切躊躇なく、404号室のドアへアイアンをフルスイング。


 ごがんっ!!


 404号室のドアは破城槌を叩きつけられた門扉の如く破られ、木っ端微塵に破砕された。

 ひん曲がった安物のアイアンを放り棄て、DQN女性は室内へ傲然と進入。


 八畳間ほどの部屋はステレオタイプなラブホ部屋。

 まあ、細々とした内装の説明は省こう。重要なのは部屋の中心に鎮座するキングサイズの汚いベッドだけで、そのベッドの上でアラサー男が仰向けで大の字になっている。


 いや、ベッドの上にはアラサー男“だった”残骸が転がっている。


 肉の身を凌辱蹂躙され尽くされ、精魂を滓すら残らぬほど食い尽くされ、干からびた出し殻みたいな死骸。ベッドの脇には千切り剥がされた着衣が散乱し、配信終了の通知が表示されたスマホが転がっていた。


 ち。とDQN女性は怒りがこもった舌打ちを鳴らす。


 男性をこのような惨い目に遭わせたものに憤慨したのではない。犠牲が出てしまったことに痛悔したのではない。単に事後処理が面倒臭くなったことに対する苛立ちだった。


 DQN女性はサングラスを額の上にあげた。

 満月のような金色の瞳がゆっくりと室内を見回していき、トイレのドアへ定められる。


「そこか」

 そう呟いたDQN女性を、天井に貼りついた長大な体躯を持つ怪物が見下ろしていた。


 生理的不快感と本能的不安を強烈に刺激する歪な顔貌。非対称的に並ぶ目玉がぎょろりと蠢き、トイレへ近づくDQN女性を粘っこい目つきで捉えて離さない。


 八畳間の天上の端から端まで届く四肢は酷く細く節々が浮かび上がり、戯画的に強調された乳房と内臓が収まっているとは思えないほど絞りくびれた腰に、カリカチュア的に肥大化した臀部。それにフロイト的悪夢のような巨根が胸に触れるほどギンギンにそそり立っていた。


 あまりにもおぞましいシーメール。いや、半陰半陽(アンドロギュノス)か。立派に過ぎる逸物の陰に隠れた干し鮑みたいなアレが見え隠れしている。


 男女の愛と欲望の館だった廃墟に潜む怪異として、その姿はゾッとするほど冒涜的悪意に満ち満ちていた。


 DQN女性が右手を伸ばしてトイレのドアを掴んだ。

 刹那。


「若いメスの肉壺ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 常軌を逸した容貌の半陰半陽がひん曲がった口を限界まで開き、乱杭歯を並べる歯茎を剥き出し部屋を震わすほどの大音声を上げながら、DQN女性へ襲い掛かる。


 常人ならば、この冒涜的絶対恐怖の権化たる超現実的怪異を前に、生物的本能と精神的健全性を蹂躙凌辱され、発狂して瞬く間に衰弱死したかもしれない。


「まんまと掛かりやがってアホめ」

 が、DQN女性は怯えるどころか驚きすら浮かべずに振り返り、メリケンサックをはめた左拳を固く握りしめ、迫りくる半陰半陽の怪物目がけて思いっきり振るった。


 音速を超えそうな勢いの左ストレートが怪異の歪な顔貌を捉え、その打撃エネルギーを叩き込む。

 それはさながら二次大戦中、あらゆる戦車と航空機を撃破した88ミリ高射砲の如き一撃。


 拳が着弾した怪異の歪な顔面がべごりと大きく深くひしゃげ、体内に浸透した霊的衝撃波が怪異の体内へ伝播し、その巨大なエネルギーに半陰半陽の怪異は身体が耐えきれず、断末魔を挙げる暇すらなく爆散し、体液一滴に肉片一つまで焼尽し、完全消滅。


 どっがぁあああんんんっ!!


 あまりにも強大な霊的エネルギーが境界を超えて物理世界へ伝播。404号室のあらゆる内装が蹂躙され、キングサイズのベッドがひっくり返り、干からびた出し殻同然の死骸がチリとなって消し飛ぶ。

 そして、暗闇の支配する廃墟に再び静寂が訪れる。


 ―― 討滅完了(DEMON SLAY) ――


 ふん、と鼻を鳴らし、DQN女性は左手のメリケンサックを外してジャージのポケットに収めた。床に転がっていたスマホを解析不能なほど強烈に踏み壊し、毛髪一本残さず消滅したアラサー男性配信者の財布を拾い上げ、手に持ったまま404号室を出る。


 そうして、廃墟ホテルの廊下突き当りの非常階段を蹴破り、外へ。

 DQN女性は夏夜の新鮮な、けれど暑気の濃い空気を美味そうに深呼吸。ポケットからマルボロの赤い箱を取り出す。紙巻き煙草をくわえ、ジッポで点火。ホテルの外壁に組まれた露天式非常階段の最上階から沼江津市の夜景を眺めながら、スッパーッと豪快に煙草を吹かし、紫煙を味わう。


 吐きだした大量の紫煙が夜闇に溶けたところへ、タイミングを狙いすましたように大きな梟が舞い降りてきて、傍らの手すりに留まった。


『御苦労さん、マギー。迅速な対応に感謝するよ』

 大きな梟は真ん丸の目でDQN女性を見つめ、人の言葉を発した。しかもいぶし銀の美声で。


 使い魔の梟からマギーと呼ばれたDQN女性は煙草を吹かしつつ、鼻を鳴らす。

「そりゃ死人を出したことへの嫌みか?」


『勘ぐり過ぎだよ』大きな梟は首をくりくりと傾げ『護法印が解けたばかりの廃ラブホに、わざわざ県外からオカルト系配信者がやってくるとかね。予想も想定も出来ないって』

「行動力のあるバカほど迷惑なもんはねーな」

 マギーは怪異の犠牲になった男性配信者の財布から札を抜き取ってポケットへ突っ込み、財布を梟へ放る。

「じゃ、アタシは帰るぞ」


 梟は器用に片足を上げて財布――免許証やマイナビカードなど亡き配信者の個人情報――をキャッチした。

『うん。後始末と配信者の車の処分はこちらで手配しておく。報酬はいつもの通りに。今夜は御苦労さん』

 梟は財布を持ったまま夜空へ羽ばたき、市内へ向かって飛び去って行く。


 マギーは短くなった煙草をその場で踏み消し、サングラスを下げて愛車のサンバーの許へ向かう。

 サンバーのバックドアを開けてポケットの物を全て出し、廃墟内の悪臭が染みついた悪羅悪羅系ジャージを脱いでゴミ袋へ突っ込む。


 夜闇に晒される下着姿は極めて理想的な格闘家体型で、乳房とお尻はぱっつんぱっつん。腹筋ばきばきで、腰回りがしなやかに引き絞られている。長い四肢も筋肉でみっちり。そして、左手首から肩口まで見事な和彫りの昇り竜。


 ジャージの代わりにスウェットを着こみ、サンバーに乗車してエンジンをスタート。エンジンサウンドが響く中、ネオン管が照らすオーディオのコンソールを操作。

 AM放送のラジオドラマを流しながら、サンバーを発進させる。


「放送に間にあってよかったぜ」

 マギーは満足げに頷き、ラジオドラマを楽しみながら一般道を走り、サンバーをラブロードへ進入させる。




「おいぃいっ!? ウソだろヤスオ!? その女は4股もしてる詐欺師ビッチなんだぞ!? あーダメだ、よせよせヤスオ、よせ! 指輪を渡すなっ! あーっ! ヤスオーっ!」

 ラジオドラマの登場人物へたっぷり感情移入しながら夜のラブロードを進んでいると、どこか悄然として走行しているフランケンシュタインなバイクがいた。


「ラブロードの走り屋か……レースごっこでショックな負けでもしたか?」

 マギーはスピード狂共がラブロードを遊び場にしていることを知っていた。

 が――


 不意に“特有の臭い”が鼻を衝く。

 車内コロンの香りを貫通して嗅覚を刺激する悪臭。常人には嗅ぎ取れず、霊力の弱い者には不快感として認識される臭いだ。


 腐った汚物を下水で煮込んだような、徹頭徹尾不快感を刺激する臭い。人間が誇るべき善性や良心、高貴な美質を嘲笑う悪意の臭い。つい先ほど、廃ラブホの中で嗅いだ臭い。


 妖気の臭い。


「……今まで、こんな臭ェ奴ラブロードにいなかったよな?」

 渋面を浮かべて自問しつつ、スマホをポチポチと操作。スピーカーにして電話を掛けた。


 呼び出し音が三度鳴り終わる前に相手が出る。

『どうした? 何か連絡に漏れでもあった?』

 艶やかなバリトンに怪訝の雰囲気が混じっていたが、マギーはさっさと本題に入る。

「ラブロードに妖気の残り香。かなり濃い。何か知ってるなら教えろ」


 マギーの真剣な声音に、通話越しに相手の困惑が伝わってきた。

『待てィ。ちょっと待てィ。国道海岸バイパスに妖気ィ? どういうこったィ?』


「知らねェなら良い。こっちで調べてみる」

『待っ』

 マギーは相手を無視し、通話を切った。すぐさま折り返しの電話が掛かってくるが、無視。それどころか電源を切る。


 気づけば、ラジオドラマは放送が終わっていた。


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他作品もよろしければどうぞ。

長編作品(いずれも未完)

 転生令嬢ヴィルミーナの場合。

 彼は悪名高きロッフェロー

 ノヴォ・アスターテ


おススメ短編。

 スペクターの献身。あるいはある愛の在り方。

 1918年9月。イープルにて。

 モラン・ノラン。鬼才あるいは変態。もしくは伝説。

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