6:ゴーストライダー
コンビニの店長にバイクを置かせてもらった礼を言い、菓子折りを渡す。
『まぁほどほどにね』自身もスズキの名車ハヤブサに乗るコンビニ店長は苦笑い。
叔父さんが運転する軽トラにフランケンなヨンダボを乗せ、小言を聞きながら自宅まで運び。
メッセージアプリでリコに事情を報告。
≪試験が終わるまで追求は待ってやる。”アタシ”の慈悲深さに感謝しろよテメー≫
続いて、
≪まあ、無事でよかったよ≫
最高に可愛い女リコ。
○
週明け。月曜日もやはり雨。
名門ショウエイのフルフェイスヘルメットのミラーシールドを絶え間なく雨粒が伝う。ユウゴはレインスーツを着て雨に打たれながら、くたびれたカブを走らせていた。
学校へ近づくにつれ、道路を市立沼江津高校の生徒と送迎車輛が占めていく。レインスーツや雨合羽を着こんだチャリンコ乗りと原チャリ乗り。助手席や後部座席に制服姿の我が子を乗せて車を走らせるパパやママ。歩いて通える範囲に済む生徒達だけが傘を差して歩道を歩いていた。
市立沼江津高校の裏門。傘を差した教師達がチャリンコ乗りや原チャリ乗り達に声を張る。
「安全運転っ! 雨の日だからこそ、いつも以上に安全運転っ!!」
これぞ正論。
駐輪場は混雑していた。駐車場所が足りないからではなく、生徒達が駐車した後にその屋根の下でレインウェアを脱いでいるからだ。
生徒達はビショビショのレインウェアをブンブン振り、水を切ってビニール袋へ突っ込み、長靴からサンダルやクロックスに履き替えてから校舎に向かう。
で、雨や汗に濡れた制服を厭う者達は教室や更衣室で着替える。
ユウゴも汗で湿った制服からTシャツとジャージに換えた。体育でもないのに教室はジャージ使用者が過半を占める。全ては公共機関が弱いためだ。学校側も背景事情を理解しているから、制服姿でないことを咎めたりしない。
ジャージ姿の学生が半数以上を占める教室で、期末試験が始まった。
特に盛り上がる話題もなく試験日程は進み――
試験最終日の金曜日。長く続いた雨は止み、数日振りに夏の太陽が輝き、青空が広がっている。
最後の科目の試験が終わり、時刻は昼飯時。ユウゴが解放感に満ちた教室から出れば、
「試験が終わるまで、追及を待ってやった“俺”の寛大さと忍耐力に感謝しろ」
リコが教室の前で両手を腰において仁王立ちしていた。
ちなみに寒色系グラデーションカラー長髪はキュートな三つ編みお下げ。袈裟に掛けた通学バッグの負い革がパイスラッシュを作っていた。セクスィー……
「ヨンダボをぶっ壊した言い訳を聞かせてもらおうじゃないか」
「もちろん言い訳させていただきますけれども、そのためにもランチデートへお誘いさせていただきたいのですが、如何でしょう?」
ユウゴが降伏するように小さく手を上げながら丁寧丁重に提案すると、
「ランチデートだと?」
リコは怪訝そうに片眉を上げ、じろりとユウゴを睨んで――
「行こう、すぐ行こうっ!」
ユウゴの左腕を抱きかかえ、引っ張るように歩き出す。『デート♪ デート♪ ランチデート♪』と口ずさむ。
その様子を見ていた同級生の男子が思う。彼女持ちがよォ見せつけやがってよォ妬ましィイイイイッ!!
○
学校からリコはダックスを、ユウゴはカブを走らせ、沼江津市にいくつかある郊外型商業施設の一つへ赴いた。
リコの希望で入った焼肉チェーン店。ボックス席の卓に並ぶランチセット。金網の上で肉がじゅうじゅうと音を立てて焼かれている。リコは鍋奉行ならぬ鉄板奉行と化し、焼き上げた肉を自分とユウゴの取り皿に置いていく。
ちなみに、リコは先ほどからユウゴのタレ皿へニンニク下ろしを絶えず補充している。さながら精をつけさせようとしているように。
「雨が止んで走りたくなって、ラブロードに行った? 試験前の週末に? お前はホントーに病気だな……酒とギャンブルは絶対に覚えるなよ。身を滅ぼす」
ユウゴが『息抜き』と称してラブロードへ赴いた話を聞き、リコは塩レモンで牛タンを食べながら呆れる。
「酒と博奕はダメか。じゃあ女は良いのか?」カルビを口に放り、ユウゴが軽口を叩けば。
「お前が他所のバカ女とヤリまくっても構わんが……もしも“アタシ”と別れるとか抜かしたら、お前を殺して“俺”も死ぬ」
リコはハイライトが消失した猫目を吊り上げ、ぐさりと箸を肉に突き立てる。その目はマジだった。
「泣きそう」重すぎる愛の宣言にドン引きのユウゴ。
いつも通りのバカップルなやり取りを挟みつつ、ユウゴは焼肉を食べながら土曜日の話を再開。ラブロードの下り車線で遭遇したZX4RRと行ったバトルについて話す。
「ZX25の上位モデルか」リコはマシンの姿を思い浮かべ「どうだった?」
「速かったよ」ユウゴは振り返りながら「スペック上の数字は俺達のヨンダボとそれほど差がないと思うけど、テクノロジーの差は大きいな」
「むぅ」リコはメカニックとして唸り、卵スープを飲み「それで? 勝ったんか?」
「勝敗はつかなかった。“あいつ”が現れてな」
ユウゴの思わせぶりな言葉を聞き、リコは速やかに正解を察する。
「ZⅡか」
「意味が分からないよ」
ユウゴは眉間に皺を刻み、悔しげな顔でニンニクマシマシの肉を頬張り、飯をモリモリと食らい、烏龍茶で流し込む。
「ストレートならともかく、ワインディングのバトルで、こっちはエンジンブローするほど全力でぶん回してたんだぞ。それをあんな一方的に……訳が分からない」
「前に言ったろ、ありゃ妖車だ。理屈じゃないんだって」
リコはごく自然な手つきでユウゴの皿へ焼けたホルモンと追加のニンニクを置いた。精をつけろと言わんばかりである。
「だからって諦める気はないんだろ?」
「いや」ユウゴは苦りきった顔で答え「もう挑まない」
リコはネコ目を丸くし、パチクリ。
「……良いのか?」
「エンジンが壊れるほど目一杯走らせても敵わなかったからな」
ユウゴは悔しげに言い、倦んだ顔で言葉を続ける。
「ヨンダボを直して挑んでも二の舞になるだけだろうし、現行のSSに乗り換えて勝っても、それはなんか違う気がするしな……」
「そっか」リコはハラミを突きながら、告解するように「“アタシ”はちょっと安心したよ。あのZⅡは絶対ヤバいからな。もう挑まないってならカノジョとしては嬉しいね」
「負けて喜ばれるのは複雑だな」
ユウゴは自嘲的に笑い、焼肉を食べ進める。
全ての料理が健康的な少年少女の腹に収まり、エンジンブローしたヨンダボのことや夏休みのあれこれを話しながら食後のアイスを突いているところへ、ユウゴのスマホが鳴く。メッセージアプリが着信を知らせた。
「4RRからだ」
ポロッと発信者の名前を漏らしたカレシの言葉に、カノジョが片眉を上げる。
「……連絡先を交換したのか?」
「さっき言ったろ? ヨンダボが壊れた後、家まで送ってもらったって。ついでに連絡先も交換したんだよ」
ユウゴは頷き、メッセージの内容を読み上げる。
「夕方か夜に時間があるか、だってさ」
リコは獲物を狙うネコ科の猛獣みたいな顔で、ユウゴに高湿度な目線を注ぐ。
「……一つ聞き忘れてた。重要なことだ」
「? どうしたんだ? 顔が怖いぞ?」
戸惑うユウゴを無視し、リコは口頭試問を課す。
「4RRのライダーはどんな奴だ」
「俺達と同い年くらいの女子。名前は……藤咲スミレさんだ」
ユウゴがスマホに登録された名前を他意なく読み上げたなら。
「夜ではなく、今から会うと返信しろ」
リコはゆっくりと頷き、真顔で言った。有無を言わさぬ強烈な圧力と共に。
「一緒にいく」
○
私立海杜学園。
宗教法人が経営する学校グループの一つで、沼江津市虎毛浜駅から徒歩10分ちょいの辺りに校舎を構えているので、当然ながら原付の通学なんぞ認めていない。
リコみたいな恰好――染髪や化粧、アクセサリなどをしていたら、親呼び出しの生活指導を食らうだろう。なんなら停学になるかもしれないという“お堅い”学校だ。
ちなみに、海杜学園の制服はオシャレだ。女子は麗しくオシャレな前開き式セーラー服。男子はブレザーで、シルエットがビジネススーツみたく見えるようデザインされている。
「海杜の制服、可愛いな……」
夏の夕方。西日が照らすJR虎毛浜駅の北口ロータリー。地方駅らしく華やかさに欠く駅前に臨む喫茶店。昭和な雰囲気が漂う店内の窓際席。リコはユウゴと並んで座り、駅に向かう海杜学園の生徒達を眺めながらしみじみと呟く。
「受験の時、海杜を選択に入れてなかったよな?」ユウゴはアイスコーヒーの氷を突きながら指摘する。
「海杜はお堅すぎる。その点、市立沼江津はこの格好でも小言一つされない」
マイルドヤンキースタイルのリコは微苦笑し、クリームブリュレをすくい取って口に運ぶ。香ばしく甘い。
「来たぞ」
ユウゴが顎先で横断歩道の辺りを示す。海杜学園の生徒が数人いた。
「左から4番目。地味なカチューシャを差した眼鏡っ娘」
瞬間、リコは気狂いスクールシューターのような目をロータリーの横断歩道へ向けた。
――あれか。
背中へ届くくらいの黒髪に地味なカチューシャを差し、横髪が耳に掛からないようにしている。整っているけれど印象に乏しい細面。どこか蔭のある二重どんぐり眼を地味な眼鏡で覆っていた。身長は150台後半くらいで、海杜学園のオシャレなセーラー服がよく似合う、滑らかな身体付きをしている。たおやかな脚線美を黒のソックスで奥ゆかしく包み、ローファーをこつこつと鳴らして軽やかに歩いていく。
――……強気で押せばヤラせてくれそうな女だな。
リコが失礼な感想を抱く。学校指定のスクールバッグを肩に掛けてしずしずと歩く姿に、ユウゴから聞いたZX4RRのライダー像と一致しない。
――公私で顔を使い分けるタイプか。何にしても人の男に手を出す類の女なら、痛い目に遭ってもらおうか。
リコは旺盛な戦意を表すように拳をぽきぽきと鳴らし始め、隣でユウゴが『ボクのカノジョはなぜ戦う備えをしておるのだろう』と首を傾げて訝る。
からんころん、とドアベルが鳴り、ZX4RR女子こと藤咲スミレが喫茶店へ入店。
藤咲スミレはあからさまに人見知りを発揮しつつ、モソモソと女性店員に話しかけ、こちらの席へ案内されてくる。そして、ユウゴの隣にいる見知らぬマイルドヤンキー女を見て、固まった。
「ぇ」
「やあ。初めまして。篠塚ユウゴのカノジョ橘輪リコでーす。よろしくー」
リコは硬直しているスミレへ気さくに声を掛け、笑顔を浮かべる。
虎が牙を剥くような笑みだった。
ひょえっと悲鳴をこぼして凍りつくスミレ。今にも白目を剥いて倒れそう。
「……どうぞ座って」
隣でメンチを切っているカノジョに嘆息をこぼしつつ、ユウゴは着席を促し、おずおずと向かいに腰かけたスミレへメニュー表を渡す。
「落ち着くためにも何か頼むと良い」
「あ……ぅ、ぅん」
スミレは目を合わさずにメニュー表を受け取り、顔を隠すようにメニュー表を開いた。
「……なんだこいつ。挨拶も出来んのか。超絶人見知りのコミュ障か? それとも現代っ子的な礼儀知らずか?」
リコの容赦のない物言いに、スミレがビクッと肩を震わせた。
「喧嘩腰はやめなさい」
ユウゴは窘めるように言い、不貞腐れた顔のリコが椅子の背もたれへ体を預ける様を確認し、メニュー表の陰に隠れている眼鏡っ娘へ言う。
「とりあえず……何か飲み物を頼んでもらえるかな。それから仕切り直そう」
スミレはメニュー表をちょろっと少し下げて目元を出し、眉を下げているユウゴとしかめ面のリコを交互に見て、ちょこんと頷いた。
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