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ラブロード・フレンジー:ゴーストライダーの夏  作者: 白煙モクスケ


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12/25

7:ゴーストライダー

 卓にアイスティーが届けられ、自己紹介が交わされる。

 藤咲スミレ。篠塚ユウゴ。橘輪リコ。


 スミレは超絶人見知りを発揮していたけれど、ユウゴが「俺のヨンダボはリコがカスタムとチューニングをしてるんだよ」と説明すると、即座に食いついた。


「貴女があのバイクのビルダーなの?!」

 顔を上気させ、目を輝かせる様はさながら憧れの芸能人を前にしたファンのよう。


 スミレは今までの陰キャ振りが嘘のようにはしゃぎ、ユウゴのヨンダボに対する感想とか色々なことを物凄い早口でまくし立てる。ユウゴとリコはポカーン……


 リコはスミレを彼氏に粉を掛ける泥棒猫かと思って警戒していたが、理解する。こいつ、俺達の“同類”だろ。


「ぁ」

 呆気にとられたユウゴとリコの視線に気づき、スミレは顔を真っ赤にして俯き、口を噤むようにアイスティーを口に運ぶ。


 ユウゴが小さく肩を竦め、リコへ目配せしてくる。相手してやれよ、と。

 リコはユウゴをじろりとひと睨みし、鼻息をついて口を開く。

「……あのヨンダボは元々スクラップヤードに転がってたジャンクでな。足りなかった部品……ライトとウィンカーにテールランプ、ハンドルとバックステップ。ブレーキのマスターやホース、フロントフォークとリアショック。トラッカー風シート。とにかく他のジャンクから流用出来そうなもんを切ったり貼ったり削ったり曲げたりしてくっつけた。

 マフラーなんか分かり易いな。元からついてたアルミ製のエキパイにGSXRのステンレス製マフラーを加工して繋いだんだ。なんせ予算が限られてたからな。だから外装無しのストファイ仕様だったんだよ」


 リコはちらりと横目を向ける。ユウゴは肩を竦めた。

「切削加工や溶接が出来るの? 凄い」と目をキラキラさせるスミレ。

「素人仕事でも大丈夫なところだけな。エンジンや駆動系、制動系に電装系は調達したパーツを組み込んで調整した。まあ、それもいろいろ苦労したけどな……」


 遠い目をするリコ。

「精確に計測したわけじゃないからわかんねーけど、まあ、排気量は430から450の間くらい。出力は80PSってところか。パワーウェイトレシオは2を切れないぐらいだろーな」

 ほえー……とスミレが素直に感嘆をこぼす。


 リコはアイスコーヒーを口に運び、

「車体自体はタダ同然だったけど、修理と改造でなんだかんだ100万くらい掛かったな」

「貯金に回してれば、来年は大型免許取って型落ちの中古リッターSSが買えたな……」

 遠い目をするユウゴへ鼻息をついてから、猫目でスミレを捉える。ユウゴの目線もスミレへ注がれる。

「今度はそっちの番だ。あのZⅡについてなんか知ってるなら教えろ」


 スミレは2人から顔を隠すように俯き、しばしストローでグラスの氷をからからと掻き回して――ずずずーっ!! と豪快にストローでアイスティーを吸い上げ、飲み干していく。


 唐突な一気飲みにリコとユウゴが戸惑う中、スミレは冷たい紅茶を一気飲みして頭痛を覚えたらしく眼鏡を外し、目元を覆って苦悶する。

「ゥぅう……ぃたい。頭がきーん……て……」


 困惑するユウゴとリコが互いの顔を見合わせたところへ、スミレは顔を上げ、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

「あれは七月の初日だった」


 藤咲スミレの兄は県内の国立に通う大学生で、ZX4RRを購入したため、愛車のスズキRG400Γを手放すことにしたという。


「ヨンガン。またレトロなの転がしてんなぁ」

 リコが感嘆をこぼす。


 RG400Γは、自称中小企業(故・鈴木会長が頻繁にそう名乗った)のスズキが80年代の世界選手権で用いていたファクトリーマシンを、本当にそのまんまフルコピーして市販車化したRG500Γの姉妹機だ(またレース車としてRGA/RGBも販売した)。


 性能で言えば、400Γの兄貴分であるRG500Γの輸出仕様は96PSを発揮し、公証最高速246キロに達したという。なお、RG500/400Γ(RGA/RGB)が販売された時に業界関係者が『本当にそのまま出すなんて』と絶句したそうな。スズキはこういう無茶苦茶なことをやりがち。

 言っておくと、今やガンマは完全にプレミア化しており、状態が良い個体は高額で取引されている。


 スピード狂のユウゴは記憶にある“同好の士”のリストを確認し、首を傾げる。

「ヨンガン……たまーに見た覚えがあるな。勝負したことはなかったと思う」


 ともかく、藤咲兄は400Γを手放す前に、最後のドライブを楽しむべく一人でラブロードへ赴き――

 事故に遭った。


 藤咲兄はマシンが大破したにもかかわらず、怪我自体は軽傷だった。が、現在まで昏睡状態。

 スミレは兄の400Γに装備されていたカメラのレコーダーを徹底的に調べた。


 どういう訳か映像は砂嵐塗れでほとんど何も捉えていなかったけれど、なんとか聞き取れた音声――兄の独白を何度も何度も聞き返し、スミレは凡その状況を掴んだ。


「お兄ちゃんはラブロードで、火の玉カラーのZⅡに遭遇したの」

 スミレは氷が解けていく空のグラスを見つめながら、言った。

「お兄ちゃんはZⅡに勝った。その直後に“何か”が起きて、事故に遭った」


「……勝った? あのZⅡに?」

 ユウゴは目を丸くした。あのデタラメな速さに勝っただと?


「お兄ちゃんはウソなんてつかない」

 疑われたと感じたのか不快そうに眉根を寄せたスミレへ、リコが小さく肩を竦める。

「“俺”らのヨンダボもあんたの4RRも、スペック的に400Γに劣らねェ。けど、あのZⅡに手も足も出なかったんだろ? あんたの兄貴が勝った、と言われても素直に納得できねーよ」


「もちろん、君のお兄さんが嘘をついたとは思ってないよ。何が起きるか分からない公道レースだからな」

 可哀想なほど表情を曇らせたスミレを見て、ユウゴがいそいそとフォローを入れた。


「……お兄ちゃんが言ってた」

 スミレは俯いて空のグラスを見つめながら、ぽつりと。

「あのZⅡは“ゴーストライダー”だって」


 ユウゴとリコは目をパチクリさせ、再び互いの顔を見合わせた。

「……妖車の類だとは思うけど、流石にお化けってこたぁねえだろ」としかめ顔のリコ。

「でも、そう言われて納得できる相手では、ある」

 ユウゴは口元に手を当てて少し考え込み、スミレへ問う。

「……君が今日、俺に声を掛けたのは、あのZⅡに勝つため?」


 スミレは首を横に振り、ちらりとリコを見た。

「貴方のバイクを見て、ビルダーを紹介してもらいたかった」


「……兄貴の400Γを修理させるためか」

 リコが先読みして問えば、スミレは我が意を得たりと大きく頷く。

「バイク屋さんは請け負ってくれなかった。でも、私は……お兄ちゃんのバイクを直したい」


「……まあ、バイク屋も古いバイクの事故車なんて扱いたくないわな。金も時間も手間もかかるし」

 リコの言葉は事実だ。


 バイクであれ車であれ、メーカーが生産終了した車種は保有在庫が無くなり次第、部品供給が断たれる。そうなったら、国内パーツ屋を当たってカスタム品やリプロ部品を探したり、部品取り車を購入したり、他車種から部品を流用したり、海外製の怪しげな部品を調達するしかなく、最悪の場合は町工場へ大枚をはたき、ワンオフで製作してもらうしかない(それも相手が請け負ってくれたら、の話だ)。


 一台の車両にそこまで手間を掛けていられない、というのが店側の意見だろう。店がオークションサイトで購入した経歴の定かならぬバイクや車を触りたがらない心理も、ここら辺に由来する。

 良心的なショップでさえ『部品を自分で見つけてきてくれたら請け負う』と言ったりする辺り、古いマシンのレストアやカスタムは本当に面倒なのだ。


 二輪業界最大手ホンダの90年代マシンCBR400RR・NC29でもパーツの調達に苦労する。80年代のスズキ製バイクの部品となったら、そりゃもう難易度はウルトラハードである。部品探し的な意味でも、金額的な意味でも。


「ちなみに、どんな状態なんだ?」

 ユウゴの問いかけに、スミレはスマホを取り出して写真を表示させた。


 青白の400Γはフロント周りが大破して原型を留めていない。カウルはフロントとアンダーカウルがバッキバキ。タンクはべっこりへこんでいる。左のサイドカウルとリアカウルがガリガリに削れていた。フロントフォークはひん曲がり、破裂した前輪が車体に触れている。左ハンドルがもげ落ち、左ステップが折れていた。


「全損じゃねーか。修理以前に部品取り車にしかならねェだろ」

「リコ」

 ユウゴが呆れ顔のリコをたしなめるも既に手遅れ。スミレは俯き、眼鏡の奥で涙を滲ませていた。


 リコはバツが悪そうに眉を下げつつも、言うべきことを伝える。

「言葉はアレだったけど、“アタシ”の意見は変わんねーよ。こりゃもう直せない。直したとしても元々の部分がどれほど残るやら。お前、『テセウスの船』を知ってるか?」


 首を横に振るスミレへ、ユウゴが説明する。

「テセウスの船は整備の過程で全ての部品が交換された船のことだ。全てが交換されたその船は元々乗っていた船と同じものと言えるだろうか、という過去と現在の同一性を問う論理問題だよ。つまり、お兄さんのマシンを直す場合、大部分の部品を交換することになる。それは果たしてお兄さんのバイクと同じものと言えるのか。という話だな」


「それは……」

 スミレは答えられない。


 リコはスマホに映る大破したRG400Γを一瞥し、

「ここまで損壊したもんを直すくらいなら、別のガンマを買って、使える部品を組み込む方が早い。それくらいなら、事情を話せばバイク屋も……」

 まじまじとディスプレイの中のガンマを見つめ直し、スミレを質す。

「……これ、他にも写真あるか?」


「入ってますけど……」

「見せてもらうぞ」

 スミレの回答を聞くや、リコはスマホを手にしてディスプレイに触れ、写真を確認していく。

「なんか気になることでも?」


「エンジン自体はそんなに損傷してないかもしれない。というか」

 リコはユウゴの疑問へ答えつつ写真を次々と見ていき、写真を限界まで拡大してエンジンの刻印を確認した。すぐさま自分のスマホでRG500/400Γについて調べて――にやり。


「M301……500Γのエンジンだ」リコは唇の端を曲げて「わっるい兄貴だな。400の車体に500のエンジンを積んでたのか」


 RG500/400Γのように車体とエンジンの規格が共通し、免許区分に合わせて排気量だけ異なるモデルがあり、悪い連中は上位規格のエンジンに乗せ換え、登録を誤魔化していた。


 たとえば、車検費用の掛からないRZ250に車検代が掛かるRZ350のエンジンを積んだり……という具合だ。現在でも車検制度のない250以下のバイクをカスタムした結果、排気量が変わって登録の変更や車検が必要になることがあるけれど、馬鹿正直に手続きする奴はまずいない(だって申告しなきゃまずバレないのだから)。実際、ユウゴのヨンダボは中免区分の400㏄を越えていたけれど、手続きなどしてない。


 RG400Γの場合は車検を回避できないが、大型免許を必要とする500Γのエンジンを400Γに乗せることで、中型免許でフルパワーを味わえる利点があった。これはかつて大型二輪免許の取得が非常に難関だったために生じたことだ。

 もちろん警察にバレたら、とても怖い事態を招く。良い子は真似しちゃダメだぞ。


 話を戻そう。

 リコは人の悪い微笑を湛えたまま、スミレへ言った。

「このエンジンの状態次第じゃ、協力することもやぶさかじゃない」

「え」スミレが眼鏡の奥で目を丸くして「それはどういう……」


「このエンジンが無事なら、“アタシ”がΓの車体を買ってくる。だから、あんたはこの500Γのエンジンを寄越せ」

「待て待て待て待て」ユウゴが慌てて口を挟み「Γを買うって本気か? プレミア付のバイクだぞ?」


「あくまでこのエンジンが無事なら、だぞ。ユウゴ。あのZⅡをぶっ飛ばせるマシンを作れるかもしれないぞ。しかも伝説的なビッグ2ストのスピードでな」

 リコは女悪魔のように薄く笑う。その甘美な誘惑にユウゴは二の句が継げない。そして、置いてきぼりのスミレへ告げる。

「明日、ユウゴと現物を確認しに行くから、予定を空けとけよ」


「今日これからでも良い、けど……」

 スミレがおずおずと言えば、リコは首を横に振る。

「今日はこいつとエッチするから無理」


 その露骨で直截な発言に、ユウゴはたまさか飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しかけ、スミレがぎゅーんと顔を赤くしていき「はわわわわ」と混乱し始める。聞こえていたのか、ウェイトレスや隣の席の客がこちらに下世話な視線をちらちら。


「もっと周囲の耳目とTPOを考慮しなさい」

 ユウゴが苦言を呈すも、リコには届かない響かない。

「試験のせいで先週から今日までお預けだったんだぞ。今日は絶対ヤる。気が飛ぶまでヤリまくる。がんばれよユウゴ♡」


「まさか……昼飯に焼肉を選んだのも、散々ニンニク食わせたのも、全部……」

 リコの策謀にようやく気付き、ユウゴは言葉を失くす。そんなユウゴへリコはセックス中毒のサキュバスみたいに嗤った。


 眼前で交わされる不純異性交遊的な生々しいやり取りに、初心でオボコなスミレは顔を真っ赤に染め、思う。

 私、とんでもない人達と関わりを持ってしまったのかもしれない。


感想評価登録その他を頂けると、元気になります。


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長編作品(いずれも未完)

 転生令嬢ヴィルミーナの場合。

 彼は悪名高きロッフェロー

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おススメ短編。

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 1918年9月。イープルにて。

 モラン・ノラン。鬼才あるいは変態。もしくは伝説。

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