第1話戻った時間、鼓動が追いつかない
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目を開けた瞬間、違和感が襲ってきた。
視界に飛び込んできたのは、くすんだ天井と安っぽい壁紙。そして、壁に貼られた日焼けしたポスター。
(……今は誰も居ない実家の家にそっくりだ。)
起き上がると、視界の端で何かが震えた。
机の上には、古びた携帯がピリリと震えている。表示には見慣れた名前が浮かんでいた。
『佐伯(母)』
一瞬、息が詰まった。
(いや、そんなはずはない)
“母”は、もうこの世にはいない。
──何故ならあの日、静まり返った病室で握った冷たい手の平の感触が、まだ指先に残っているから。
「陽翔、ごはんできてるよー! 早くしないと冷めちゃうよー!」
階下から響いたのは、聞き慣れた声だった。
懐かしい。温かい。……けど、それが、怖かった。
⸻
ベッドを抜け出し、ふらつく足で鏡の前に立った。
頬がまだあどけなく、肌も髪も、全体的に若い。
少なくとも──10年以上は巻き戻っている。
(嘘だろ……)
そのとき、部屋のドアがいきなり開いた。
「お前また寝坊かよ。ったく、一緒の部屋とかマジ勘弁……」
入ってきたのは、見覚えのある少年。
……弟。高校の卒業と一緒に実家を出てから、顔を合わせていなかったはずだ。
「な、なんだよその顔。……きも。気持ち悪っ」
「……ごめん」
あまりに懐かしすぎて、陽翔は何も言えなかった。
ただ、黙って階段を降りる。
リビングに入ると、食卓には湯気の立つ味噌汁と焼き魚、卵焼き、白米がきれいに並んでいた。
「はい、おはよう。今日も寒いわねぇ。早く食べちゃいなさい」
エプロン姿の母が、にこやかに声をかけてくる。
その光景に、陽翔は思わず目を伏せた。
箸を握った瞬間、涙がこぼれそうになった。
懐かしい匂い。温かい食事。失ってしまった日常。
「……どうしたの? 体調悪い?」
母の声が、少しだけ心配そうになる。
「いや、大丈夫……。ありがとう」
久しぶりに食べた朝ごはんは、優しすぎて、喉を通るたびに胸が締めつけられた。
⸻
学校へ向かう道、陽翔はひとり、白い息を吐きながら歩いていた。
靴の裏で踏みしめる雪の音、坂道の先に見える学校の屋根、制服姿の学生たち。
(……懐かしい。全部、忘れてた)
あの日、沙織と初めて出会ったのも──
この冬の季節だったっけな。
思い出した瞬間、陽翔はカバンの中にあるスマホを取り出した。
(たしか、グループLINE……この時期はまだ、ゲームのチャットにいたはず……!)
スマホを取り出し、手早く画面を操作する。
連絡先、トーク履歴、グループ一覧──すべてを確認した。
だが、そこにあのグループはなかった。
(……ない?)
焦りが、指先から広がった。
(まだ入ってない? どうして、確かにこの時期だったはずなのに……)
息が浅くなる。記憶にあるはずの出来事が、ほんの少しズレている。
不安と混乱が、再び胸を締めつけた。
⸻
そのとき、不意に後ろから声をかけられた。
「おーい、陽翔! 久しぶり!元気にしてたか?」
「俺は親とスキーに行ってきてさぁー」
声の主は、見覚えのある男子生徒だった。
だが──名前が出てこない。
(……誰だっけ)
仲の良い友人だったような気もする。でも、どうしても思い出せない。
陽翔は曖昧に笑って、言葉を濁した。
「……ああ、うん。ちょっとね」
違和感。記憶のズレ。見知った顔が、見知らぬ存在に感じる。
(やばい……このままじゃ、頭おかしくなりそうだ)
教室に着いて授業がはじまっても、内容は一切頭に入らなかった。
教師の声が反響する。黒板に文字が走る。
ペンを走らせる生徒たちの音──そのすべてが、遠くで鳴っているように聞こえた。
陽翔は、教科書を開いたまま、じっと窓の外を見ていた。
降り続ける雪。この年は記録的な寒波で九州でも雪が積もるほどだった。そしてその向こうに、過去と現在が交差して見えた。
(……ここに来た意味は、なんなんだ)
沙織に会えるかもしれない。もう一度、やり直せるかもしれない。
けれど今のままでは、自分が誰で、どこに立っているのかさえ定かじゃない。
気がつけば、ペンを握る指に力が入っていた。
そのまま、教科書を閉じて席を立った。
「どこ行くんだよ、陽翔?」
隣の席の男子が声をかけてきたが、陽翔は答えず、ただドアを開けた。
⸻
静かな屋上。誰もいない吹きさらしの空間。
雪が舞う中、フェンスのそばに立ち、白い空を見上げた。
深く息を吐くと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
寒さが、過去と現在の境界線をなぞるようだった。
「……沙織」
声に出すと、それだけで胸が痛んだ。
10年前、彼女と過ごした時間。
ほんのわずかなすれ違いで、失った日々。
(本当に、やり直せるのか……?)
スマホを取り出して画面を見つめる。
連絡先には、やはり“彼女”の名前はなかった。
──そのとき、屋上のドアがガチャンと開いた。
「……何やってるの、授業中よ?」
現れたのは、スーツ姿の女性教師だった。
若い。……というより、年下に見えた。
(え?)
整った顔立ちに、明るい茶髪をひとつに束ねたその女性は、どこか見覚えがあった。
記憶の奥にある“未来の先生”の姿とは、あまりにも違っていた。
「……先生?」
「何その顔。忘れた? 担任の綾野ですけど」
綾野──たしかに記憶にある名前だった。
けれど、あの頃の彼女は、もっとずっと大人びていて、落ち着いていて……。
(そっか、当時はまだ二十代だったんだ)
思い返してみれば、今の自分の年齢よりも若い。
そんな事実に、頭が追いつかずにいた。
「とにかく、職員室に来てもらえる?」
「……はい」
素直に返事をすると、綾野先生は驚いたような顔をした。
「……あら、今日は素直じゃない。」
からかうような口調に、少しだけ肩の力が抜けた。
⸻
職員室での説教は淡々としたものだった。
「何かあったのかとは思ったけど……ちゃんと授業は出なさいよ」
「……すみません」
「まぁ、いいわ。今日はこのあとちゃんと戻ること」
「はい」
机の向こうから見上げる綾野先生の瞳は、どこか心配そうで、どこか懐かしかった。
(俺……ほんとに戻ってきたんだな)
そんな実感が、ようやく胸に降りてきた気がした。
⸻
教室に戻る廊下。
窓の外では、まだ雪が静かに降り続けている。
(もう一度、あの頃を生きるんだ)
沙織に会うために。
彼女と、ちゃんと向き合うために。
今度こそ、すべてを知るために──
──これは“奇跡”じゃない。きっと“何か理由”がある。
そう思えた瞬間、陽翔の足取りはほんの少しだけ、軽くなっていた。
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